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【31】カシウスの来訪

(……なんだよ、もう!)


アレクはひどく不機嫌だった。気まずくて、足を止めることができない。

竜がカッコ良くてかわいくて、つい夢中になってしまった――父親(あいつ)と仲良くするつもりも、真似するつもりもなかったのに。


今朝、子ども部屋に来た母が、あいつを褒めていたのにもムカッときた。悪人ではなかったらしいけど……だからといって、そんな簡単に信じていいの? と思った。


アレクは黙々と走り続ける。

ジェシカが必死で呼び留めようとしていたのに、振り返り も せず無視してしまった。きっとママは悲しんでいる――そう思うと、胸がずきずきしてくる。


(でも、今は ママにあいたくない……)


しかし逃げ出したくても、ここはノイエ=レーベン侯爵邸の敷地内だ。どうせすぐに顔を合わせることになる。そう思うと、余計に気まずい。


(ママ、今ごろあいつと仲良くしてるのかな……)

やっぱり、すごくイヤな気分だ。

居場所がどこにもない気がして、家出したくなってきた。


(……この前ママが読んでくれた絵本、家出のお話だった)

アレクと同じくらいの子どもが、両親とケンカして家出をするストーリーだ。大冒険をしてから最後はちゃんと家に帰り、仲良し家族に戻ってハッピーエンド。


でもアレクは絵本と違って、最初から『お父さん』なんていない。家族に戻るのではなく、新しく父親(あいつ)を家族に入れなきゃいけない。……なんだか、悔しい。


(ぼくのママなのに)

なのに、ママはあいつと楽しそうにしゃべってた。ママは、ぼくじゃなくてもいいの? ぼくと似てるから、大人のあいつのほうが好き? ――アレクには、『父親』がよく分からない。


なんとなく、領主邸の正門のほうへ向かった。本気で家出する気はないけれど、できるだけ遠くに行きたい気分だ。

――すると。


領主邸の正門の前に、一台の馬車が止まるのが見えた。

馬車の中から一人、男が出てきた。ジェシカよりもいくつか年上、父親(あいつ)と同じか少し下――とてもおしゃれだけれど、貴族ではなく商人の服を着ている。


(あれ。あのおじさんって……)


門番と話し始めたその男を、アレクはじっと見つめていた。



   ***


「アレク――! どこにいるの!?」

私はアレクの名を呼びながら、領主邸の中を捜し歩いていた。

旦那様も一緒に探してくださろうとしたけれど、あえて断った。アレクはまだ、旦那様を受け入れられない。今の状態で顔を合わせたら、かえってこじれてしまいそうだ。アレクのことは、私がなんとかしないと。

侍女やメイドたちにも、手分けして探してもらっている。


(――私ったら、何をしているの? アレクの気持ちをちゃんと考えてあげられなかった)


飛び出していったアレクの後ろ姿を思い出すと、胸がずきんと痛む。

『アレクを旦那様と比べないように』と屋敷の者達には口を酸っぱくして言い聞かせていたのに、まさか私自身が比べるようなことを言ってしまうなんて。


『アレクもお父様みたいに、竜と仲良くなれそうね』

そんなつもりで言った訳ではなくて、心から褒めていたのに。けれどアレクが傷ついたなら、それは私の責任だ。


早く見つけて謝らなくちゃ――その一心で庭園を探し歩いていると。


「ジェシカ奥様!」

侍女のモニカが、息を切らせて駆け寄ってきた。

「アレクお坊ちゃまがいらっしゃいました!」

「本当!? どこにいたの!?」

「それが……応接室に」

「応接室?」

なぜそんなところに……。思わず聞き返すと、モニカもひどく困惑した顔をしていた。


「実は先ほど、ちょっとチャラチャラした男が来客しまして。アレクお坊ちゃまは、その男から離れようとしないんです」

「チャラチャラした男? 誰なの……?」

「私は存じません。ですが旦那様のご親族だと名乗られて、旦那様直々の『お招きの手紙』もお持ちだそうです。あと……」


モニカは、言いにくそうに眉をひそめた。


「その男、とても美形なんですが……お顔がバーバラ大奥様に、驚くくらいよく似ています」

「お義母様に!?」

「はい。いったい何者なんでしょう……」


お義母様にそっくりの美形で、旦那様の親族を名乗るチャラチャラした男。私の知る限り、そんな人物は一人しかいない。


   *


私は旦那様とともに応接室へ向かった。扉の前で小さく息を整えて、ノックののちに入室する。


「……カシウス。お前か」

旦那様が、驚いたようにそう言った。


「よぉ、久しぶりだなぁレオン! マダム・ジェシカも」

すっかりくつろいだ様子でソファに腰を落ち着けていたのは、やっぱりカシウス・ダリアン――旦那様の従弟にあたり、大手金融商会・ダリアン商会の代表を務める人物だった。


「……アレク」

アレクは、カシウスのすぐ隣にちょこんと座っていた。もぐもぐとお菓子を頬張りながら、私のほうをちらりと見る。でも気まずそうにツンと顔を背けて、カシウスの背に隠れてしまった。


(……これって、どういう状況なの?)


カシウスの急な来訪と、やたらと懐いた様子のアレク。

……でもいつの間に懐いたの? カシウスとアレクが会ったのは、旦那様の手紙を頼りにダリアン商会に出向いた一度きりだ。しかもアレクは、カシウスを警戒していたはず。


想定外の状況に、私は困惑を隠せなかった。


次話は11/27(木)です。よろしくお願いします!

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