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【26】夫婦の時間

本日11/22は昼・夜の2話投稿です。前話をご覧になっていない方、ご注意お願いします!

寝室で、謎の晩酌が始まった。

(どうしてお酒なんて……)

実は私は、できるだけお酒を飲まないようにしている 。本当は好きなのだけれど、すぐに酔ってしまうから。

社交場では緊張感があるためか、多少飲んでも問題ない。でも、家だとすぐに頭がぽーっとなってしまう。かつて実家で前後不覚になり、父に「お前は二度と飲むな」と叱られたほどだ。

(……でも、今ここで断るわけにはいかないものね)


旦那様の考えはさっぱり分からないけれど、『腹を割って話す』とまで言ってくださっているんだもの。しかも、こんなに緊張しているんだから酔えるわけがない。


沈黙が長く続き、やがて旦那様は重たそうに口を開いた。

「……何から話すべきか。済まないが、私は話が上手い男ではない。貴女を呆れさせると思うが。聞いてくれるか」

私はこくりと頷いていた。

「まず、母のことは王宮で説明を受けた」

感情を抑えた平坦な声だった。けれど、澄んだ青い瞳はまっすぐだ。


「長い間、貴女に負担を強いていたことも。本当に申し訳なかった」

思いがけない言葉に、私は目を見開いていた。

「私を、お責めにならないのですか?」

「貴女を責める理由がない」

旦那様は、深く頷いている。


「むしろ責めを受けるべきは私だ。私が母をきちんと正していたならば、母が罪を犯すことはなかった」

「旦那様……」

淡々としていながらも、彼の声には誠実さが滲んでいる。


アニエス様もカシウスも、彼の人格を褒めていた……どうやら本当に、私の夫は善良な人物だったらしい。

義母の操り人形なんかじゃなかった。その真実に、胸の奥が温かくなる。


「アレクを産んでくれたことにも、感謝している。子を産み育てることの苦労は、多少なりとも想像がつく。……それを貴女ひとりに背負わせてしまった。済まない」

「そんな……!」


深く頭を垂れる彼の姿に、涙がじわりと滲んできた。


「頭をお上げください、旦那様。あなたが邪竜を討ってくださったからこそ、今の平和があるのです。アレクも私も、この国も救われました」


「だが、正直に言えば――私にはまだ、父になったという実感がない。――アレクが、私を嫌うのも理解できる。……少しずつ、父親らしくなりたいと思う」

「そのお気持ちだけで十分です。本当に……ありがとうございます」


嬉しくて胸がいっぱいだ……私どころか、アレクのことまできちんと考えてくれていたなんて!  涙がぽろりと頬を伝い、私は心からの笑みを浮かべた。……その瞬間、旦那様はなぜかカッと目を見開いて私を凝視してきた。


「ど、どうなさったのですか?」

「…………いや」

怒っている様子ではない。でも、どうして耳まで赤くなっているの……?

旦那様は片手で顔を覆って長い息を吐き出した。心を鎮めているようにも見える。やがて顔色も表情もいつも通りに戻ると、無言でチーズを摘まみ始めた。


「……貴女も食べてみてくれ。私の好物だ」

「頂戴します」


焼きたてのチーズを口に含む。香りがふわりと広がって、コク深い塩の味が舌を包み込んだ。

「おいしい……!」

無表情のまま、彼の目元がわずかに緩んだ。

「初めて食べる味です。ただのチーズとは違うのですか?」

「……ああ、下味がな。騎士学校時代の上官に教わった。作るのは久しぶりだ」

不自然に唇の端を吊り上げているのは、もしかして笑顔を見せようとしてくれているのかしら……? ふと気づいたら、なんだかおかしくなってきた。


「どうした?」

「ふふ。申し訳ありません。なんだか……意外で」

「?」

小さく首を傾げるその仕草が、どこかアレクに重なって見えた。


静かな晩酌が続く。沈黙に包まれているけれど、気まずくはなかった。

ちらりと横顔を盗み見れば、長い睫毛に縁どられた碧眼が燭台のろうそくの灯りを反射していた。アレクもいずれ、この人みたいに精悍になるのかしら……?


見惚れていたのがばれて、慌ててワイングラスに口を付ける。

(……このワイン、飲みやすい。すごくおいしいわ)

こんなに飲んだのは、何年ぶりかしら。本当においしい。


「――ジェシカ。貴女に、告げたかったことがある」

しぼり出すような声で、旦那様が言った。


「生きて帰ったら、伝えようと決めていた。伝えるまで死ねない――その執念があったから、生きて帰れた。……今の私は、すべて貴女のおかげなんだ」


彼はふと、私の肩を抱いて引き寄せた。

身体に力が入らずに、私は彼の胸に顔をうずめる形になった。力が入らない。頬が熱くて、鼓動が異様に早かった。


「あの手紙にも書いたことだ。覚えているだろうか? 幼い頃、私は貴女の父君の領地で――……? ジェシカ?」


視界が揺れている。頭がぐらぐらして、旦那様の声が遠い。


「ジェシカ? ……大丈夫か?」


だいじょぶ? なにがです?

なんだかとってもびっくしりたお顔ですね。どうしました?


「……酔っているのか?」


酔ってる……?

ああ……。

そういえば、わたし、お酒に弱いんでした。

顔がものすごく熱いです。


「真っ赤だぞ。……女性は酒の回りが早いのか?」

旦那様、すごく困ったかおをしてますね。

「だいじょぶです。ちょっと風にあたってきます」

ふらつく足で、立ち上がる。

「足取りが危ないぞ」

「へいきです」

まったく……わたしったら。気がゆるむと、すぐ酔っちゃうんだから。ダメね……でも、気もちいいかも。……あ、ちょっと足が、滑――

「危ない!」

ぐいっと引き寄せられて、バランスが崩れた。旦那様を巻き込んで、いっしょに倒れてしまったみたい。


――ばたん。


(……あら?)

わたし、押し倒してる?

床に仰向けになった旦那様が、真っ赤な顔でわたしを見上げている。



次話は明日のお昼です!

ほろ酔い(いや泥酔)ヒロイン大好きなんですよ〜。デビュー作の『甘やかに溶かされる』でも、ヒロインがくてんくてんになってました。こちらです↓↓

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