第43話 「小夏と鷹臣3/5」
「……すいません、先輩」
「気にすんなって鷹臣! 一位逃しただけで駅伝は決定したんだし、誰もお前のやった事を悪く言う奴はいねーぞ! それにあの子も無事だって言うから良かったじゃねーか!!」
大会が終わって。
くるみ先輩がバシバシと俺の背中を叩いていた。
あの時の俺は無我夢中で、その時の俺は終わってから自分のやった事の責任を痛感していたんだ。
せっかく先輩達がアンカーを任せてくれたのに、結果は二位。
俺が走るのを止めて、コースに倒れこんだあの子を助けたからである。
くるみ先輩が言うように、誰も俺を責めなかった。
だけどそれが、当時の俺には一番キツかったんだ。
昔から走るのが大好きで、走るのを辞めてしまったライバルの為に……。
これからも走り続けようと思ったのに、自分の意志で走るのを止めてしまった。
色々な気持ちが、想いが、混ざりあって、ぐちゃぐちゃになっていて。
胸に開いていた穴が、もっと大きくなった気がしたんだ。
◆
「よーし! 今日からオレ達は三年生! そしてお前達は二年生だ! 去年の先輩達に負けねーように、これから入ってくる一年生の手本になるように、今日から張り切って行くぞオラー!!」
「お~!」
「よっしゃー! やろうぜ鷹臣! 今年は一緒に完全勝利目指そうな!」
「……あぁ」
時は過ぎて、二年生になった。
《《俺は辞退させてもらった》》上級生引退レースの駅伝は無事に終わり、陸上部はくるみ先輩が率いる新体制になった。
先輩達は引退する年、そして俺達は先輩になる新しい一年間の始まり。
でもやっぱり、俺の心の穴は開いたままだったんだ。
◆
「やぁやぁそこのプレイボ~イ! ちょっと私を助けてよぉ~……!」
「……プレイボーイって、俺?」
「そうだよぉ鷹臣く~ん! 部活動紹介の台本とか発表資料とか、やる事がいっぱいなんだよぉ~っ! ほらぁ~、くるみ先輩真っ直ぐだけどぉ~、説明とか全部勢いに任せてパッションじゃ~ん……!」
「……まあ、それぐらいなら」
「ありがとぉ~! やっぱり鷹臣くんはヒーローだねぇ~!!」
「…………そんなんじゃないよ」
ある日、マネージャーの佳穂が練習後に助けを求めてきた事もあったっけ。
一年生への部活動紹介は体育館で各部活ごとに行われる。
佳穂が不安に思う通り、くるみ先輩は全部勢いでどうにかしようとするので、俺も手伝う事にした。
だけど感謝する佳穂の言葉は予選レースの事を俺に思い出させて……。
どんどん俺の心を、蝕んでいったんだ。
◆
「鷹臣! レースしようぜレース!」
「これから入ってくる一年に負けないように特訓だ特訓!」
「去年は負けたが今年は負けん! 走るのが好きなのは、お前だけじゃないんだ!」
「……あぁ」
また違う日には、同級生の男子達が勝負を吹っかけてきた。
言葉にはしなかったが、同じ男同士、薄っすらと何かを察していたのだろう。
同じ汗を流し、語り合えば気が晴れる。
そんな部長メソッドを受け継いだ同級生達が真っ直ぐ俺にぶつかってきてくれた。
でもこの時の俺は既に……走る事が、嫌になってしまっていたんだ。
◆
「鷹臣、大丈夫か?」
「……大丈夫っす」
「アホ。大丈夫な奴はそんな顔しねーんだよ」
「……すんません」
迫る部活動紹介の前日。
練習が終わりに、部長に話しかけられた。
小学校クラブからの付き合いな部長は、誰よりも俺を気にかけてくれる。
その優しさは、とてもありがたくて――。
「言いたい事があんならハッキリ言え、鷹臣。今のお前は、見てらんねーよ」
「……すんません」
「まだ去年の予選を気にしてんのか?」
「……すんません」
――同時に、苦痛にもなっていた。
俺には昔から、走る事しか無かった。
走る事しか出来ない俺が、走るのを止めて何が残るのだろう。
あの時走るのを止めたのに、俺はどうして何も言われないのだろう。
チームの為、先輩の為、アイツの為に走っていたのに、本番で走るのを止めた。
…………あれ?
俺は、何で走ってたんだっけか?
「……部長」
「ん?」
「……明日の部活動紹介が終わって部活の後、ちょっと時間もらっても良いすか」
「…………おう」
そんな俺の言葉に、部長はそれ以上何も聞かなかった。
◆
「と、いう訳で! 陸上部の紹介はこれで終わり! 新入生諸君! 一緒に青春の汗を流して! 全国目指そうぜー!!」
――パチパチパチパチパチパチパチ!!
割れんばかりの拍手が体育館に響き渡る。
部長の真っ直ぐな言葉と、佳穂の用意した台本のおかげだ。
それを聞いていた一年生達は全員、目を輝かせていたのが良く見えた。
◆
「…………」
だけどその眩しさは、その時の俺には無かった。
部活動紹介が終わり、放課後は一年生を対象とした公開練習が行われた。
いつもより気合が入る部長を筆頭とした上級生の姿に、俺は気圧されていた。
今だから言える事だが、ここにはもう俺がいちゃいけないと思っていたんだ。
「…………」
だから練習の後、俺は体育館裏で部長を待っていた。
……今日で部活を、陸上を、走る事を辞めさせてもらう為に。
本当にこれで良いのかと何度も思った。
だけどそれも、今日の公開練習を見た俺は完全な温度差を感じてしまったんだ。
「…………よし」
そうして、完全に決心が決まった。
近づく足音が聞こえて、俺は深く息を吐く。
こんな時なのに、この緊張はスタート前に似ていると思ってしまった。
この時の俺は心で決めたとか言っても、カッコ悪い事に未練しかなくて――。
「……ぶちょ」
「せんぱい! よ、ようやく……会えた……っスー!!」
「…………え?」
「あ、あ、あの! あの時は、ありがとうございました!!」
――そんな情けない俺の前に。
高校一年生になった小夏が、現れてくれたんだ。




