第44話 「小夏と鷹臣4/5」
※ヒロイン、小夏視点。
「お母さん、お願いがあるんだけど……」
「小夏! ……もう、身体は大丈夫ぅ?」
「うん。心配かけてごめんね……」
私が倒れてから、数日が過ぎた。
寝不足と緊張からくる熱中症で倒れた私は周りの人に、ううん……せんぱいに助けてもらって救護の人に運ばれていったの。
人生で初めて乗った救急車、病院で休んでたらお母さんが入ってきて、本当に悪い事をしちゃったと思う。
でも、だけど。
「お母さん、私ね……志望校、変えたいんだ」
スマホを握りしめて、お母さんに説明する。
いや、ほとんど説明はいらなかった。
だってその学校は、私の家から歩いて二分の所にある学校だったからだ。
「家が近い分にはお母さんも安心だけど、本当に良いのぉ? 小夏、都内の女子高に行きたいって――」
「……ううん、お母さん」
スマホをぎゅっと胸に当てて、私は首を横に振る。
「やりたい事が……出来たんだ」
私が中学生になってから、お母さんに初めて言ったわがままだったんだ。
◆
「お、おはよう……」
「こ、こなっちゃん! 先週はごめんねぇぇぇぇっ!? ど、どしたのその髪!?」
「え、えへへ……切っちゃった」
「こ、ここここ、こなっちゃんの綺麗でサラサラな長髪をぉぉ!?」
数日休んだだけだけど、学校に行くのは緊張した。
その理由はお友達が言う通り、私は伸ばしていた髪をバッサリと切ってたからだ。
「ど、どどどどうしたのそれ!? も、もしかして悪い病気が見つかったの!?」
「ち、違うよ……! ちょっと、イメチェン……したくて」
「え……失、恋?」
「違うよぉ!?」
驚愕の顔でとんでもない勘違い。
私からしたら、むしろその逆だった。
朦朧とする意識の中で、せんぱいの隣に駆け寄ってきた女の人……今ならそれが、くるみ先輩だって分かるけど、当時の私はせんぱいの彼女かもって思っちゃった。
同じユニフォームを着て、せんぱいが頼る、くるみ先輩の姿。
そんな人に、私もなりたかったんだ。
「でも良かったぁ……! 本当にごめんねぇこなっちゃん……まさかあそこまで人が多いと思わなくてぇ……」
「ううん。もう大丈夫だよ。よしよし」
「えぐえぐぅ……」
何故か私がお友達をあやしていた。
見た目は派手だけど、純粋で良い子なのも、もちろん知ってる。
「そ、それでね。一つ、お願いがあるんだ……」
「何でも言ってぇ! 私、こなっちゃんの為なら何でもするからぁ!」
だけど、彼女は私の憧れでもあるから。
「うん。じゃあ、今度……私も一緒に、日焼けサロン……行っても良い?」
「……ほええぇぇぇっ!?」
少しずつ、変わろうとしたんだけど……。
久しぶりに学校に来て、髪を切った時よりもパニックになっちゃった。
◆
「こなっちゃんファイトー!」
「はぁ……ひぃ……!」
季節が変わって。
私とお友達は夕方の河川敷を走っていた。
こういうのを青春って言うんだろうけど、あまり運動してこなかった私にとっては中々に地獄の日々だった。
「よーし! ちょっと休もーか!」
「ご、ごめんね……足、引っ張っちゃって……」
「べっつにー! 私もこなっちゃんが一緒に走ってくれるおかげで、彼氏と共通の話題が出来て嬉しーんだ! へへへ、今度一緒にランニングするんだよ!」
「す、凄いなぁ……」
綺麗な歯をニカッとさせて、夕日みたいに友達が笑う。
自分の好きな事に一生懸命なその姿は、本当に私の憧れだった。
「こなっちゃんも頑張ろーね! 助けてくれた愛しの王子様の為だもんね!」
「そ、そんなんじゃないよぉ!」
「えぇー! 好きな人の為に髪切って日サロまで通って苦手な運動する子が何処にいるかねーぇ? しかも受験シーズンにだよ!?」
「そ、それは……志望校のレベル、下げたからで……」
「いやいやいやいやいやいや! あっこのガッコー、ここいらで有名な進学校! それこそ文武両道で部活動も盛んで、普通の人ならかなりハードル高いんだよっ!? うっ……基礎スペックの違いを叩きつけられている……!」
「お、お腹! お腹見えちゃってるよ!?」
ぐぬぬと服の裾を上げて、歯で噛んでる。
すごく表情豊かで一緒にいて楽しいけど、無防備で大胆なところもあった。
「それを言うならこなっちゃんはもっと大胆になるべきだよ! せっかくスポーティに可愛くなってるんだから、普段着る服から変えてこー!」
「そ、そんな私なんて、そこまでじゃ……」
「そこまでですぅー! それに陸上始めるなら、身体のラインがモロに出るユニフォーム着るんだから今の内に慣れなきゃ!」
「た、確かに……!?」
「そんな訳だから、まずはコンタクトにしよー! 心の変化は外見からだよー!」
「こ、コンタクトはユニフォームと関係無くないかなぁ……!?」
そんな彼女は私の手を取ってまた走り出した。
別々の高校になっちゃったけど、彼女のおかげで私は大きく変われたんだ。
◆
「と、いう訳で! 陸上部の紹介はこれで終わり! 新入生諸君! 一緒に青春の汗を流して! 全国目指そうぜー!!」
――――パチパチパチパチパチパチパチ!!
