第30話 「おにいちゃん、どうしたの?」
「お、おにいちゃん……どうしたの?」
「……ん?」
「ご飯、全然食べてないよ……?」
「……あ、あぁ、すまん。ちょっと、考えごとをな」
朝、登校前のリビングで。
テーブルの向かいに座る小夏が首を傾げて俺を覗きこんでくる。
その仕草と少しだけ近づいてきた可愛い顔にドキッとしたが、俺の頭の中は早朝に言われた美春さんの言葉がまだ残っていた。
『応援、してるからねぇ』
応援とは何だろうか。
義兄としての新生活の事なのか、陸上の事なのか、それとも中間試験……はこの前終わったから違う……なら進路だろうか?
でもそれなら出かけようとした時にわざわざ戻ってきて言わないもんなぁ……。
「も、もしかして……昨日の、こと?」
「っ!? ち、違うぞ!?」
「あ、う、うん……そ、そう、だよね……」
「あ、い、いや、確かに……さっきまでは、それも考えてたけど……」
「……え?」
「……あ」
「あ、うぅ……」
「す、すまん……」
俺は墓穴を掘った。
でもそれは小夏が恥ずかしそうな顔をした後に、少し悲しそうな顔になったからしょうがないじゃないか……!
その代償が朝の気まずさと、お互いの顔が赤くなる事なのは……うん。
「こ、今度は、お母さんがいない時に……入る、ね?」
「ま、また一緒に入るのか!?」
「……だめ?」
「……本当に、いない時にな」
「うん……えへへ」
何という事だ。
朝一番から次もまた一緒に風呂に入る事が確定してしまった。
しかも今度は確実に義母さん、美春さんがいない時を狙うと言う。
これはもう一種の犯行予告じゃないだろうか。
家では大人しい小夏が、どんどん変な意味で積極的になってしまっている。
……もしかして、応援ってこれか?
いや流石に無いか。
「そ、そう言えば義母さんが、小夏によろしくって」
「お母さんが?」
「あぁ。朝早くに出て行く時に会ってさ」
「お母さんも、お義父さんも、お仕事大変だもんね……」
「仕事が半分生きがいな父さんはともかく、義母さんはクマまで出来てるしな」
父さんは父さんで家にいない方が多いぐらい忙しいが、俺ももう寂しくなるような歳じゃないし、父さん自身も天職だと言っていた。
だけど美春さんは話している時は普通だったけどやっぱり疲れが取れてないみたいで少し、いやかなり心配である。
だけど美春さん自身も俺達に、特に小夏に心配をかけさせたくないと思っているだろうから難しいのだ。
「じ、じゃあ……今度、り、旅行とか、どう……?」
「……旅行?」
「う、うん。か、家族の、みんなで……駄目、かな?」
「……いや、良いな。それ」
「っ! だ、だよね……!」
小夏の顔がパァッと明るくなる。
美春さんはパーティをしようと言っていたけど、それなら家族全員揃って旅行もありだ。
夏休み前に両家の挨拶を済ませ、そこから俺はこの家でお世話になっているけれど父さんも義母さんも忙しすぎてろくに夏休みらしい、家族らしい事をしていない。
俺と小夏が部活尽くしだった事もあるけれど、それならなおさらチャンスだろう。
「お、お母さんに後でメッセージ送るね……!」
「じゃあ俺も父さんに送っとくよ。二人の返事で予定決めような」
「うんっ!」
嬉しそうな小夏は俺の健康に良い。
見ているだけでとても幸せな気持ちになり嬉しくなる。
フチなしのメガネ越しの瞳が細められ、炊き立ての白米を食べる小さな口が緩みに緩み切っている。
嬉しいのは分かるけど、そんな手元がおろそかだと制服にこぼすぞ……って?
「……あれ、小夏?」
「ふぇ? どうしたの?」
「メガネ、まだ外さないのか?」
そうなのだ。
今気がついた。
テーブルの向かい側で朝ごはんを美味しそうに食べている制服姿の小夏が、まだメガネをつけた義妹モードのままなのだ。
一度寝間着姿で起きてきた時に、義母さんが出かけた事は小夏も確認済みである。
だからいつもなら制服に着替えてきた時点でメガネを外し、完全に学校での明るい後輩モードになっているんだが……。
「あ、う、うん……」
すると小夏は、目をパチクリとさせた後に小さく俯いて。
「き、今日は……こ、これで学校に……行こうかな、って……」
「…………え?」
恥ずかしそうに、上目遣いでそう呟いたんだ。




