第49話 「おにいちゃん、ごめんね……」
「ありがとうございました」
タクシーから降りる頃には既に、太陽が昇り始めていた。
家が学校のすぐ近くと言う事もあり、大通りを走っていた時の車窓からは朝練に向かう生徒の姿がちらほらと見えたりしていて、普通の人にとってはいつも通りの何気ない、そんな一日が始まるんだなと……少しセンチメンタルな気持ちになる。
楽々浦と書かれた表札をくぐると先に降りていた小夏が玄関の鍵を開けてくれていて、開いた扉のドアノブを持ちながら俺を待っていてくれたんだ。
「ありがとな、小夏」
「ううん……」
小夏にお礼を言って、一緒に家の中に入った。
夜に救急車を呼んだ時から何も変わらない我が家はそのままの姿をしていて、一階のリビングに戻ればまだ割れたコップの破片が床に散乱しているだろう。
それは後で片付ければ良い。
今はそれよりも、やるべき事があったんだ。
「……大丈夫か?」
「……うん」
嘘だ、大丈夫じゃない。
小夏は小さく頷いてみせるけれど元気はなく、顔も合わせてくれない。
病室を出て、タクシーに乗る前からずっと、小夏の様子がおかしかった。
その理由は、聞かなくても分かっていた。
「母さんなら大丈夫。父さんも来てくれたし、ゆっくり寝ればすぐに良くなるさ」
「……うん」
小夏は優しくて責任感が強いから、その気持ちは痛いほど分かる。
リビングを見せないように小夏の肩を抱き寄せて一緒に階段を上がると、上り終えた廊下の先で開きっぱなしになった俺の部屋の扉が見えた。
昨日の夜に、小夏と一緒に出てきた時の名残で……。
「ごめんね……」
……それを見て、我慢できなくなったのか、小夏が立ち止まってしまった。
「ご、ごめんねおにいちゃん……ごめんね、おかあ、さん……」
小夏の肩が、声が震える。
緊張の糸が完全に解れて、自責の念が湧いてきてしまったんだろう。
「……小夏のせいじゃないよ」
「ううん……私の、せい、だもん……!」
優しい小夏が何を言いたいのかを、俺は知っている。
でもそんな言葉は当然聞きたくなくて、だけどかける言葉が見つからなかった。
首を振り、顔を上げた小夏のクリっとした瞳からは大粒の涙が溢れていた。
その苦しく辛い顔を見るだけで、俺は胸の奥が痛くなる。
「わた、私が……私が旅行に行こうって……言った、から……! だから、お母さんが、無理……して……た、倒れて! けがも……しちゃっ、て……!」
「――小夏っ!!」
「あ、あぅぅっ……!」
俺は正面から、小夏を強く抱きしめる。
いつもは元気いっぱいで大きく見える身体も、今だけはとても弱くて儚かった。
「……小夏のせいじゃないよ。小夏の、せいじゃさ……。ただ、ちょっとさ、疲れが出ちゃっただけだから。検査もしてもらったんだし、今は、義母さんもゆっくり休んでるんだ。だから俺達もさ、今日は……休もう、な? そんな顔、義母さんに見せられないだろう?」
「うっ、うぅ……うん……う、うわあああああああああああんっっ……!!」
二人しかいない家の中を、小夏の大きな泣き声が響き渡る。
「ごめんなさいおかあさん……ごめんなさい、おかあ、さん……っ!!」
「…………」
そんな小夏を俺はただ抱きしめて、頭を撫でてやる事しか……出来なかったんだ。




