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俺に懐いていた日焼けボーイッシュな後輩が、健気でしおらしい義理の妹になってしまった  作者: ゆめいげつ
第一章 不器用な義兄妹の日常

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第4話 「せんぱい、見てたっスか!」

 走っていた。

 ただ無心に、肌に当たる風を感じて。

 九月になっても日差しはまだ強く、まとわりつくような蒸し暑さが残っていた。

 大きく開いた口から酸素を肺に送って、両足を、身体を動かす原動力にしていく。

 何回も何回も何回も見慣れた、だけど走る度に変わる学校周辺の景色が流れていくのを感じていた。


「はっ……はっ……!」

 

 オレンジ色に染まる太陽がどんどん地平線の先に落ちていく。

 その下にある雲はどこかに流れていき、時折吹く風が火照る身体を冷ましていた。

 歩道の横を走る自動車、校門から帰路につく生徒達を横目に、慣れ親しんだ校庭へ走っていく。

 アスファルトの道、ブロックやコンクリートの階段、土のグラウンド。

 踏み込む度に跳ね返ってくる様々な弾力や硬さを靴越しの足裏に感じながら、俺は校庭の地面に引かれた白線のゴールラインを切った。


『せんぱい、のぉ。えっ……ちぃ……』


 その瞬間、脳裏を過ぎったのは。

 今朝ベッドの上で見た、涙目の小夏だった。


「おぉ! やったな鷹臣! 自己ベストだ!」

「はぁ……はぁ……部長……あざっす……!」


 緊張の糸が解れて、色々な意味で呼吸が乱れてしまう。

 身体に負荷をかけないよう足を止めずにクールダウンしていると、嬉しそうな部長がストップウォッチを見せびらかすように駆け寄ってきた。


「何言ってんだ凄いのはお前だろ! それに次期部長なんだからもっと喜べ! 部員に示しがつかんぞ!」

「……まだ、駅伝が……あるじゃないすか」

「それはそれだ! 普通の運動部ならもうとっくに引退してるからな!」

「まあ、そうすね……あざっす」


 部長がずっと並走してくる。

 一年生の頃から、いや、入学前からお世話になっている先輩だけど、こういう所は本当に変わらないと言うか、暑苦しい人だ。

 チラッと後ろを見ると、部長がいなくなった事により一人で後からゴールする部員達の記録をする羽目に陥ったマネージャーが「ひーひー」と悲鳴を上げていた。


「それにしても、二年になってからどんどん調子を上げてるな鷹臣! 去年は少し不調だったが、もう心配無いどころか頼もしい限りだ!」

「……まぁ、俺も先輩すもんね」

「だな! あの鷹臣がなぁ……やっぱり頼られると人は変わるもんだなぁ……」


 後ろで悲鳴を上げるマネージャーと、俺の隣でしみじみとする部長。

 これ後で俺がマネージャーに恨まれるんじゃないかと、少しだけ心配になる。

 部長は見ての通り、情に熱い上にすぐ行動に移す人なので、言葉を選ばないで言うと愛され馬鹿なのだ。


「それにしても今年の躍進は本当に凄いぞ! 何か心機一転するような事でもあったのか?」

「……それは」


 整ってきた呼吸が、詰まる。

 俺が心機一転した理由は一つだった。

 二年に上がった事はもちろんだけど、それ以上の理由と言えば――。


『次! 楽々浦!』

『はいっス!』


 ――その理由が、視界の隅に見えた。

 同じ陸上部に所属している小夏が、コーチの掛け声と共に駆け出した。

 まっすぐ、まっすぐ、一直線に。

 その勢いを止めないまま、彼女の走りは弧を描き出す。

 リズミカルな足取りで、まるでダンスでもするかのように、身体を傾けて準備をし、最適化した歩数と歩幅で踏み切った。


「おっ!」


 歓声が上がった。

 隣にいる部長から。

 それと、周囲で順番待ちをしていた、他の部員達からも。


『――っス!』

 

