【39】逆襲のバーバラ
本日12/11は2話投稿(朝・夜)します!
馬車で一時間もかからず、ウィナカ村にあるお義母様の屋敷に到着した。
庭も屋敷もきれいに手入れされているのに、ひっそりとした静けさに居心地の悪さを感じる――。
「ジェシカ奥様。お待ちしておりました」
使用人たちに出迎えられ、玄関の中に入った。
ここで暮らす使用人の数は十人ほどだ。
屋敷を取り仕切る侍従が一人。見回りの騎士が四人、侍女兼メイドが一人。あとは料理人や庭師などが数名。
お義母様の待つ応接室へと向かいながら、私は後ろに控える侍女のモニカと護衛騎士に告げた。
「あなたたちは別室で待機していて頂戴」
「でも、奥様……」
モニカが心配そうに眉を寄せる。
「できるだけお義母様を刺激したくないのよ。とくにモニカ、あなたは……会わないほうがいいわ」
いつも私を支えてくれる侍女のモニカ。
爵位継承式の前には、義母を断罪するためにスパイ役を頼んでいた――だからモニカの顔を見れば、義母が逆上するのは目に見えている。
「今日は二人きりで話すわ。大丈夫だから、心配しないで」
モニカと騎士は不安げな顔をしていたけれど、頷いてくれた。
義母の待つ応接室の前に立ち、静かにノックしてから入室した。
「お義母様。ご無沙汰しております、ジェシカです」
7ヶ月ぶりに見る義母は、別人のように老け込んでいた。
身繕いは済ませているようだけれど、以前の面影はない。
頬はこけ、化粧で消せない目の下のクマ。……年齢以上の衰えだ。
「…………いらっしゃい。ジェシカさん」
義母に表情はなく、抑揚を欠いた声でぽつりとそう言った。
顔を合わせた瞬間に罵倒されると思っていたから、この殊勝さはとても意外だ。
住み込みのメイドがお茶を淹れて下がると、部屋には私と義母だけが残った。
「お義母様。今日は大切な話をしに参りました。……レオン様のことです」
私は告げた。
魔の森で死んだと思われたレオン様が生きて戻ってきたこと。そして再び、ノイエ=レーベン侯爵家の当主になったということを。
義母は静かに聞いていた。……静かすぎる。
興奮して「わたくしのレオンさんに会わせなさい!」とでも叫ぶと思っていたけれど……。沈黙が、やけに重い。
「お義母様は、驚かれないのですね」
「……あら。もちろん、驚いているわよ。愛する息子が生きていて、喜ばない親がいると思って?」
「……」
こんなことを言う女ではなかったはずだ。
私の胸に、ざらりとした違和感が残った。
「本当は、今すぐレオンさんに会いたいわ。どうせあなたは、会わせるつもりはないんでしょうけれど」
「そんなことはありません。今後の調整が済み次第、早めに面会できるよう――」
私が告げていた、そのとき。
「きゃあああああッ――!」
廊下の方から、悲鳴が響き渡った。
ばたばたと乱れた靴音。扉が勢いよく開き、騎士とモニカが駆け込んできた。
「奥様、大奥様、お逃げください!」
「何事なの!?」
「賊です! 大勢の賊が屋敷を包囲して――」
――賊!?
治安のよい、この村で?
「騎士と使用人が応戦していますが、多勢に無勢です。すでに負傷者も出ています!!」
状況を飲み込む暇もなく、剣戟の音が近づいてくる。
護衛騎士が剣を抜き、応接室の前に立ちはだかった。
「ここにいては危険です! 玄関は賊に占拠されており突破は困難です。廊下を曲がった先に裏口がありますから、そちらへ!」
この屋敷の見取り図は、義母を住まわせる前に確認済だ。たしかに裏口がひとつあるけれど、そちらにも賊がいるかもしれない。
(……でも、他に逃げ場がないわ)
私は義母を振り返った。
義母は青ざめた顔で扇を握りしめている。
「お義母様、こちらへ!!」
私は義母の手を取った。
モニカが先導し、私たちは裏口に向かって駆け出した。義母は私に手を握られても拒むどころか、むしろ縋るように握り返してきた。
廊下を曲がり、裏口が見えてきた――しかし。
地響きのような足音とともに、裏口から現れた賊は十数人。
「きゃあぁあ――」
義母が悲鳴を上げた。
「こ、この……!」
次の瞬間。飛び出したのはモニカだった。
小柄な体で両手を広げ、男たちの前に立ちはだかろうとする。
「奥様! 私が時間を稼ぎます!!」
「モニカ!?」
賊は下卑た声で嗤い始めた。
「へぇ。威勢のいい侍女じゃねえか」
「退きな、嬢ちゃん。用が済んだら、お前も遊んでやるからよ」
「う、うるさいっ、奥様に手を出したら許さないわ……!!」
猫に立ち向かう鼠のように、モニカは筋骨逞しい男達に向かって飛び掛かっていった。
「モニカ!!」
思わず私もモニカのもとへと駆け出しそうになる。……でも、頭の中の冷静な部分が私の足を止まらせた。
今すぐ加勢したい――でもその先はどうするの?
私は侯爵家の女主人だ。義母の命に責任がある。
冷酷な判断を。
逃げ場所の候補を。
私のベストな選択は……?
「ジェシカ奥様、私は平気です!! お願い、逃げて!」
モニカが、声を振り絞った。
「…………ごめんなさい」
ごめんなさい。ごめんなさい。
心の中で何度も叫び、義母の手を引いて裏口とは反対方向に駆けだした。
*
「どうするの、ジェシカさん!」
「……お義母様、こちらです」
咄嗟に向かったのは厨房だ。見取り図では、厨房の奥に地下の食料倉庫につながる階段があったはず。
――あった。
小さな扉だ。扉の前に木箱を置いて目立たなくしてから、義母に入るよう促した。階段の先は、地下を四角くくり抜いた広い空間だ。魔導具の青白い灯りが、ぼんやりと内部を照らしている。
義母と二人で飛び込んで、内側から閂をかけた。
ぜい、ぜいと息を切らして、私は壁にもたれかかる。
「こんな地下室があったのね」
義母は驚いた様子で辺りを見回していた。
(どうにかして、外に助けを求めなくちゃ。早くしないと、モニカが……)
次の瞬間。
「ここよぉ――!!」
義母が突然、階段の上に向かって大声を張り上げたのだ。
「お義母様!?」
いったい何をしているの!?
どうしてわざと賊に見つかるような真似を……?
(……わざと?)
ぞくりとして、血の気が引いた。
まさか……。
いくらなんでも、ありえないわ。
義母がそこまで馬鹿げたことをするはずがないと思った。
でも、アレクを誘拐されたときの記憶が頭によぎる。
義母がゆっくり、こちらをふり返った。
その顔面には、おぞましい笑みが刻まれている。
(この襲撃、お義母様が仕組んだの……!?)
階上に荒々しい足音が近づいてきた。扉を叩き割ろうとする音がくり返し響く。
「わたくしに散々地獄を見せておきながら、無事でいられるとでも思ったの?」
義母の声は、悪魔の囁きそのもので。
「……っ!」
心臓が凍り付くような恐怖が、冷たい床から這いあがってきた――。
バーバラがやらかしてすみません…ストレス回はこれが最後で、あとはエンディングまでスカッとハッピーに走ります!
次話は本日12/11の21時前後です





