第13話 「せんぱい、ズルいっス……」
「……ズルいっスよ、せんぱい」
小夏の声が聞こえる。
後輩の時の口調でも、声の大きさは抑揚や義妹の時のそれだった。
「……そこまで一気に言われちゃったら、何も言えなくなっちゃうじゃないっスか」
小夏がペタンと俺の前に座る。
見上げていたその可愛い顔が、今度は至近距離から俺を見上げてきた。
「……急っス。せんぱいは、全部、いつも、急っス。今も、昔も、この前も。それに、家族になったのだって、全部……急っス」
俺と小夏が出会ってもう半年。
それが遠い昔のように思えるぐらいに時間があっという間に過ぎていった。
そう思える一番の理由は両親の再婚の知らせだろう。
それがなければ俺達はもっとゆっくり、先輩後輩としての普通の時間を過ごせた。
お互いにこれまでずっと一人で俺達を育ててくれた父さんと義母さん。
そんな心優しい両親が再婚すると言って、学校とは違う再会をした俺と小夏。
突然始まった義理の兄妹としての新生活により物理的にも精神的にも近づきすぎてしまった関係は、ありとあらゆる面で、全てが急過ぎたんだ。
「……でも、そのおかげで俺は、小夏の事を知れて、良かったと思ってるよ」
戸惑った事は確かに多い。
なんならついさっきまでも俺は戸惑いまくっていた。
生意気な後輩とそれに振り回される先輩の適切な距離感が一気に分からなくなって、最近はお互いに変なアプローチばかりかけていた気がする。
学校でのからかいも、家でのドギマギするような仕草も、朝起きてベッドにダイブし馬乗りになってくるような突然さも、逆に俺が小夏の部屋に突入する反撃も、全部お互いの新しい一面を知り、戸惑い、焦った結果なのかもしれない。
「……だってそのおかげで、小夏の事がもっと好きになれたんだ。もし俺達が義理の兄妹にならなかったら、今よりもっとギクシャクしてたかもしれないもんな」
まあ、もしもの事は分からない。
大切なのは今で、今の等身大の小夏を俺は好きになった。
生意気で可愛くてスタイルも良くていつもちょっかいかけてくる後輩なのに、家に帰れば健気でいじらしい義妹になるなんて……好きにならない方がおかしいだろう。
「だから好きだ小夏。家族としても、先輩としても、一人の男としても、全部ひっくるめて俺は、小夏の事が好きなんだ」
今なら全部言える。
あんなに躊躇してたのに、一度言ったら滝のように気持ちが溢れてくる。
さっきまでの俺はスタートに立っただけで、まだ走り出していなかったんだ。
「……だから、ズルいっス!」
そんな俺に、小夏が言う。
絞り出したようなその大きな声にいつものような威勢は無く、代わりにその瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「なん……なんで全部、先に言っちゃうっスか……! わた、私だって、言い……たいのに……! 全部、全部せんぱいが、先に言っちゃうっス……。き、昨日からのアレだって、倉庫で、せんぱいにずっとギュって守ってもらったのにドキドキしちゃって恥ずかしくて顔が見れなかっただけなのに、それなのに、せんぱいは何も文句を言わないで、わ、私の欲しい言葉だけをくれるっスか……?」
「…………え? 昨日からのアレって、小夏がただ恥ずかしかっただけなのか?」
「そ、そーいうところっス!!」
小夏が涙を長しながら、キッと俺を睨んだ。
何て事だ、まさかこれが全部俺の早とちりだったなんて……。
「なんでそーいうところだけクソボケなんスか! わ、私がどれだけ恥ずかしかったと思ってるんスか! 倉庫で佳穂ちゃん先輩が近づいてきた時に、せんぱいが私を庇おうと飛び出そうとした時、行っちゃヤダってどれだけ思ったと思うんスか!!」
「流石にそれは分からんぞ!? ていうかそんな事を思ってくれてたのか!」
「う、うるさいっス! せんぱいでお義兄ちゃんなら、言わなくても分かれっス! 私の事、好きなんスよね!?」
「言ってる事が無茶苦茶だけど世界で一番大好きだ!!」
……いや、でも関係ないか。
遅かれ早かれ、波の強弱はあれど、俺と小夏なら絶対に想いを伝える出来事があった筈だ。むしろ今だからこそ、そこまでされて動かなかった昨日までの自分をぶん殴ってやりたい。
だってちゃんと正直に気持ちを伝えれば、こうして仲良く口喧嘩も出来るんだ。
「……なら、他に、言う事、ある、っス、よね?」」
「……え?」
小夏の歯切れが急に悪くなった。
零れた涙を手で拭って、赤くなった瞳がソワソワし出す。
この感情の急な変化も、日ごろの後輩と義妹の使い分けの賜物なんだろうか。
「…………好きって言って、終わりっスか?」
「……っ!」
こんな時なのに。
こんな時だから、ドキッとした。
潤んだ瞳で俺を見上げる小夏に、その可愛い過ぎる仕草に、心臓が跳ね上がる。
「……小夏」
そんな世界で一番可愛い姿を見せられては、俺も改めて覚悟が決まる。
この短時間でもう何度も伝えたのに、ドキドキで胸が爆発しそうだった。
だけどそれは俺一人の話の場合だ。
今度は小夏と、ちゃんと一緒に走りたいから――。
「……好きです。俺と、付き合ってください」
「……プハッ! なんでそこだけ敬語なんスかせんぱ~い!」
「はぁっ!?」
――告白をしたのに、盛大に吹き出されてしまった。
言えって自分で言ったのに、何だコイツ!?
「そこは最後までカッコよくぅ、俺と付き合えぐらい言ってくださいよぉ~!」
「何だお前!? 俺はそんな俺様キャラじゃないだろ!?」
「えぇ~? さっきまでのせんぱい、私の理想のせんぱいでお義兄ちゃんで、すっごくカッコよかったすよぉ~? キュンキュンしちゃったっス~!」
「何で俺をからかう時だけそんなに恥ずかしい事をスラスラ言えるんだお前は!?」
さっきまで恥ずかしくて顔も見れなかった、とか言ってた奴とは思えない。
「……せんぱいと、同じっスよ?」
「……え?」
そんな小夏が、真っ直ぐ俺を見上げる。
俺をからかい口角が緩みながらも、その瞳だけは真剣に俺を見つめて――。
「私もせんぱいが、世界で一番大好きっス~!!」
「うおわぁっ!?」
――そのまま飛びつき、抱きつかれた。
背中に広がる衝撃と、柔らかいカーペットの感触。
それ以上に感じる小夏の体温と柔らかさが、俺を捕まえて離さない。
「大好きっス、せんぱ~い! 可愛い可愛い小夏ちゃんを泣かせたんスから、ちゃんと責任、取ってくださいっスよ~!!」
「わ、分かった! 分かったから! 分かったから一回退いてくれ! な!?」
「嫌っス~! 昨日から不足してたせんぱい成分~! もっと補充するっス~!!」
「せんぱい成分ってなんだ!?」
のしかかった小夏がそのまま大きな猫のように俺の頬に自分の頬を擦り付ける。
家族になっても、ギクシャクしても、想いを伝えても、本質は何も変わらない。
そんな一歩進んでも今までと何も変わらない小夏に……。
俺は安心しながらも、今まで以上のからかいとスキンシップをされたのだった。




