第35話 「おにいちゃん……しちゃった、ね?」
「二人ともぉ、顔……赤いよぉ? もしかして、風邪ぇ?」
「だ、大丈夫だよお母さん……!」
「こ、小夏の言う通りですよ美春さん……!」
夜、リビングで。
今日は早く帰ってこられた義母さんと一緒に、俺達は夕食を食べていた。
対面に並んで座る俺と小夏を見て、義母さんが首を傾げる。
それに俺と小夏は揃って首を横に振った。
「そうなのぉ? 最近、寒くなってきたからぁ、予防はしっかりねぇ」
「お、お母さんも……! よ、よく休んでね……!」
「えへへぇ、ありがとぉ……」
小夏の言葉に美春さんは嬉しそうに微笑んだ。
ぽやぽやとした明るい笑顔だが目の下のクマはやはり目立ち、俺には何処か疲れているように見えた。
だけどそれを小夏の前で指摘する気にはなれないし、それどころじゃない。
俺の頭には、先ほどのアレがずっと残っていたからだ。
◆
『おにい、ちゃん……』
『こ、こなっ――』
小夏の部屋、小夏のベッドの横で。
小夏の、閉じた瞳が目の前にあった。
まるで世界の時間が止まったかのような錯覚。
だけど心音は鼓動を鳴らし続け、体温は混ざりあうように重なっていた。
『…………』
『…………』
目の前にあるフチなしメガネの奥で、閉じた瞳がゆっくりと開かれる。
クリッとしていた瞳は、とろんと恍惚に垂れていた。
『…………ふぁ』
『…………こ、こな』
唇に重なった、唇が動く。
今まで生きてきた中で一番柔らかい感触が、俺の唇から離れていった。
『…………しちゃった、ね?』
そう笑う小夏の表情は義妹と後輩が混ざりあった、初めて見る顔だったんだ。
◆
「…………」
俺は箸を握りながら、人差し指の第二関節で自分の唇に触れていた。
残っているのは小夏の体温と、ゼロになった距離、そして義妹の柔らかさと……。
「鷹臣くん?」
「……は、はいっ!?」
「旅行、楽しみだねぇ」
「あ、は、はい……」
意識が、小夏から対面に座る美春さんに戻される。
彼女はニコニコと微笑みながら、おっとりと口角を緩めた。
危ない危ない、完全に意識が小夏に持っていかれていた。
「…………」
「……っ!?」
「飛鷹さんも大丈夫そうって連絡きたし、ふふ、楽しみぃ」
恋する乙女のように美春さんが笑う。
その目の前、いやテーブルの下では、小夏が俺の足を自分の足でくすぐり始めた。
突然の出来事に俺は横目で視線だけを小夏に向ける。
すると小夏はご飯を口いっぱいに頬張りながら、恥ずかしそうに膨れていた。
「私もお仕事頑張るからぁ、二人とも仲良くねぇ」
「う、うん、大丈夫……。おにいちゃんと、な、仲良しだもんね……?」
「あ、あぁ……!」
――カリカリ。
小夏の足の親指が俺の足の甲をくすぐっている。
そこだけならまだ大丈夫だったのに、小夏の指は俺の足首にまで浸食してきた。
「うふふ、二人が仲良しでお母さんも嬉しいよぉ」
「えへへ……」
「あ、あはは……」
――カリカリカリカリ。
楽しい、家族との団欒のひととき。
キスをした後の小夏のスキンシップが、明らかに激しく、大胆になっていたんだ。




