【19】爵位継承式②
「陛下。バーバラ夫人は後見人として不適格です。アレクを支え導く定めは、この私が果たすべきものにございます」
国王陛下や列席する貴族の面前で、私は義母に宣戦布告した。義母の顔には一瞬だけ憎悪の色が射し、次の瞬間には仮面のような笑みが貼り付いた。さすがの老獪さだ。
国王は静かな視線を、貴族たちは好奇の目を私達3人に注いで沈黙している。
「……ほほほ、何を言うかと思えば」
その沈黙を破ったのは、義母だった。
「陛下、お見苦しいところを申し訳ございません。私の教育が至らぬせいですわ。――まったく」
義母は、静かな口調でアレクを叱責した。
「アレク、あなたにはがっかりです。このような場で当家の恥を晒すとは」
「ぼくも、あなたにがっかりしてます。わざと誘拐させるなんて」
ぴくり、と義母が微かに眉を寄せる。
「何の話だ」
陛下に問われ、義母が答える。
「……恥ずかしながら、領内で不逞の輩がアレクを攫う事件がございました。当家の騎士がすぐさま救出したのですが」
「陛下。ぼくにも発言をおゆるしください」
幼いながらもしっかりした口調で、アレクは告げた。
「野盗の服には侯爵家の紋章がありました。それに、騎士は野盗としりあいのようでした」
すると、今度は義母が許可を求める。国王陛下は「好きに話せ」と私達3人におっしゃった。玉座にゆったり腰を下ろし、まるで芝居を眺めるような表情をしていらした。
義母が、嘆かわしげに肩を落とす。
「……アレク。わたくしが裏で糸を引いていたというのなら、確たる証拠はあるのでしょうね?」
「ありません」
潔いほどきっぱりと、アレクは答えた。実際、証拠は残っていない。監視下にある私たちに、現場を探る手立てはなかった。
だが、争点はここではない。
「なんと浅はかな。……ジェシカさん? これはあなたの差し金かしら?」
勝ち誇った顔で、義母はこちらを振り向いた。邪悪な態度を忍ばせながらも、淑女の笑みは崩さずに。
「そもそも、アレクが誘拐されたのはあなたの監督不行き届きが原因でしょう? あなたが、外に男を作っていたせいで」
義母はわざとらしく、ゆっくりはっきりした声でそう言った。
ざわ。と場がさざ波立ち、視線が一斉に私に集まる。
「……」
「あら、返す言葉もないのかしら? わたくしは知っていますよ。あなたが男に会うために、屋敷を何度も抜け出していたのを。そのように不貞な女を、アレクの後見人になどできません」
義母は余裕ぶった表情だ。……本当のことに気付きもしないで。
「私がどこで何をしていたか、お義母様は本当にご存じなのですか」
「だから男のもとに……」
「違います」
――さあ、ここからが本番よ。
「私が出歩いていたのは、密会のためではありません。すべてはお義母様の不正を暴くため。証拠を揃えるための外出でした」
「……不正ですって?」
「ええ。お心当たりはありませんか? 具体的には、領地特産のレース織りについて」
私はにっこり微笑んだ。義母の頬がわずかに引き攣ったのを、私は見逃さない。
「事の発端は、商人からの情報でした。ノイエ=レーベン侯爵領特産のレース織りが、公的に申告された生産量の倍以上の量、市場に出回っているようだというのです」
我が領のレース織りは、ごく一握りの職人しか織れない極めて希少なものだ。製作工程が複雑で供給が限られ、一般的な品物より遥かに高額で取引されている。
「真偽を確かめるため、私は領内のレース工房に赴きました。何度も足を運んだ末に、ようやく職人たちは教えてくれました――『公的に流通させているのは生産量の半分以下で、残りは侯爵家に秘密裏に納めている』と」
義母は言葉を失っていた。表情はいまだ取り繕っているものの、瞳の奥には焦りが色濃くにじんでいる。
――つまり義母は、生産量の過小申告で脱税を働いていた。
さっき『きっかけは商人の情報』だと言ったけれど、本当は違う。
違和感に気付いたのは、一度目の人生の私自身だった。無実の罪で騎士に追われ、倉庫に迷い込んだ私は山積みにされたレース織りを目撃していた――。あのときの騎士達の反応は異様で、まるで密造品の扱いのようだと感じた。
だからカシウスに裏を取ってもらい、確証を得てから現地調査に踏み切ったのだ。
「職人たちは薄給と過酷なノルマに苦しみながら、頑なに口を閉ざしていました。しかし私が通い続けたらようやく打ち明けてくれたのです。――職人たちの生活改善を条件に」
バーバラは真っ青になっていた。私の罠にまんまと嵌り、逃げ場を失ったのだとようやく悟ったのだろう。悔しそうに唇をわなわなさせている。
「お義母様、もうお分かりですね。正しい申告を行わず、納税対象としたのは生産量の半分弱。これは明らかな脱税です」
「……っ」
「でも、ご心配はありません。私が代わりに申告して、これまでの不足分もすべて納税しておきましたから」
私はにっこり微笑んで、納税完了通知書を義母に差し出した。
脱税の事実を確認した私は、秘密裏に納税を済ませた。――王家とつながりの深いレーベン公爵家のアニエス夫人にお願いして、爵位継承の場でバーバラの罪をつまびらかにすることを国王陛下にも予めご承諾いただいていた。
「以上です。何かご質問はございますか? お義母様」
「……くっ。う……」
あら、何も言い返せないのね。
これまで散々私を虐めてくれたのに、最後はなんてあっけないのかしら。こんな状況、悪嫁の血が騒いでしまうわ。
――それじゃあ、そろそろ幕引きと行きましょう。
「そういえば、お義母様は私の不貞を疑っておられたようですが……不貞を働いていたのはむしろお義母様ですよね?」
三日月のような笑みを浮かべた私は、懐から数枚の書類を取り出して義母に差し出した。
家令とお義母様が頻繁に密会していたことを示す、怪しげな支払記録だ。のみならず、モニカがこっそり入手した手紙もある。そこには、『バーバラ様、今夜もお待ちしております』などと家令の筆致で綴られていた。
「…………ひっ!!」
義母は声を引き攣らせた。顔を青くしたり赤くしたりしながら、書類を握りしめた手をふるふると震わせている。
「不正と不貞に塗れたあなたに、後見人を務める資格はありません。そしてアレクの母親の座も、あなたに務まるはずがないのです。どうか潔く認めて、女主人の座を私にお譲りくださいな、お義母様」
いつもブクマや★、感想をくださりありがとうございます!
ものすごく元気が出るので、本当に嬉しいです。
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