【33】レオンの嫉妬
アレクは親竜をなだめてから、厩舎の外に出た。
「カシウスさん、何してたの?」
「……いや、お前と話したくて」
カシウスの態度はまだどこかぎこちない。いつも余裕たっぷりな人だから、アレクにはその様子が少しおかしかった。
「少し話そうぜ。ここ、座って」
カシウスに促され、アレクは厩舎の脇にある長椅子に並んで腰かけた。
「カシウスさん、何か悪いこと考えてたんでしょ? だからヴァイスは怒ったんだよ」
「悪いこと? ……まあ、竜を使ったら金儲けできるかと思ったくらいかな」
「ほら、やっぱり」
アレクはあきれたようにカシウスを見やる。
「竜には人間の気持ちが、すぐ伝わっちゃうんだよ。……って言ってた、あの人が」
「……あの人ねぇ」
カシウスはそう呟くと、ぼんやり青空を眺めている。
「ぶっちゃけた話、お前、自分に似た男にママを取られるのがイヤなんだろ」
「似てないってば!」
「いーや。どう見てもそっくりだね。本当は自分でもそう思ってるくせに」
図星を突かれ、アレクは口をつぐんだ。
「まあ、顔は選べねぇからな。でも父親似ならまだ良いじゃないか。俺なんてあの婆似だぜ? いい迷惑だよ」
「あぁ~……」
バーバラ似のカシウスが言うと、たしかに説得力がある。アレクは、気の抜けた相槌を打った。
「でも……あの人、ぼくのことがきらいなんだと思う」
「なんで?」
「だって、話すときいつもこわい顔してるし。あまりしゃべらないし。ママは『やさしい人』って言ってたけど、それってママにだけでしょ? ……感じわるいよ」
アレクがぽつりとこぼすと、カシウスは片手で顔を覆って「あー……」と呻いた。
「誤解なんだよなぁ。あいつは昔から、顔も態度も固いんだ。マダム・ジェシカの前でも、たぶんニコニコ笑ったりはできてないと思うぞ?」
アレクが疑わしげな目を向けると、カシウスは肩をすくめた。
「ためしに話しかけてみろよ、案外いい奴だから。……まあ、俺も最初は鼻につく野郎だと思ってたけど」
「……そうなの? 子どものころから仲良しだったんじゃないの?」
「まさか。初めて会ったのは偶然で、しかも二十歳を過ぎてからだ。平民と貴族じゃあ、たとえ親戚でも顔合わせの機会もない。俺はもう金貸しで、あいつは王国騎士だった」
カシウスはにやりと笑って、アレクを見つめた。
「俺が街で刺し殺されそうになったとき、たまたまあいつが助けたんだ。まあ、国民を助けるのも騎士の仕事のうちってやつさ」
いきなり、物騒な話が飛び出してきた。
「金貸しってのは、いろんな奴から恨みを買うんだよ。ヤバい組織のデカい事件に巻き込まれて、命を救われた縁でレオンの捜査に協力する羽目になった。……すかした野郎だと思って、大嫌いだったね」
カシウスは苦笑交じりにこう付け加えた。
「しかもあいつ、俺の顔見て『バーバラの隠し子』だと思いやがったんだぜ? いきなり弟扱いしてきて、冗談じゃねえよ」
「ぷっ」
アレクも思わず吹き出してしまった。二人で微妙な笑みを浮かべる。
「でも一緒にいるうちに、レオンの性格が分かってきたんだ。くそ真面目で、かなり面白いぞ? お前もそのうち分かってくるさ」
「……ふぅん」
アレクはまだ、半信半疑のままだ。
「ともかく、そろそろ戻ろうぜ?」
カシウスに手を引かれて、屋敷のほうへと歩きはじめる。
「なあ、アレク。俺と手を繋いで戻ったら、きっとレオンは嫉妬するぜ?」
「え?」
「まあ、見てな。大事な息子が俺に懐いたら、絶対に悔しがるから。あいつの眉間にしわが寄ったら嫉妬のサインだ」
*
応接室では、レオンとジェシカが待っていた。
カシウスの予言通り、レオンの眉間にはしっかり皺が寄っている。
「……アレクを連れ戻してくれたのか。感謝する」
言いながら、レオンは二人の繋いだ手を見つめていた。
カシウスはしゃがみ込んで、得意げな顔でアレクに耳打ちしてきた。
「ほら見ろ」
「……」
困惑していたアレクのことを、ジェシカが優しく抱き寄せてくる。
「心配したのよ、アレク。勝手にいなくなっちゃ、だめでしょう?」
「……うん。ごめんなさい」
アレクは小さくつぶやいて、ジェシカの胸に顔をうずめた。
*
それから間もなくして、カシウスの帰る時間になった。
ジェシカとアレクは応接室で見送り、レオンとカシウスが正門へと向かう。
「今日は済まなかったな」
「いや。色々おもしろかったぜ?」
二人は並んで、話しながら歩を進めた。
「それはそうとレオン。お前、マダム・ジェシカとよそよそし過ぎないか?」
「……なんの話だ」
レオンの表情はほとんど変わらない――だが内心でかなり動揺しているのが、カシウスには分かった。
「王都の凱旋式のときも見てたが、お前ら夫婦はどうにも距離があるな。アレクは初対面だから仕方ないにしろ、なんで妻まで他人行儀なんだよ。……まさかお前らの関係、もう冷え切ってるんじゃないだろうな?」
「……冷えてはいない。むしろ、温まる以前の段階だ」
「なんだそれ」
カシウスが目を剥くと、レオンは渋々教えてくれた。
「はぁ!? まだ告白もしてねぇのかよ!」
「……騒ぐな」
「意味分かんねえ。お前が惚れて娶った女だろ!? なのにまだ告白以前って……」
カシウスは、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「順番が逆だろ。なんで先に子供がいるんだよ……!」
「反省している」
「ったく」
王命による結婚が急だったことも、邪竜討伐で出征せざるを得なかった事情もカシウスはもちろん理解している。だが、レオンがここまで不器用だったとは……。
「乙女か、お前は! ちゃんと言え。分かったな?」
「分かっている」
カシウスはため息をつくと、レオンの大きな背中を叩いた。
「天下の騎士侯爵様も、家族の前じゃ形無しだな。ま、しっかりやれよ。じゃあな」
門を抜け、手を振りながら馬車に乗り込む。
門前に静寂が戻り、まるで嵐が去ったかのようだ。レオンは、去っていく馬車を静かに見送っていた。





