【15】罠に掛かる女
前話(14話)で、バーバラとシュバルツの会話を少し直して繋がりを自然にしています。(10/19)
話の筋は同じです_(._.)_
「実は、ジェシカ奥様がですね……先日、お出かけをなさっていたんです」
「まあ。このわたくしに無断で?」
モニカの報告を聞いて、バーバラは眉間に深い皺を刻んだ。
あの生意気な嫁を外に出したりしたら、姑の悪口を言いふらすに決まっている――そう確信しているから、バーバラはジェシカの外出を禁じている。レーベン公爵家からは何度かジェシカ宛に茶会の誘いが届いていたが、すべて揉み消してきた。
「それで、ジェシカはどこへ行っていたの?」
「あ。それは存じあげません。ジェシカ奥様は使用人に口止めして、おひとりで外出なさったので」
この役立たず! と罵りたくなったが、バーバラはこらえた。モニカが、何かを言い足そうとしている様子だった。
「何か言いたそうな顔ね」
「……いえ、やっぱりやめておきます。私の見間違いだったかもしれませんし」
モニカは何をもったい付けているのだろう? バーバラは、苛立ちを隠さなかった。
「もったい付けないで、早くお言いなさい!」
「それでは、お伝えしますが。……大奥様、絶対に驚かないでくださいね?」
やがて吐き出された言葉に、バーバラは耳を疑った。
「男と密会ですって!?」
モニカは、ジェシカの後をこっそり追いかけたそうだ。そして人気のない場所で、見知らぬ男と抱きしめ合っているのを見たらしい。
「ジェシカ奥様ったら、その男性の馬車に乗り込んでどこかへ行ってしまったんですよ。屋敷に戻られたのは数時間も経ってからで」
「まぁ……。……まぁ!! なんてことなの……!?」
――許せない、許せない許せない!! レオンさんの後を追って命を絶つくらいが妥当な立場であるのに、選りに選って浮気だなんて!! と、激しい憎悪にバーバラは震えた。
気炎を噴き上げるバーバラを見て、家令は無言で青ざめている。一方のモニカは、どこか冷静な様子だ。
「レオンさんをわたくしから奪うだけでは飽き足らず、外に男を作るなんて!! やっぱりあんな娘、当家の嫁にすべきではなかったのよ!」
そう。最初から、レオンが妻を娶るなんて不快でたまらなかった。いずれ婚姻が不可欠だとしても、国王陛下から「英雄の血を絶やさぬ為に結婚を急げ」と命令されなければ、先送りさせたかった……。
なのに結婚を命じられたレオンが、即座に名指ししてきた花嫁こそがジェシカだった。
(なぜレオンさんは、あんなアバズレを選んだのかしら……! ああ、忌々しい!!)
バーバラの脳裏に、出征前のレオンとジェシカの姿が蘇る。
レオンは言葉少なく、しかし慈愛に満ちた素振りでジェシカにネックレスを贈っていた――レオンが国外遠征で入手したという古代の宝飾品だ。常に身に着けていたそれを、ジェシカなんかに贈ってしまった! すぐに奪い取ってやったが、今思い出しても腹が立つ。
手紙もだ。
暖炉で消し炭にしてやったが、今でも嫉妬が燃えている……。
「あの女!! 今すぐ追い出してやるわ! 当家の嫁としても、次期当主の母親としても不適格よ!」
すっかり頭に血がのぼって、バーバラは席を立った。ジェシカを問い詰め、この家から追い出してやる――!
「お。お待ちください大奥様!!」
モニカは咄嗟に、執務室の扉の前に立ちはだかった。
「そこをお退きなさい!」
「で、ですが……まだ、浮気の証拠がありませんし! 今問い詰めても、あまり意味がないとは思いませんか?」
言われて、ふと冷静になった。
「どうせなら、きちんと証拠を揃えたほうがいいと思うんです」
「……それもそうね」
証拠もなく責めても、ジェシカは言い逃れするだろう。力づくで追い出したところで、きっと男のところに逃げ込んでしまう。――そんな生ぬるい制裁では足りない。
地獄の苦しみを与えてやらなければ。
「ならばまず、ジェシカの不貞の証拠を集めなさい」
法の下に除籍して、不貞の罪で罰を与えたい。あの愚かな嫁を、徹底的に後悔させてやる……!
「数日間、ジェシカを好きに泳がせてやりなさい。あえて気づかないふりをして、外出を見逃すのよ。尾行して、たっぷり証拠を揃えなさい」
「……数日、ですか? 申し訳ございませんが、もう少し日数を伸ばしていただけませんか」
「何ですって?」
「で、ですから……ジェシカ奥様はとても慎重な方なので、こちらが焦れば気取られてしまうと思うんですよ! じっくり時間をかけたほうが、絶対に油断なさるはずです」
モニカの発言には一理ある。あの嫁はズル賢くて強かだ。じっくり時間をかけて、油断させたほうが致命的な証拠が得られるだろう。
「……ならば、2ヶ月の猶予をあげるわ」
2か月後――それは、アレクが4歳11か月となる時期だ。
5歳の誕生日に爵位継承式を迎え、アレクは少年当主となる。
(爵位継承の前に、ジェシカとの戦いに白黒つけてやるわ。そうすれば何の憂いもなく、わたくしが後見人よ!)
「大奥様。……2か月のお時間をいただけるんですね?」
モニカが、どこかホッとした様子で念を押してきた。
「ええ。相手の男のことも、詳しく調べなさい。働き次第では、褒賞を取らせてあげる」
「いえ、褒賞なんて。私はただ、この家が少しでも良くなればと願っているだけですので」
モニカはニッコリ笑って一礼し、退室していった。
「ふふ。愚かな母親を持ってしまったアレクが、本当にかわいそう」
バーバラは家令の肩に頭を預け、妖艶に笑いながら見上げる。
「侯爵家の若夫人ともあろう者が、男のもとへ通うなんて。愚かな女だと思わない?」
「ええ。まったくです」
家令もまた、甘やかな笑みを浮かべてバーバラを見つめ返した。
「身を持ち崩して自滅していくジェシカを見るのが、楽しみでたまらないわ」
ジェシカを罠に嵌めた気分になって、バーバラはすっかり上機嫌だった。





