第29話 『鷹臣くん、応援してるからねぇ』
「はぁ……」
朝から、悶々していた。
こう言うと非常に良くないが、俺は朝からとても悶々していた。
それもこれも先日の小夏とのアレやコレ、風呂や部屋での抱き合いや押し倒しのせいである。
――小夏が魅力的過ぎて、ヤバい。
そんなの出会った時から分かっていたが、一緒に住むようになって、恋人になってそれが更に加速していっている。
可愛いのに時々生意気で、根は大人しいのに真面目でひたむきで、真っ直ぐに俺を見てきては隣や後ろをチョコチョコと歩くだけじゃなく……最近は、その、エロ……蠱惑的でもあって……。
「はぁ~……!」
クソデカい溜息だって出てしまう。
気分を変えようと早く起きて、いや中々眠れなかったからスッキリしようと暗い内にランニングを始めたのにずっと頭の中に小夏がいるんだ。
首にかけたタオルで汗と一緒に顔を拭っても晴れない。
小夏が頭の中に常にいるのは別に良い、むしろ大歓迎なんだが、それはそれとして悶々は加速していった。
「あっ、鷹臣くん! おかえりなさぁい」
「っ! 美春さん!? お、おはようございます!」
「そんなかしこまらなくて良いよぉ。これからお母さんになるんだからぁ」
「は、はい!」
そんな俺をリビングで出迎えたのは、小夏ではなくて小夏のお母さん……つまり俺の義母さんだった。
楽々浦美春。
その顔つきは義妹モードの小夏とよく似ていて、小夏をもっと大人しくさせた感じだ。陸上部でバリバリ活動している小夏とは違い、白すぎる肌と目の下のクマ、そして小夏よりも低い背丈が印象的な、かなり若く、いや……幼く見える女性である。
最初父さんに紹介された時は美春さんに連れられて小夏がいた驚きもそうだが、子供に手を出したのかと本気で警察を呼ぼうかと考えたぐらいだ。
「飲み物いれるよぉ。麦茶と牛乳、どっちが良いぃ?」
「えっと、じゃあ、麦茶で……ありがとうございます」
「い~え~。まだ暑いものねぇ」
美春さんは微笑みながらキッチンから麦茶をコップに入れて持ってきてくれた。
自然流れで俺と対面のテーブルに座る。
目の下にクマがあるが、幸せそうな笑顔。
それとは別に、義母さんには特徴的な部分があったんだ。
「もう会社に行くんですか?」
「昨日で一通りのトラブルは解決したんだけどぉ、まだ経過観察中でねぇ」
「お疲れさまです。えっと、すみません……専門的な事は分からなくて」
「良いよ良いよぉ。可愛い子供に応援してもらえるだけでぇ、お母さんは嬉しいんだよぉ」
早朝だと言うのに、既に身支度を終えてスーツに着替えていたんだ。
美春さんは父さんと同じで、ITの技術関係の仕事で出会ったと聞いている。
その頭の良さと手際の良さから現場でも引っ張りだこらしいが、それが原因で中々家に帰れない事も多かった。
「それにその鷹臣くんの言葉はぁ、私よりも飛鷹さんに言ってあげてほしいなぁ。きっと喜ぶよぉ」
「……今度帰ってきたら言っておきます」
「うんうん、素直が一番だよぉ。じゃあ飛鷹さんが帰ってきたらぁ、一緒にパーティしようねぇ」
「はい。その時は、ぜひ」
楠木飛鷹。
その名前の通り、俺を男で一つで育ててくれた実の父親だ。
つい数か月前までは一応一緒に住んでいたけれど、美春さん以上の技術者らしく多忙で家にいる事の方が少ないが立派な父親である。
まあだからこそ、父さんが再婚すると言い出した時は驚きの方が強かった。
仕事一筋なのにそんな出会いがあったんだという驚き。
再婚する予定のお相手が子供にしか見えなかった驚き。
そしてその連れ子だった小夏が俺の義妹になった驚き。
あの時はまさか、こんな事になるとは思ってもいなかったんだ。
「だから、悪いけど小夏の事……よろしくね?」
「もちろんです」
美春さんがさっきまでの笑顔から一変して、申し訳なさそうな表情になる。
目の下のクマと相まって、とても悲しそうに見えた。
「父さんも、美春さんも、俺達の為に頑張ってくれている事を、俺も小夏も知っていますよ。だから大丈夫です。……小夏には、俺がついていますから」
「……ありがとぉ」
少し疲れたように、だけど心の底から安心したように美春さんは笑った。
きっと俺達を心配させないように、元気に見えるように振舞っていたのだろう。
だけど今この場には小夏がいないから、少しだけ本音が言えたのかもしれない。
「……じゃあ、行ってくるねぇ」
「はい。いってらっしゃい、美春さん」
だから小夏の気持ちが、痛いほどに分かるんだ。
こんなに頑張っている親に、心配をさせたくないっていう気持ちが。
寂しいのは、お互いに一緒。
だから頑張るし、頑張れるんだ。
「……あっ、そうだそうだぁ」
「えっ、どうしました?」
そんな小さいけど大きな義母さんの背中を見送ったと思ったら、ひょこっとリビングの扉の向こうから顔を出してきた。
何か忘れ物をしたのかと思ったんだが――。
「応援、してるからねぇ」
「……はい?」
――それだけ言って、満足そうに家を出て行ってしまったんだ。




