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【42】純白の中の異物(義母視点)

――どうして? 

どうしてこんなことに……?

なぜわたくしの人生は、ここまで堕ちなければならないの!?


息も絶え絶えに、バーバラは必死で逃げた。

気づけば、どこかの村のはずれだ。


街道沿いに、ずらりと倉庫が並んでいる。

その一角に滑り込んだ。

どうやらここは、ノイエ=レーベン侯爵領の名産であるレース織りを保管するための倉庫群らしい。

買い付け役人に引き渡されるまで、レースはここで保管されているようだ。


転がるように中に滑り込み、内側から扉を閉める。倉庫の中には、眩しいほどの純白が天井付近まで積み上げられていた。

このレースは領の誇りであり、かつてのバーバラの栄華の象徴だった。


(……忍び込むのにちょうど良いわ)

バーバラは唇を歪めながら、レース織りのすき間に身体を押し込んだ。

見つからないよう、奥へ奥へ。

純白の海の中に、薄汚れた自分という異物を沈み込ませるように。


――なんと皮肉なことだろう?

死に戻る前のジェシカも追手から逃れるためにレースの中へと逃げ込んだのだが、バーバラには知る由もない。


レースを掻き分ける手が、ずきりと傷んだ。血が滲んでくっきりと噛み跡が残っている。アレクが連れていたトカゲに噛まれた痕だ。


(……ああ、忌々しい! それにしても、なぜレオンさんはあんなに早く嗅ぎ付けたのかしら。ジェシカを汚しさえすれば、どうとでもなると思っていたのに!)


レオンがジェシカに骨抜きにされているのは、一目で分かった。不快だが、事実なのだから仕方ない。


(デュネット商会は、もう頼れないわ……。でも、レオンさんはわたくしの子よ。言葉を尽くせば、きっと許してくれる)

震える息を整えながら、バーバラは胸元に指を滑らせた。触れたのは、小さな一粒石のネックレスだ。

レオンが出征前にジェシカに贈った物だったが、バーバラが奪い取った。


(これが役に立つかもしれないわ……!)

青かった石は、すっかり黒ずんでいる。『ジェシカがおざなりにしていたネックレスを、母親であるわたくしが大切に持っていた』と訴えれば、レオンはきっと揺らぐはず。


……でも、愛を乞うにはそれだけでは不十分だ。

言い逃れの筋道を捻りだそうと、バーバラは必死に頭を巡らせた。


(そうだわ。『デュネット商会に脅されていた』と言い張ればいいのよ!)


泣き落そう。

ジェシカの前でひざまずき、泣いて謝ればそれで終わりだ。


自分に勝ち目が残っていると、バーバラはまだ信じていた。



   ***


アレクとレオンは、すぐに騎士達と合流した。

捜査は難航していた――畑に囲まれた村は建物が少なく、隠れる場所などタカが知れているというのに。


騎士のひとりが、脱ぎ捨てられたルームドレスを持って駆け寄ってきた。

「レオン閣下! バーバラ様のお召し物が川辺に落ちていました。どうやら村の洗濯物を盗んで着替えたようです」


「……どこまでも浅ましい人だ」

レオンが不快そうに息を吐いた。

見つかるのは時間の問題のはずなのに、バーバラはなかなか見つからない。

実の母でありながら、レオンはバーバラの頭の中が未だに理解できずにいた。


アレクは淡々とした表情で、騎士の持ってきたルームドレスに手を伸ばした。

「おばあさまは、そういう人だよ。何でもするんだ。だからもう、ゆるしちゃダメだよ」


そのとき、肩に乗っていたクゥがくんくんとドレスを嗅ぎ、翼を広げた。

『くぅ!』

ぱたぱたと、先導するように飛び始める。

「クゥ? どこいくの?」

「……もしかして、匂いで居場所がたどれるのか?」

『くぅ~くぅ!』


アレクとレオンは、無言で顔を見合わせた。


   ***


どれほど時間が経っただろう。

バーバラが隠れている倉庫の外が、不意に騒がしくなってきた。


(……とうとう、来たようね)


バーバラは息を呑んだ。

親子の情に訴える言い訳は考えてある。だから自分から出て行くほうが、印象は良くなるはずだ。

バーバラがレースを掻き分けて扉に向かおうとすると――。


『ぐるるるぅ!!』

小さくて鋭い唸り声が聞こえてきた。

村人と思しき「だ、大事なレースが!」という悲痛な叫びも聞こえるが、直後に「すべて買い取るから、好きなようにやらせてやれ」とも聞こえてきた。


(……レオンさんの声だわ。もしかして、わたくしを助けに来てくれたの!?)

錯覚したのは、ほんの一瞬。

目の前の純白の山が崩れ落ち、トカゲが飛び掛かってきた。

「きゃあああ――――!」

トカゲはバーバラの袖に噛みついて、力任せに引き倒した。小さな体とは思えない怪力で、ずるずると扉に向かって引きずっていく。


「や。やめ……てぇ、たすけてぇ……っ」

床を引きずられたバーバラが、とうとう光の下へと晒される。


「――母上」

「――おばあさま」

バーバラは見上げた。冷たい目をした息子と孫。瓜二つの美貌が、冷たくバーバラを見下ろしている。


(ひっ)

あまりに冷たい眼差しに、心臓が凍りそうになる。愛を乞わなければ終わる――。

「……レオンさん。アレク。……ご、誤解なの……どうか、わたくしの話を――」


しかしレオンは、淡々と部下に告げた。

「連行しろ。裁きは、領主別館の庭で行う。――ジェシカの待つ、領主別館へ運べ」



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