【40】進撃のレオン
やがて、扉が砕け散る音とともに賊がなだれ込んできた。
荒くれ者が十数名――逃げ場はない。
義母は、ふるふると肩を震わせている。
しかしその震えは、愉悦の笑みのようだった。
「お義母様……どうしてですか!?」
理解が追いつかない。
屋敷の者たちは応戦していたそうだから、襲撃を知らなかったのかもしれない。
だとしたら、義母が独断で?
でも、どうやって?
いつの間にこんな大人数を……?
(……来客?)
そういえば、つい先日ひとりだけ来客がいたと報告を受けていた。
古い付き合いの男爵だったらしいけれど、まさかその人物と結託して……?
「お義母様。こんなことをしたら、レオン様が黙っていませんよ?」
「お黙りなさい。わたくしのレオンさんが、あなたの言葉なんて信じるものですか!」
義母はせせら笑っている。
「いい加減、レオンさんを解放してあげなさい。くだらない夫婦ゴッコはもう終わりよ」
「何を言って……」
「そう、レオンさんが聞き入れるはずがないわ!! 《《汚された女》》の言葉なんて!」
義母が叫ぶと同時、荒くれ者どもがいやらしい笑みを浮かべた。
ぞわっと背筋が冷たくなる。
「実際にそうなれば、すぐに分かるわ。――さあ、やりなさい!」
リーダー格の男がニタニタと笑いながら、太い腕で私を掴んだ。力任せに引き倒され、乱暴に床に押し付けられた。捻った足首に激痛が走る――。
「やめて!! 離しなさい!! ……っ」
重い体が圧し掛かり、息ができない。
嗜虐的な目つきで見下ろす男達の中心で、義母が楽しげに笑っている。
「いいザマねぇ、ジェシカ」
乗り上がった男が、私の襟元を引き裂いた。
旦那様が付けてくださったレースの襟飾りが、無残に破れて散っていく――。目から勝手に涙があふれた。
やめて。
やめてやめてやめて……。
(……旦那様!)
きつく閉じた瞼の裏に、旦那様の姿を思い浮かべた瞬間。
――どん、という轟音が走って、圧し掛かる重みが消し飛んだ。
(……え?)
「ジェシカ!!」
旦那様の声が、鮮烈に耳に響く。
何が起きたの? 涙で滲んで、よく見えない。
起き上がって、涙を拭った。
(……旦那様?)
旦那様だ。
夢でも幻でもなくて。
義母が引き攣った声で、「……レオン、さん……」と呟くのが聞こえた。
旦那様は裂帛の気合とともに、ひとり、またひとりと嵐のように賊を薙ぎ払っていく。
呆然と見つめていると、義母が階段を駆け上がるのが目に入った。
「旦那様、お義母様を捕まえてください!! この襲撃はお義母様が仕組んだものです!」
旦那様の青い瞳が怒りに燃える。
しかし、義母はすでに地下室の部屋から飛び出していた。
最後の一人を床に沈めてから、旦那様は私に駆け寄った。ジャケットを脱いで私に着せ、引きちぎられた胸元を隠すようにしてから抱き上げた。
「私のことは構わずに、どうか今すぐお義母様を――」
「置いていけるものか!」
迷いなくそう応えると、旦那様は私を抱いて裏口へ向かった。
***
そのころ、アレクは屋敷の外の茂みで息を潜めていた。
「……クゥ。やっぱり大変なことになってた」
『ぐるるるぅ……』
おとなしく待っていられるはずもなく、先発したレオンの後を追う騎士団の荷馬車の中に忍び込んできたのだ。
騎士たちが到着したとき、屋敷はすでに数十名の賊に取り囲まれていた。
レオンはたった一人で突入したらしく、レオンが通ったと思しき道筋には賊が何人も伸びていた。
騎士たちの半数程度が外の賊と交戦中で、残りは既に屋敷に入った。
(だいじょうぶかな? ぼくも行ったほうが……)
屋敷の裏口に向かおうとするアレクの袖を、クゥが咥えて引き留める。『あぶないよ』と言いたいようだ。
「でも……ママが!」
そのとき。裏口からバーバラが飛び出してきた。髪を振り乱し、醜く顔を歪めている。
「おばあさま!!」
飛び出したアレクが、バーバラの行く手を遮る。
「どこに行くの!?」
「……っ、お退きなさい!!」
アレクに向かって、バーバラは手のひらを振り上げた。
ぶたれる――アレクが身を縮めたその瞬間に。
「ぎゃああ!?」
バーバラがヒキガエルのような悲鳴を上げた。アレクの肩にいたクゥが、バーバラに嚙みついたのだ。
「この……トカゲ!」
賊の一人がすかさず駆けつけ、棍棒でクゥを殴りつける。
「クゥ!!」
アレクは悲鳴のように叫んで、ふらつくクゥを抱きしめた。
幸い、クゥには大したダメージではなかったようだ。目の前の敵に飛びかかろうとするクゥを、アレクは必死に押しとどめた。
「だめ……しんじゃう、クゥ!」
『ぐるぅぅぅうう!』
視界の端で、バーバラが逃げ去っていく姿が見えた。
「なんだ、このガキ。いつからここにいた?」
賊がアレクに手を伸ばす。
――動けない。
足がすくんで、アレクはその場に立ち尽くしていた。
けれど、目の前の男は次の瞬間に横薙ぎに弾き飛ばされていた。
「……危険だ。来るなと言っただろう」
降ってきたのは、レオンの声だ。
両腕にジェシカを抱えて、長い足で賊に横蹴りを喰らわせていた。
「お父様……」
日差しを背に立つ父親が、とても強くて眩しくて。
震えるくらい、頼もしい。
「アレク、ケガはないか」
アレクの中で、ずっと凍っていた何かが溶けた。
「……うん。ごめんなさい……お父様」
クゥを抱えて泣き崩れてしまった小さな体。アレクのことも、レオンはしっかり抱き寄せた。
「アレクのおかげで間に合った。――無事でよかった。ジェシカも、アレクも」
ジェシカとアレクを胸に抱き、レオンは安堵の息を漏らした。
明日から、エピローグまで毎日夜に投稿します!夜21時を目安にアップしますので、よろしくお願いします。





