第11話 「おにいちゃん、何言ってるの!?」
ガコンと軽快な音がする。
昇降口に置かれた自動販売機から、缶ジュースが出てきた音だった。
「ほれ、オレのおごりな!」
「……あざっす」
出てきた缶ジュースを、部長が俺に放り投げる。
プルタブを開けて中身を口に含むとそれはよく冷えていて、俺の頭も冷えていくような気がした。
「それで、どうしたんだ今日は? 昨日も何か様子がおかしかったけど、今日はそれ以上に変だったぞ鷹臣」
「やっぱり、分かります?」
「バカタレ。何年一緒に一緒にいると思ってんだ。あー、つめた……」
部長は俺を見て鼻で笑う。
この人との出会いはそれこそ中学の部活からなので、もう五年近くは過ぎていた。
単純熱血馬鹿な愛され系だからこそ、仲間の事をよく見ている人だ。
そんな部長は俺と同じ缶ジュースを飲むと、その冷たさで痛む頭を押さえていた。
「実は、義妹に避けられていまして……」
「んー? 鷹臣、妹いたっけか?」
「まあ、出来た……と、言いますか」
「ふーん……。何か、大変そうだなー」
小夏が義理の家族になった、いや、なる事はまだ俺達以外の誰も知らない。
それは俺の事を昔から知っている部長も同じだった。
だけど部長はその深い部分には一切触れてこず、また一口ジュースを飲む。
この良い意味でフランクなところも、部長が部長に選ばれた理由だろう。
「まあ鷹臣、昔っから走る事ばっかで女っ気が一切無かったもんなー。そりゃあ苦労するわ!」
「……部長がそれを言うんすか」
「へっ! オレじゃなきゃ言えんだろ?」
「…………っすね」
色々と言いたい事はあるが、その通りだった。
部長と同じように義妹の事を相談できる人は、思えばほとんどいない。
お喋りだがギリギリ信用出来そうなのは、マネージャーの佳穂ぐらいだろうか?
「んで? その妹ちゃんにどうして避けられてんだ? 思春期か?」
「それが分かれば、苦労してないっす……」
いや、本当は分かっていた。
昨日の体育倉庫が原因だって。
でも流石にそれは、部長にも言えなかった。
「んー、それだと妹ちゃんの気持ちは分からんな。でも、鷹臣の気持ちはなんとなく分かるぞ!」
「……マジっすか」
「当たり前だろ! オレだって伊達に鷹臣のセンパイしてねぇわ!」
一気に缶ジュースを飲み干した部長が豪快に笑う。
夏の日差しを思い出すような、清々しい笑顔だった。
「なあ鷹臣。お前、妹ちゃんに遠慮してんだろ?」
「……いっ!? そ、それは」
そんな部長が、笑顔のまま言う。
その言葉に、俺は胸が締め付けられる気分になった。
「はぁ……やっぱりか。去年不調だった時もそんな感じだったもんな、お前」
「い、いや去年の事は別で……も、もう解決しましたから! それに今回のは、こな……義妹が、そうしたいからで……」
「兄貴なら、妹の言う事は聞くべきって事か?」
「……はい。義妹は、良い子なんです。家では大人しくて、両親にも迷惑をかけないようにしてて……。そんな健気な義妹が、自分の意志で俺を避けているのなら、俺は義兄として、それを尊重したいんです……」
小夏がわがままを言えるのは、良い成長だと思えた。
この二ヶ月、夏休みから一緒に暮らしていて、それを俺は嫌という程に見てきた。
良い子だからこそ、俺達家族に心配をかけないように頑張っていた小夏を。
そんな小夏が、俺を嫌と言うのなら、それで――。
「センパイチョップ!」
「あだぁっ!?」
――良かったと思おうとした頭に、全力のチョップが降り注ぐ。
「おぉ……言葉通りの石頭……いってぇー!」
その犯人はもちろん、俺の目の前にいる部長だった。
だけど俺の頭をチョップした部長もその手を握って痛がっている。
「な、何するんすか急に!?」
「うっせぇバーカ! 女々しいお前なんて見てらんねーんだわ!」
「め、女々しいって……俺は義兄として」
「センパイダブルチョップ!!」
「いっでぇっ!?」
「オレもいてぇ!」
今度は二発、連続でチョップの嵐が降ってきた。
もちろんそれをやってきた部長も痛がっている。
な、何がしたいんだこの人は……。
「ったく、よぉ! 兄貴なら、まずお前が手本を見せるべきだろ鷹臣!」
「て、手本……?」
「妹ちゃんが従順で、良い子ちゃんなのが嫌なんだろ? だったらまず、兄貴のお前がやりたい事を好きにやる悪い子になるべきだろーが!」
「義兄の、俺が……」
「当たり前だろ。オレから見たら、お前の方が良い子ちゃんだ、バーカ!」
手が痛いのか、若干涙目になりながら部長が笑う。
でも後先考えない、真っ直ぐすぎるこの人の言葉が、スーッと俺の胸の中に入ってくるようだった。
でも、だけど。
それで小夏は、嫌がらないのだろうか……?
「鷹臣」
すると部長が一歩、距離を詰めてきて。
「逃げんな」
俺の胸元に、握りこぶしを突きつける。
「お前が逃げて良いのは、長距離の先頭走ってる時だけだかんな!」
「――――」
そうしてまた、太陽のように笑った。
それは曇った俺の胸の内を晴らすような、心からの笑顔だったんだ。
「……って、流石にこのセリフは臭すぎるか?」
「…………はい。めっちゃ臭いっす」
「おい!!」
「でも、ありがとうございます」
だから俺も部長に、笑顔を返す。
「おかげさまで、目が覚めました」
「おせーよ! もう夕方だぜ?」
それに今度は、部長がニヤリと笑って返してきた。
でも今は、そんな笑顔合戦をしている場合じゃない。
「俺、今すぐ家に帰ります!」
「おう! 帰れ帰れ!」
「帰って、義妹に、全部伝えます!」
「おう! 全部ぶちまけちまえ!」
「部長、ありがとうございました!」
「おう! 良い結果しか聞かねーからな!」
部長に深く頭を下げて、俺は走り出す。
小夏に俺の気持ちを、全部聞いてもらう為に。
校舎を出て、校門を抜けて、大通りからすぐに小路に入る。
その短すぎる距離の間で部長から貰った缶ジュースはすぐに空になった。
給水所を通った後のようにスッキリした俺は、『楽々浦』と書かれた表札をくぐり、鍵を開けて家に入る。
そのまま階段を駆け上がって、ノックもせずに小夏の部屋に飛び込んだ。
「小夏!!」
「ひゃわあああああっ!?」
すると小夏は、この前の夜と同じように宿題をしていた。
オレンジ色のカチューシャ、フチなしのメガネに、紺色の寝間着とリラックスした状態である。
「お、おにいちゃん!?」
「小夏! 頼みがあるんだ!」
「お、お願い……?」
完全に家での義妹モードな小夏は、急に俺が入ってきた事にクリっとした瞳をパチクリとさせていた。
でも覚悟を決めた俺は止まらない。
俺は部長にお礼を言った時以上に、深く深く小夏に頭を下げる。
「あぁ! 今すぐ、服を脱いでくれ!!」
「おにいちゃん何言ってるの!?」
俺が小夏とちゃんと腹を割って話すには、このままじゃいけないのだ。




