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【43】二度目の断罪

「ひぃっ……い、痛い! 放して、放しなさい……!!」

乱暴に引き立てられて、バーバラは領主別館の庭へと引きずり出された。

両腕を騎士に拘束され、罪人同然にひざまずかされる。


すぐ目の前でレオンが見下ろし、その隣には幼いアレクが立っている。


「残念です、母上」

侮蔑のこもった、ひどく冷たい瞳だった。バーバラの息が止まりそうになる。


「ご、誤解よ……お願い、聞いて頂戴、レオンさん! わたくしは、ただデュネット商会に脅されただけで……」

「口を閉じろ。――と命じられたいのですか?」

射殺すような声音に、背筋が震えた。


「たとえ脅迫されたとしても、私の妻を汚そうとして賊を差し向けた事実は変わりません」

「っ……!」


どうして母より妻なのよ――という叫びは、胸の中だけに押し込める。ぽろぽろと涙を落とし、バーバラは渾身の演技を続けた。


「レオンさん……あなた、いつから、そんな冷たい目をするようになったの? ……わたくしは、こんなにあなたを愛しているのに。あなたの興したノイエ=レーベン侯爵家を、わたくしは当主代行として必死に支えて……」

自分の献身を必死に訴えようとしたが、


「お父様、だまされちゃダメだよ」

「ああ。実情はすべて把握している」

アレクもレオンも、聞く耳を持ってくれない。


「母上。貴女が私に向けていたのは、愛ではなく執着でした。息子として応えようと努力した時期もありましたが、私はもう迷いません。ジェシカを害する者は、誰であろうと許さない」

レオンの声は、氷のようだ。


「どうして……どうして、わたくしよりもジェシカなの?」

被害者の演技に徹するつもりだったのに、つい嫉妬心が混じってしまった。


「ジェシカなんて、義務で娶っただけじゃないの!」

「違う」

レオンが即座に否定する。

「彼女は私の初恋です。子どもの頃からずっとジェシカに想いを募らせていました」


バーバラは表情を歪めた。


「年端の行かない私が、レーベン公爵家を飛び出したことを覚えていますか? 貴女の支配に耐えかねて、家を出ました。そのとき救ってくれたのがジェシカです。私が騎士を目指したのも、ジェシカに報いるためでした」


アレクは大きく目を見開いて、意外そうな顔で聞いている。


「国王陛下に結婚を命じられ、彼女以外に考えられなかった。――私が愛を乞うのは、生涯ジェシカただ一人だ!」

屋敷中に響くほど、はっきりとした声でレオンは言った。


「侯爵夫人に害を為した貴女を、私は決して許さない」

「そん……な。待って、レオンさん。慈悲を……どうか、慈悲を!」

愕然としていたバーバラは、慌てて食い下がろうとした。


「あなたを愛しているのよ!! ほら……見て、あなたの遺したネックレスよ。わたくしが大切に持っていたの!」

バーバラは胸元の一粒石を掴むと、ネックレスを外してレオンに差し出そうとした。騎士に遮られても、バーバラはほとんど錯乱状態でレオンへ腕を伸ばそうとする。


「それは……」

レオンは、怪訝そうにネックレスを見ている。かつて青かったはずの石は、ひどく黒ずんでいる。


「ひどい色でしょう? ジェシカが粗末に扱ったから。でも、わたくしは……わたくしだけは大切に……」


レオンは、ネックレスへと手を伸ばす。バーバラの手からそれを受け取った瞬間――。

記憶が奔流となってレオンの頭に流れ込んできた。


「……っ!!」

「お父様? どうしたの……!?」




レオンの目の前に広がったのは、ありえない光景だった。

それは、ジェシカの一度目の人生。

――最愛のアレクをバーバラに奪われ。

――非道に酷使される日々。

――孤独なアレクを救い出すこともできず。

――最後はひとりで、失意のうちに息絶える……。


レオンは激しい眩暈に膝を突き、乱れた息を吐き出した。

「これは…………」

理屈はまるで分からない――だが、ネックレスに保管されていた『記憶』だとレオンは悟った。

このネックレスは、かつて手に入れた古代の魔導具。

持ち主に命の危機が迫ったら、《《時間を巻き戻す》》効果があると聞いていた。

この記憶によると、魔導具は出征直後にジェシカからバーバラの手に渡っていたようだが。それでもレオンの希望通り、ジェシカを守ってくれたらしい……。




「ど、どうしたの……レオンさ……」


ぎろり。

憎悪を宿した鋭い瞳に、バーバラは射抜かれた。

「よくも――ジェシカとアレクを……!」

「な、何を言っているの? わたくしは……」

「黙れ!!」


レオンの怒号に共鳴するように、ネックレスの石が、ぱきりと音を立てて割れた。亀裂がどんどん広がって、石は砂と化し消えていく――もしかすると、記憶を吐き出して役目を終えたのかもしれない。


「バーバラ・ノイエ=レーベン。貴様を終身幽閉の刑に処す。情状酌量の余地はない。その命の尽きるまで、獄中で悔いよ」


「そんな……」

「罪人を連行せよ」

「待って……待ってちょうだい……レオンさん……っ!」

バーバラの声は誰にも届かない。騎士たちに引っ立てられ、抵抗しようとした、そのとき――


「ジェシ、カ……」


二階の窓。

ジェシカが、こちらを見下ろしている。

感情のない瞳。

ただただ、結末を見守る静かな瞳――。


ジェシカのその目を見た瞬間。ぽきり。と何かが折れた気がした。


膝に力が入らず、うずくまるバーバラを騎士が無情に引きずっていく――。


遠ざかってゆく惨めな罪人の姿を、レオンとアレクは最後まで見届けていた。



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