第42話 「小夏と鷹臣2/5」
※ヒロイン、小夏視点。
「マラソンの、応援……?」
「そう! お願いこなっちゃん! 明日、彼氏……先輩が走るのっ!」
中学三年生のある日。
私は教室で仲の良かった友達に頭を下げてお願いされた。
その子は私と違って派手で明るい、色黒のギャルって感じで、少し憧れてたんだ。
「それは、良いけど……先輩って事は、高校生のマラソン、だよね? 中学生の私達が応援に行ってもも、良いの?」
「もちももち! 大丈夫だよー! お正月にテレビで駅伝やってるっしょ! あんな感じで誰でも応援出来るんだよ!」
「そうなんだ……じゃあ、行って、みようかな……?」
「ありがとーこなっちゃーん! 一人じゃ心細かったんだよねー!」
「く、苦しいよぉ……!?」
感極まったその子に私がギューッてされたのを今でも覚えてる。
そんなこんなで、マラソンとか陸上にまるで縁が無かった私は、友達と一緒に応援に行く事になった。
◆
「お母さん、あのね。明日、友達と一緒に、マラソンの応援に行くけど良い?」
「もちろん良いよぉ。受験前だもん、休みの日ぐらいお友達と楽しんできてねぇ。でも、マラソンとか興味あったっけぇ?」
「と、友達がね……応援したい人が、いるんだって。だから、私も一緒に行くんだけど……駄目?」
「全然駄目じゃないよぉ。だけど気をつけてねぇ? 小夏も私と似て身体があまり強くないからぁ、人込みで酔わないようにするんだよぉ」
「だ、大丈夫だよ……!」
その日の夜、お母さんに許可を貰った。
初めての事だったけど、お母さんは良いよって言ってくれた。
お母さんは優しいけど忙しくて、あまり一緒にお出かけした事も無くて。
だからその日はドキドキで、あまり寝れなかったんだ……。
◆
「来たねー! こなっちゃん!」
「う、うん……人、多いね……」
「駅伝の出場がかかってるらしいよ! これに勝てば、先輩達がテレビで映れるんだって! ヤバいね!」
「や、ヤバいね……」
次の日、マラソン……駅伝の予選会場に私は来ていた。
会場には人が凄く多くて、寝不足のせいか立っているだけで苦しかったんだ。
無理をしなければ良かった。
今でもたまに思うけど、そうしなきゃ私はせんぱいと出会えなかったんだ。
◆
「頑張れー!」
「行ける! 行けるぞー!」
「ファイトー! ファイトー!!」
「わ、わぁ……!?」
レースが始まったら、すごい人が、すごい熱狂だった。
広がる歓声、響き渡る沢山の足音、まるで会場全体が一体になる感じ。
今まで体験した事が無い空気の振動が、鼓動がビリビリと身体に伝わってきて。
「ど、どこぉ……?」
私は、すぐにお友達とはぐれた。
沿道に押し寄せる人の波、みんなここにいる誰かを、夢中で応援していた。
付き添いで来た私はその波にのまれて、だけどのまれないように必死で、人がいない場所になんとか逃げながら、はぐれちゃったお友達を探してたの。
◆
「いない……」
だけどお友達は見つからなかった。
人込みのせいかスマホの電波も悪くて、送ったメッセージも既読にならない。
だから私は友達が戻ってきたらすぐに分かるように、スタート地点から近い沿道に立っていたんだ。
この日はとても暑くて、持ってきた水筒からお水をチビチビと飲みながら。
「よしよし! そろそろだな!」
「え?」
「やっぱりゴール前が一番白熱するもんな!」
「え? え?」
「やばっ! 人集まって来た! こうしちゃいられねぇ! 準備だ準備!!」
「え? えぇぇぇぇ……!?」
でも。
この予選会は大きな公園をグルグル回るレースだったみたいで。
スタート近く、つまりゴール前にいた私はどんどん集まってくる人達にまたもみくちゃにされちゃったんだ。
◆
「来るぞ来るぞ! そろそろ一位の選手が!」
「なんでも一年生が首位を独走してるらしいぜ!」
「マジかよウチの地域レベル高い筈だろ! 今年は一強かよ!?」
「こりゃあ新時代のスターを目の当たりにする大チャンスだな!!」
「わ、わぁぁ……!?」
大変な事になっちゃってた。
来る人、来る人に流されないように頑張ってたら、いつの間にかコースの真ん前に来ちゃってた。
周りには人がいっぱいいるから戻る事も出来なくて、私はみんながワイワイする中でそれっぽく頷く事しか出来なかったの。
「見えた! やっぱ一人だ!」
「行けー! 負けるなー!!」
「そのまま突っ走っていけー!!」
「お前がスターだー!!」
「え、えぇっ……!?」
――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
まだ一位の人はすごく遠くにしか見えないのに、スタートの時よりも割れんばかりの歓声が響き渡った。
それはもう、ビリビリじゃなくて、ドンドンって。
身体の中を直接揺らされてかき混ぜられているような、そんな振動で――。
「あ、えぅ……えっと、わた、私も……が、がんば……」
『行けるぞ鷹臣ー! そうだ前だけ見ろ前を! もう敵はいねー! 今この瞬間だけは、お前だけのレースだーっ!!』
「ひぅっ!?」
そんな中で、遠くからなのに一際響き渡る大きな声が聞こえた。
今思えばそれがくるみ先輩の声で、大きくて凄いなって思うけどその時の私はそんな余裕がまるでなくて。
グルグル回る思考の中で、グルグル回る視界の中で、頑張って、頑張れって言おうとして……!
「うっ……ぁっ……!」
「き、君! だ、大丈――!」
気づけば頭が、キーンってなってた。
暑かった身体が急に冷たくなって、目の前が、グワングワンしてて。
「え、君――!?」
「そんな事よりっ! 誰か早く! 救護の人呼んでください!!」
誰かの足音が近づいてくるのが分かった。
耳鳴りがする中で、その人の声だけはハッキリと聞こえた。
眩しさと暗さに包まれる視界の中で、私を抱きかかえてくれたその人は、走ってる人と同じ、ユニフォームを着ていて――。
「ゲホゲホっ!? ごめ、なさ……」
「大丈夫、大丈夫だから! 誰か、誰か救護の人を――!」
――私を安心させようと、必死だけど明るい笑顔を見せてくれた。
寒くて暑くて苦しいのにその顔を見ると安心して少しだけ楽になれた気がする。
その真っ直ぐで頼りになる顔が忘れられない。
それが私とせんぱいの、最初の出会いだったの。




