第12話 「おにいちゃん、えっちだよ……」
小夏の部屋に飛び込んでから早数分。
女の子らしさ全開な義妹の部屋のカーペットの上で、俺は正座をして待っていた。
今時珍しいアナログ時計の針がカチカチと動く音だけが響いている。
心臓のリズムのような音に身を委ねながら瞳を閉じ、大きく深呼吸をした。
それと同時に、ガチャリと部屋の扉が開いたんだ。
「お、おにいちゃん……き、着替えた、よ……?」
「……おぉ」
扉の隙間から顔を出した小夏が、静かに部屋に入ってくる。
その姿は家での部屋着では無くて、部活で見る陸上ユニフォームの姿だった。
機動性を重視した伸縮性のある、上下別れたセパレートタイプのユニフォーム。
赤をベースとして白と黒のラインが入ったそれは、小夏のスタイルの良さをこれでもかと強調させていた。
高校一年生としては大きすぎる胸の膨らみ、日焼けした肌がくびれて光る細くて引き締まった腹部、そして上級生顔負けの跳躍を可能としている大きな尻とそこから伸びる健康的な太もも。
まさに美の化身とも言えるようなユニフォーム姿の小夏が、着替えて部屋に入ってきたんだ。
「こ、これで……良いん、だよね?」
「メガネも外してくれ」
「ふえぇっ!?」
だけど、まだ足りない。
恥ずかしさからかキョロキョロと視線が定まらない、クリっとした瞳にかかった、縁なしのメガネが邪魔なのだ。
別にメガネが嫌いな訳じゃない。
むしろ好きだ、好きになった、小夏のメガネ姿が超絶可愛いからだ。
可能ならメガネでユニフォームを着た、超激レアな義妹モードの小夏をずっとこの目に焼き付けたい。
「頼む!」
「お、おにいちゃんの、えっち……」
だけどえっちと呼ぶのは勘弁してくれ。
ただ家でユニフォーム姿が見たいから着替えてきてくれと言っただけなのに……。
「こ、こんなお願い……わ、私じゃなきゃ、聞かない、よ……?」
「……ありがとう」
避けられていたのが嘘のように、今の小夏はよく喋る。
それもきっと学校で着るユニフォーム姿になったからだろう。
ブツブツとグッとくるような文句を言いながら俺に背中を向け、勉強机の上にメガネを置いてコンタクトに付け替えている。
無防備に尻を向ける、そんな義妹の後ろ姿にドキッとしてしまったのは内緒だ。
「…………それで、こ、こんなことさせて、何がしたいんスか」
だって今必要なのは、後輩の小夏との対話だからだ。
コンタクトを付け終えて振り向いた小夏が一度大きな深呼吸をしてから口を開く。
クリっとした瞳がジト目に変わり、口調も良い意味で砕けていく。
その姿は、いつも学校で見る小夏の姿そのものだった。
「……すまなかった!」
「え、えぇっ!?」
だから俺は謝る。
義妹モードの小夏は良い子であろうとするから、俺は生意気で何でも言ってくれる後輩モードの小夏と話がしたかったんだ。
「小夏の気持ちも考えないであんな軽率な事をして、本当にごめん! でも俺は、小夏とこのままギクシャクしたくない! 悪い所があったら直すし気に入らない所があれば遠慮なく言ってくれ! 俺は、俺は……もっと小夏と仲良くなりたいんだ!!」
「か、顔上げてくださいっス!? た、確かに可愛い後輩をユニフォームに着替えさせて部屋に呼ぶだなんて何考えてるんスかえっち魔人せんぱいとは思ったっスけど、土下座は違うっス~!!」
だけどそんな事を思われていたのか、俺は。
これはひょっとしたらカーペットを捲り、冷たく硬いフローリングで土下座をしないと許されないのかもしれない。
「いいや足らない! 俺は小夏を傷つけたんだ! そのせいで小夏だって学校生活や部活にも身が入らなくて……」
「き、傷つけぇ……?」
「小夏が頑張って、勇気を出して、俺を抱きしめてくれたのに……俺は突然体育倉庫が開いて思わず隠れてしまった! 俺は、せんぱい失格だ……!」
「えぅ、あぅ、あ、あれはぁ……」
本当ならあそこで抱き合っているべきだった。
元はと言えば無防備な小夏に注意をしようとして行動させたのも俺のせいだ。
だから例えお喋り好きなマネージャーの小夏に見られたって、俺はその責任を取るべきだったんだ。
「だから避けられるのも当然だって思った! だけど俺には小夏が必要なんだ! 朝起きてからかわれて、学校ですれ違った時もちょっかいかけてきて、部活でも俺を見つけたら人目を気にせず駆け寄って来るのに、家だと大人しく俺の横にチョコンと座って小さく微笑んで照れる小夏が……」
「……あ」
たった一日、されど一日。
避けられて距離を置いただけで分かってしまった喪失感。
まさか自分がこんなにも小夏の事に夢中になっているとは思わなかった。
一緒にいて楽しくて賑やかで落ち着けて安心する、最高の後輩で義妹に――。
「好きだ小夏。俺は小夏の事が、誰よりも大好きなんだ」
「……せん、ぱい」
――世界で一番大好きな人に、俺はこれからも一緒にいてほしいんだ。




