第60話 『鷹臣くん、知ってるよぉ?』
「はっ……! はっ……!」
走っていた。
ただ、真っ直ぐに。
校門を抜けて、大通りの道を走っていく。
後ろから学校のチャイムの音が聞こえたけれど、それもどんどん遠くなっていた。
さっきも走ったのに。
せっかくシャワーも浴びて着替えたのに。
ひたすら俺は走り続ける。
いつもならとっくに家に着いている時間だ。
だけど俺は小夏に想いを伝える前に、会わなければいけない人がいたんだ。
「……はぁ、はぁ。……義母さん、来たよ」
「わぁ、鷹臣くんだぁ」
昨晩もお世話になった病院まで、俺は走って来た。
我ながらバスで来ればよかったと少し後悔したけれど、今は走りたくて仕方が無かったんだ。
病室に入ると義母さんは起きて窓の外を眺めていた。
点滴は外れてないけれど、よく休めているみたいで顔色は凄く良さそうだった。
「……あれぇ? 小夏と飛鷹さんはぁ?」
「小夏がちょっと体調を崩しちゃって……」
美春さんがキョロキョロと周りを見るが、当然今は俺しかいない。
「え、小夏が……?」
「う、うん。 だけど父さんが病院に連れて行ってくれたみたいだから大丈夫って……ここも病院だよね……」
「そっかぁ。心配だけど、飛鷹さんがいるなら、安心だねぇ」
一瞬だけ表情が変わったけど、すぐにホッとした顔になってくれた。
義母さんの中でも、父さんの評価はとても高いらしい。
「父さんとはどう知り合ったの?」
「えぇ? どうしたの急にぃ? いきなり聞かれると、ちょっと恥ずかしいなぁ」
「あ、ごめん……ちょっと気になって……」
本当は他に離す事があるのに、少し気になってしまった。
あの仕事一筋な父さんと美春さんが、どのように知り合って仲良くなったのかを。
「ふふ、その顔。飛鷹さんそっくりだねぇ」
「……え? そ、そう?」
「そうだよぉ。親子って感じだねぇ」
「……義母さんこそ、小夏と親子って感じがするよ」
「ふふふ、ありがとぉ」
ふわふわで、曖昧な感想だった。
だけど多分、俺にとっても義母さんにとっても最高の誉め言葉だと思う。
「飛鷹さんとはぁ、想像してる通りお仕事で出会ったんだよぉ。お仕事ってねぇ、大きくなればなるほど色々な人たちが一緒に頑張るんだぁ。だからその現場で、会社も違う私と飛鷹さんが出会ったのぉ」
「仕事で……どんな感じに?」
「私が貧血でクラっとした時に、飛鷹さんが抱きかかえてくれたんだぁ……」
「えっ!?」
「あっ、この事……小夏には内緒だよぉ?」
しーっと、指を立てて義母さんが優しく笑う。
それを聞いた俺は内心でとても驚くどころの話じゃなかった。
だってそれは俺と小夏の出会いとほとんど同じだったからだ。
熱中症と貧血という違いはあれど、シチュエーションはまるっきり一緒である。
「違う会社だったけどぉ、飛鷹さんが私を抱えて休憩室で休ませてくれてねぇ……年甲斐もなく一目惚れしちゃってぇ……って、や、やっぱりこれ恥ずかしいよぉ!?」
「あ、う、うん……ごちそう……さまです……」
そのまま赤らむ頬を両手で押さえた義母さんがハッとしてワタワタと慌てる。
見た目だけで言うなら完全に恥ずかしがる子供そのものだったけど、実の両親の馴れ初めは聞いてるこっちも恥ずかしくなるものだった。
「そ、それでぇ……鷹臣くんは一人でお見舞いに来てくれたんでしょお? ありがとねぇ」
「あ、うん……その、話したい、ことが、あって……」
「話したいことぉ?」
パタパタと顔を手で扇ぐ義母さんに向き合うように、俺はベッドの横に置かれたパイプ椅子に座る。
義母さんはキョトンとしていたけれど、俺の心臓はバクバクだった。
「うん、そのさ、大事な話……なんだけど……」
今まで黙っていた事を、義母さんに話すのだから。
「俺と、小夏の話なんだ……」
小夏を安心させる為に。
「じ、実は……内緒にしてたんだけど!」
小夏が、もう我慢しなくて良いように。
「お、俺と小夏は……!」
真剣に、真っ直ぐに。
「お付き合いしてるって話かなぁ?」
「そうその通りお付き合いを……って、えぇぇっ!?」
真実を伝えようとしたら、義母さんは口元に人差し指を当てて。
「ふふふぅ。全部ぅ、知ってるよぉ?」
悪戯に成功した子供のように。
嬉しそうに、微笑んだのだった。