体育館には大きな拍手が響いていて、私もその内の一人だった。
ステージのど真ん中に堂々と立つ、くるみ先輩。
そしてその後ろに並ぶ、ユニフォームを着た陸上部の先輩達。
「あっ。鷹臣、せんぱい……!」
そしてその中には、ずっと会いたかった鷹臣せんぱいがいた。
遠くて表情は見えなかったけど、ようやく会えて胸の奥があたたかくなる。
予選会で私を助けてくれた鷹臣せんぱい。
病院に運ばれた後、体調が良くなった私はすぐに自分のスマホで検索をした。
駅伝の予選会、観客の人が言うようにアンカーを走る一年生は一人だけで、それでこの学校と鷹臣せんぱいの名前を知った。
胸が、ギュッてなって、いてもたってもいられなくなって。
ようやく今日、お礼が言えるんだ……。
◆
「こんな感じでぇ~、陸上には色々な種目があるんだよぉ~。みんなももし入部したらぁ、色々な可能性があるからねぇ~って、経験者はもう決まってるかぁ!」
佳穂ちゃん先輩が気さくに説明してくれて一年生から笑いが起こる。
放課後には部活の公開練習が始まって、私も陸上部に混ざって説明を聞いていた。
でも私は鷹臣せんぱいを探す事に必死で、あまり聞いてなかったんだよね。
「はっ……はっ……」
「あっ……!」
いた!
見つけた!
説明してくれる佳穂ちゃん先輩の後ろを通って、鷹臣せんぱいが走ってた!
久しぶりに見る顔はすごくカッコよくて、曖昧に覚えていた記憶よりもずっとカッコよくて、カッコよかった!
い、いつ話そう!?
れ、練習の邪魔はしちゃ駄目だよね……!?
「はぁ……はぁ…………」
「……あれ?」
でも、何故だろう。
遠目からでも、鷹臣せんぱいはすごく苦しそうに見えちゃったんだ。
◆
「……お、終わっちゃった……!」
部活が、終わっちゃった。
外も暗くなって、他の先輩達も帰り出しちゃった。
結局せんぱいに話しかけられなかった……でも、ここまで来たんだから話したい!
だから私は校庭の隅で、せんぱいを待ち伏せしてたんだけど……
「あれ? 一年、まだ残ってたのかー?」
「はぅぁっ!?」
「おお、元気な声! しかも綺麗に焼けてんなー! やる気は最高だけどよ! 休むのもアスリートの仕事だぜー?」
「あ、えっと……!」
急に背後から話しかけられて、ビックリしちゃった。
その人はまだユニフォームを着ていて、日焼けした顔で豪快に笑った。
そして誰なのか、すぐに分かった。
「く、くるみ……先輩?」
「おっ! もうオレの名前まで覚えてくれたのか! お前、名前は!?」
「さ、楽々浦……楽々浦、小夏、っス」
「楽々浦かー! よろしくな楽々浦ー!!」
「は、はいぃ……!」
ガバッと肩を抱かれて、その勢いのままくるみ先輩が笑う。
すごい自然体で、明るい人だった。
頑張って明るくなろうとしている私とは違って根から明るい人。
そして、鷹臣せんぱいが名前を呼んで、助けに来てくれた人……。
「あ、あのっ!」
「ん?」
そう思ったら、いてもたってもいられなくなっちゃった。
「た、鷹臣せんぱい……知ってるっスか!?」
「……鷹臣?」
今思えば、知ってるに決まってるのにね。
でもこの時の私はとにかく必死で、何とか言葉を探して口にしてたから。
「鷹臣も知ってるって……お?」
「……はい?」
「お、おぉぉ……」
「え? えっ?」
くるみ先輩が私の顔を覗きこむ。
男の子みたいに豪快なのに、睫毛は私より長くてとても綺麗だった。
やっぱり鷹臣せんぱいも、こういう人が好きなのかな……。
「……鷹臣なら、体育館裏だぜ?」
「……え?」
そんな事を想ってたら、くるみ先輩は柔らかく微笑んでくれた。
どうして微笑んでくれたのか、この時の私は分からなかった。
どうして鷹臣せんぱいが体育館裏にいるのかも、それをくるみ先輩が知っていたのかも関係無くて、ただ、鷹臣せんぱいの場所が分かったのが嬉しくて。
「会いに行ってやってくれ。用事、あんだろ?」
「……ありがとうございます!!」
私は深くお辞儀をして、走り出したんだ。
◆
「はー……っ、はー……っ!」
走ってた。
ただ夢中に、走ってた。
まだ制服姿で、ユニフォームじゃないけれど。
メガネもカチューシャも今は外して、コンタクトになった。
明るい仕草を友達に教えてもらって、話し方も変えてみて、キャラチェンって言うのかな、前向きな自分になって、運動も続けて体力もついた。
切れなくなった息を吐き、校庭から体育館へ駆けていく。
鷹臣せんぱい、鷹臣せんぱい、鷹臣せんぱい、鷹臣せんぱい!
想いが、気持ちがどんどん大きくなっていく。
それが私の足を動かす原動力になって、体育館裏へと足を踏み込んで――。
「……ぶちょ」
「せんぱい! よ、ようやく……会えた……っスー!!」
――鷹臣せんぱいが、いてくれた。
思い出でも、ステージの上でも、校庭の隅でもない、私の、目の前に。
「…………え?」
でもいきなり私が現れて、せんぱいは凄く驚いていた。
だけど私はせんぱいと会えた事が嬉しくて、せんぱいと話せる事が嬉しくて。
「あ、あ、あの! あの時は、ありがとうございました!!」
やっと……お礼を、言えたんだ。




