最終話 「おにいちゃん、一緒に行こっ!」
俺、楠木鷹臣には健気で可愛くて元気な義理の妹がいる。
「おにいちゃん、こっちこっち~!!」
「おー。前見て歩かないと危ないぞー!」
ある晴れた昼下がり。
川沿いに連なる温泉街の歩道の先から、明るく元気な声が聞こえてきた。
歴史を感じるレトロな風景、川の水が流れる音と観光客の喧騒、そして漂う硫黄の匂いが非日常を感じさせる。
「おにいちゃんおにいちゃん! おかあさんとおとうさんも早く早く~!!」
「そんなに急いでも温泉は逃げないぞー?」
「ふふふ、楽しそうだねぇ。誰に似たのかなぁ?」
「美春、間違いなく君だと思うぞ?」
そんな歴史ある街並みの歩道の先で振り返り、こちらにブンブンと手を振る女の子がいた。
彼女の名前は楽々浦小夏。
もうすぐ本当に楠木小夏になる俺の後輩で義理の妹かつ恋人な女の子は、いつもの制服ではなくボーイッシュなパンツスタイルの秋服コーデに身を包んでいた。
ワイドシルエットのゆったりとしたロングパンツの上に、こちらもゆったりとした股下まで裾が伸びているタートルチェニック。
そして忘れてはいけない縁なしメガネとオレンジ色のカチューシャ姿は、世界で一番可愛いと俺の中で評判である。
女子のファッション知識が皆無な俺も、小夏が着る服にはとても興味津々だった。
「ったく、病み上がりなんだからあんまり無理するなよな?」
「……無理させたの、おにいちゃんのくせに」
「そ、それは小夏が……!」
「しーっ……おかあさんたちにも聞こえちゃうよ?」
「あらあらぁ、温泉街に着いてもう二人で内緒話ぃ?」
「……鷹臣、節度は保てよ」
「注意するの俺だけなのか父さん!?」
ニヘラと笑った小夏が俺に耳打ちしてくる。
正直ゾクゾクしてしまったのは内緒だ。
この一週間弱で小夏が俺の新しい弱点を責めるのがどんどん上手くなっている。
これはとても由々しき事態だった。
「えへへぇ……だっておにいちゃんは私のだも~ん!」
「こ、小夏……外では……!」
「あらあら良いじゃないのぉ、二人とも恋人なんだしぃ」
「小夏ちゃんを紹介された時は腰が抜けそうになったが……血は争えないな、鷹臣」
「義母さん! 父さんまで!?」
満面の笑みを浮かべた小夏が俺の腕に抱きついてきた。
高一とは思えないぐらい発育の良い大きな胸が衣服越しに俺の腕を包み込む。
当然俺の全神経は腕に集中しまくっていた。
「せんぱい、両親公認……っスね?」
「っっぅ~~~~!?」
突然の囁き後輩ボイス。
俺の腕に集中していた神経の半分が左耳に瞬間移動する。
家族の前でも後輩モードを隠さなくなってきたのは素直に喜ばしい事だけど、その理由が俺をからかったり誘惑したりする目的なのでおにいちゃんはドキドキだった。
いや、今はせんぱいか……。
「うふふぅ、妬けちゃうねぇ飛鷹さん?」
「娘と息子に妬かないでくれ……それに美春。君の方が病み上がりなんだからな? 体調に変化があったらすぐに言うんだぞ?」
「もぉ~。せっかく自宅療養を口実にみんなの予定を合わせて旅行の日程増やしたんだからぁ、そういう水を差す事を言っちゃ駄目だよぉ?」
「しかし、君の身体が心配でだな……」
「大丈夫ぅ。飛鷹さんが隣にいてくれるなら安心だよぉ」
「美春……」
「えへへぇ、飛鷹さぁん……」
「もっ、もぉー!? 子供の前でイチャイチャするの恥ずかしいから駄目ーっ!!」
「あらあらぁ、怒られちゃったねぇ」
「違うんだ小夏ちゃん、そんな見せつけるつもりでやったんじゃ……」
俺が悶絶している間に義母さんと父さんも腕を組んでイチャつき出していた。
人の振り見て我が振り直せとも言うが、両親のラブラブっぷりを見るのはやっぱり恥ずかしい。
それは小夏も同じらしくて、俺の腕を抱きながら顔を真っ赤にして叫んでいる。
義母さんは大人の余裕を見せていたが、不慣れな父さんはしどろもどろだった。
「ふーんだ! ラブラブなおかあさんたちは二人でラブラブしてれば良いんだよ! 私はおにいちゃんとラブラブするから!」
「……一言で矛盾しないでくれ」
あれ、今の小夏……無敵すぎないか?
我慢するのをやめてわがままを言うようになって、振り回されるの俺じゃないか?
人前でも、両親の前でもこんな恥ずかしい事を平気で言うようになって……まぁ。
こうなるように仕向けたの、俺だけどさ!
……けど、悪くない。
明るく振り回してくれると、俺まで明るくなれるんだ。
「という訳でおかあさん、おとうさん! おにいちゃんと先に行ってるね!」
「あっ、おい小夏!?」
「転ばないようにねぇ」
「他の人に迷惑をかけないようになー」
そんな事をしみじみ思っていると、小夏が俺の手を引いて駆けだした。
義母さんに言われたそばから転びそうになりながら、父さんに言われたように道行く人を注意して、小夏と一緒に温泉街を進んでいく。
長距離を一人で走っている時とは、また一味違った高揚感だった。
流れる景色、人々の笑い声、硫黄に混じって出店から漂う良い匂いのする川沿いの道を、小夏の手を取って走っていく。
「えへへ……やーっと、おにいちゃんと二人っきり!」
「そりゃそうだけど……走らなくても良くないか?」
「……だってせんぱい、走るの好きじゃないっスか!」
「……俺に合わせなくても良いんだぞ?」
「私も走りたい気分っス~!!」
義妹になったり、後輩に戻ったり、どっちもだったり。
見てると時々危なっかしいところはあるけれど、それが小夏の魅力でもある。
生意気なところも可愛くて、近かった距離感はもうゼロに等しかった。
見た目は完全にボーイッシュな日焼け少女だが、その内面はとても健気でひたむきな女の子だ。
「一緒に歩こうって言ったのに、走ってるなぁ……」
そんな魅力満点な小夏の手を、俺は強く握り返す。
どんな速度でも転ばないように、転んだとしても一緒に立ち上がれるように。
「せんぱい、何か言ったっスか?」
「いいや、何にも?」
「あっおにいちゃん! 向こうで温泉饅頭の試食やってるって!」
「切り替わり早いな本当に!?」
俺を振り回す時は後輩で、甘える時は義妹になる。
時々逆転する事もあるけれど、それはそれで味があった。
だって俺は、大好きな小夏のせんぱいでおにいちゃんだから。
「おにいちゃん、一緒に行こっ!」
「……あぁ。一緒に行くか! 小夏!」
そう。
世界で一番大好きな、後輩で義妹の小夏と一緒に。
――これからもずっと、手を繋いで歩いていくんだ。
『俺に懐いていた日焼けボーイッシュな後輩が、健気でしおらしい義理の妹になってしまった』
―完―




