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【30】お父様の真似

朝食を終えたあと、私たち3人は領主邸内の調馬場へと向かった。柵の内側では、厩舎番がすでに鞍を付けて子馬のピピンを待たせていた。ピピンはアレクを見るなり、嬉しそうに鼻を鳴らして前足を踏み鳴らした。


「ピピン!」

緊張気味だったアレクの顔に、ようやく笑顔が戻る。私はほっと胸を撫で下ろしながら、アレクの横顔を見つめていた。

アレクがピピンに跨った。指導役の騎士がそばについているけれど、アレクの手綱さばきはすっかり慣れた様子だ。


「この年齢で、大したものだ」

ふだんより少し高い旦那様の声――たぶん、アレクの姿に喜んでいるんだと思う。私も誇らしい気持ちだった。


「馬との信頼関係もよく築けている」

「お分かりになるんですね」

「それはそうだ、騎士だからな。馬が主人を信頼すると、耳の力が抜けるし眼差しが柔らかくなる。警戒している相手には、絶対にそんな表情は見せない」

(……いつもより饒舌だわ。馬好きなのかしら)

「アレクには騎士の才能がある」


旦那様、とても楽しんでいるみたい。この人の気持ちを読み解くのも、なんだか楽しくなってきた。


乗り終えたアレクが、こちらに駆け寄ってくる。

「……ちゃんと見てた?」

「もちろんよ。とても上手だったわ!」

「良い相棒だな、大事にしてやるといい」

旦那様は淡々と頷きながら、問いかけてきた。


「ところで、アレクは大きな生き物は怖くないか?」

「ぜんぜんこわくないけど?」

アレクの口調は反発的だった。……もしかすると、「怖がり」だと思われたくないのかしら。


「それなら、私の相棒も紹介しよう。――こちらだ」

旦那様は、厩舎のほうへと歩き出した。旦那様は、他の馬たちとは少し離れた石造りの大きな厩舎に向かっていく。……あら? ここは随分前から使っていないはずだけれど。


「旦那様の相棒って……?」

「竜だ」

「竜!?」

思わず顔をこわばらせた私を振り返り、旦那様はゆったりと首を振った。


「危険な個体ではないから大丈夫だ。――ヴァイス、起きているか?」


分厚い扉が開かれて、薄暗い厩舎の奥から寝息のような息遣いが聞こえた。体長3メートルほどの竜が、身を丸くして寝そべっている。扉から射した日光を受けて、純白の鱗がきらめいていた。


「他の竜たちは魔の森に戻ったが、ヴァイスは私と離れたくないらしい。王宮からも許可は下りている。――起きろ、ヴァイス。朝食の時間だ」


旦那様が呼びかけると、竜はのそりと巨体を起こして伸びをするように翼を広げた。旦那様が身振りで外を示すと、竜はクゥゥ。と鳴きながら厩舎の外へと進み出た。


陽光を全身に纏って輝く、白銀の竜。とても美しいけれど、やっぱり怖い。けれど私の隣にいるアレクは、きらきらと目を輝かせていた。――怖いどころか、すごく心惹かれているみたい。こういうところも、父親譲りなのかもしれない。


旦那様に命じられ、厩舎番が桶いっぱいの生肉を運んできた。旦那様は皮手袋を嵌めると、その一枚を竜に与えた。

『クゥゥ!』

おいしそうに喉を鳴らしている。

旦那様も、とてもくつろいだ様子だ――口元に笑みまで浮かべて、人間を相手にするときよりも遥かに穏やかな雰囲気になっている。


ふと、表情を引き締めてこちらをふり返った。

「……アレクも餌をやるか?」

「でも旦那様。危険では……」

「正しいやり方なら問題ない。無理強いする気はないが――」

「やる。こわくないもん」


アレクは挑むような目をして、皮手袋を手に嵌めた。緊張した様子で、竜に生肉を差し出す。

「……っ」

「腕はまっすぐ伸ばせ。竜は人間を見抜くから、怯えるとすぐに伝わる」

「……こう?」

「そうだ」

ぎこちなく会話しながら餌をやっている二人を、私は緊張しながら見つめていた。


「ヴァイスには子どもがいるんだが、今日はまだ寝ているようだ」

「こども?」

「ああ。竜は卵を孵化させてから2年ほど、腹の袋の中で育てる」

「おなかの袋?」

「ほら、ここだ」

「わぁ! ほんとだ! おなか、ぽっこりしてる!」

アレクが声を弾ませた。先ほどまでの反発的な態度が消えて、無邪気な笑みを浮かべている。


「ふふ。アレクもお父様みたいに、竜と仲良くなれそうね」


――でも、私の一言のせいで空気が変わってしまった。

アレクはぴくりと肩を揺らし、我に返ったような顔をしている。


「ぼく、『お父様みたい』じゃなくていい」


……アレク?

突然、革手袋を外して後ずさってしまう。むすっと頬を膨らませ、抗議の眼差しで私を見つめた。


「ぼく、お父様のまねしてるんじゃないから!」


叫ぶと同時に、くるりと背を向けて駆け出してしまった。慌てて追いかけたけれど、ヒールの靴では走れない。

「アレク!? 待って、アレク!」


アレクの小さな背中が、どんどん遠ざかっていった。


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