 小夏は片足で地面を踏み切った空中で身を捻り、綺麗な軌道を描いた。

 高いバーを、しなやかな猫のように背面から飛び越え、マットに落ちる。

 

 それは最高に綺麗なフォームの、完璧に仕上がった走高跳だった。


「楽々浦もやるなー! 一年なのに、もう上級生顔負けだぞ!」

「……ですね」


 隣にいる部長がまた興奮する。

 確かにアレは誰が見てもテンションが上がる、完璧な跳躍だった。


「楽々浦さん本当にすごーい!」

「あんなに高いのどうやって跳べるのー!」

「私にもコツとかあったら教えて教えてー!」

「わーっ! みんなありがとうっス~!」


 小夏の周りを同じ一年生女子が囲む。

 その人懐っこい可愛さ、学校での天真爛漫な明るさに運動神経の良さ。

 人気者な彼女は、自慢の後輩であり義妹だった。


 だけど一つだけ、俺にはある懸念があって……。


「楽々浦、本当にすげぇな!」

「あぁ、めっちゃ揺れてた!」

「色々と将来有望すぎるぜ!」


 男子からも、目立っているのだ。

 可愛くて、性格も良くて、そして控えめに言ってもスタイルが凄く良い。

 陸上ユニフォームという薄着は露出が多く、そしてそれを着こなす小夏の身体は出る所は出ていて引っ込む所は引っ込んでいた。

 それに健康的な日焼けをした小夏は、正に陸上部のマドンナと言えるだろう。


 誰からも好かれるのは嬉しいが、そこに思春期特有の邪な目が混ざっているのは、義兄としても先輩としても見過ごせなかった。


「あっ! せんぱ~いっ!!」


 そんな時である。

 遠くで女子部員達と談笑していた小夏が、俺に気づいたのは。


「せんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱ~い!!」

「ばっ!? お、お前っ!?」


 ――ゆっさ、ゆっさ!

 擬音にするなら、多分こう。

 自分がどういう目で見られているかなんて一切気にせず、小夏が大きな胸を揺らしながら俺に駆け寄ってきた。


 ……目のやり場に、非常に困る。


「せんぱいせんぱい! 見てくれてたっスか! 私の華麗なジャンプ!」

「あ、あぁ……」

「たはーッ! せんぱいの目も奪っちゃったっスかぁ~! 私は罪な女っスねー!」


 小夏は太陽のように明るく笑う。

 練習後でアドレナリンが出ているのか、家でのしおらしさは何処にも無かった。


「楠木あの野郎、いっつもいつもイチャつきやがって……!」

「背が高くて顔も良くて足も速いとか、小学生男子の憧れ欲張りセットかよ……!」

「こうしちゃいられねぇ! 俺もモテる為に練習に戻るぞうおおおおっー……!!」


 当然、注目を浴びている中でそんな事をすれば、余計に目立つ。

 背後ではついさっきゴールしたばかりの男子部員達が何やら騒ぎ出していた。


『コラー! 楽々浦! サボってないでさっさと戻ってこーい!!』

「あっ! マズいっス!? じゃあせんぱい! また後でっス~!!」


 騒ぎが大きくなって、遠くからコーチがメガホン越しに叫ぶ。

 ハッとした小夏は俺に手を振りながら、また全速力で戻っていった。


「……鷹臣。心機一転は大事だし、ある意味で他の部員のモチベーションも上がっているが……色恋は、ほどほどにな?」

「…………違うんすよ」


 隣にいた部長が、額を押さえながら俺にそう呟いた。

 まだ他の部員や生徒達には、俺と小夏が義理の家族になったと知られていない。


 それでも学校生活での小夏のアプローチと言うか距離感がどんどん近づいているせいで、誤解とも言い切れない誤解が広がりまくっていたんだ。

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