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4.かくして、戦いの火蓋は切られた

 翌日になり、ラインフェルト双鷲(そうしゅう)帝国の動きは活発化する。


 遠目に見える距離まで陣地を移動させ、まさに一触即発といった様相なのだが、こちらの出方を伺っているのか、それ以上は進軍する気配を見せない。


 翻って長兄殿下率いる我らが王国軍はどうしていたかというと、これまた別段出陣する気配もなく、側近たちを集めては、戦勝祈願とばかりに酒宴を催しているのだった。


 これはいよいよダメかもしれないな。そう思ったものの、口には出さず。ほら、俺ってば一応、庶子とはいえ第七王子だからね。


 それなりに立場のある人間が、恐れ多くも王位継承権第一位におられる殿下に対し、兵たちがいる前で批判なんてしようものなら士気に関わるでしょう? 現時点で士気が高いかと聞かれたらそれもまた疑問なんだけどさ。


 そんな調子なので、心ある者や兵士たちはすっかり眉をひそめちゃうわけだ。レオンハルトなんて、露骨な嫌悪感を表していたから、それとなく注意はしておいた。まだ若いから仕方ないとはいえ、ここはグッと堪えてほしい。


 まあ、レオンハルトにしてみたら、たかが十五歳の少年に諭されるのもいかがなものかと思うかも知れないけれど、アルフォンス君の中身は日本で会社員勤めをしていたオッサンだからなあ。精神年齢は上なので許していただきたい。真面目な青年騎士は異世界転生なんて信じないだろうけど。


 それはさておき。


 酒宴にうつつを抜かす、敬愛すべき我らが長兄殿下のことはひとまず置いておくとして、五〇〇の兵力を預かっている俺が何をしていたかといえば、密かに情報収集をしたり、あるいは本陣の守りを固めていたりと、わりと忙しく動き回っていた。


 情報収集は帝国兵の動向はもちろん、西側の森林に出かけた団長たちによって作られる、罠の進捗具合の確認などである。


 今回、帝国兵の出兵は指揮官以外、ほぼ歩兵で固められていることがわかっているんだけど、相手側に騎兵部隊の増援などが現れた場合、長兄殿下をぶん殴ってでも撤退準備を整える必要があるからだ。


 なにせこちらは歩兵部隊のみ。数で上回るとはいえ、騎兵の突破力と破壊力の前には無力に等しい存在となる。そもそも、あの長兄殿下、方陣とか知らなそうだしな……。密集陣形ってやつ、確かファランクスだっけ?


 それに、夜襲に備える必要もある。すっかり油断しきっている長兄殿下の軍勢が寝静まった頃を見計らい、帝国兵が襲いかかってきたら……。敗北するのは火を見るより明らかだ。


 とはいえ、レオンハルトいわく、「その心配はないでしょう」と。首をかしげる俺に、灰色の長髪をした美丈夫はその理由を語るのだった。


「夜討ちなど、卑怯者が行う手段に過ぎません。帝国兵も誇りは知っているはず。そのような暴挙にはでないでしょう」


 ……なるほど。この世界においては、戦争時においても何より名誉とか誇りが優先されるらしい。積極的にゲリラ戦を立案した手前、肩身が狭くなる思いだなあ。


 あ、レオンハルトを困らせるつもりはないので、肩身が狭くなる云々の話はしていないですよ? せいぜい、かしこまって「そうか」と頷いただけですね。


「恐れながらアルフォンス様。我々はまだ出兵しなくてもよろしいのでしょうか?」


 話題を転じるようにして、レオンハルトは尋ねた。東側にある森林から迂回して、帝国軍の後方を扼す予定になっているけれど、まだ、その時ではない。


「我々は五〇〇の兵とともに、本陣に引きこもっていろと言われているからなあ。いま兵を動かしたところで、長兄殿下の不興を買うだけだよ。もう少し辛抱してくれ」


 それに、我々の動きを帝国兵に悟られるのもマズイ。下手をしたら、移動させた五〇〇の兵が帝国兵の標的になるとも限らないのだ。


 いまはまだ辛抱する時。そう言い聞かせていた矢先、ゲラルトの元に遣わせていた連絡兵が帰還して、その進捗具合を報告するのだった。


「申し上げます。傭兵団によると、ご命令いただいたものは明日にでも完成するとのことです」

「ご苦労だった。下がって休んでいてくれ」


 立ち去っていく兵の背中を見送ると、俺は忠実な騎士へと向き直り、表情をあらためた。


「聞いての通りさ、レオンハルト。どうやら、明日が正念場になりそうだよ」


***


 さらに翌日。


 ようやく長兄殿下が兵をまとめはじめたのは昼過ぎになってからだった。どうやら前日の酒が抜けきっていなかったようで、取り巻きともども、遅い起床となったらしい。


「よいか。何があっても貴様はここを動くな。我々が帝国兵を屠る姿を、大人しく眺めているがよい」


 アルコールくさい息を吐きながら、念を押すように先日の命令を繰り返すと、鎧をまとったミヒャエルは愛馬に騎乗した。


 そして三五〇〇の兵を引き連れ、意気揚々と本陣をあとにする。ちなみに長兄殿下ってば、出陣がてら、ありがたくもこんな言葉を残されましてね。


「身の程知らずの帝国兵どもと、後方で控える薄汚い野犬に戦の妙法を見せてくれる」


 いや、もうね、俺も人間だからね? 少しは痛い目にあえばいいとか思わなくもないよ? でもほら、そうなると付き従っている兵たも被害を被ってしまうからね、そんなことは口が裂けても言えないわけさ。


「あのクソガキ。せいぜい痛い目にあって、泣きっ面浮かべながら帰って来りゃいいんだ」


 舌打ちとともに、率直な感想を口にするのは、罠を作り終えて戻ってきたゲラルトだ。身分とか貴族とか知ったこっちゃないからな、団長は。発言の自由があるというのは実に羨ましい。


 やがて、肩をすくている俺を見て、ゲラルトは問いかける。


「しかし、いいのか?」

「何がだい? 団長」

「あのクソ殿下が挟撃を成功させる可能性だってあるわけだ。そうなったら、坊やの出番はなくなるだろ?」


 つまり、手柄を立てる機会がないぞと示唆しているわけだ。俺は頭をかきまわしながら、その疑問に答えた。


「別に構わないさ。尊敬すべき長兄殿下の指揮を褒め称え、俺たちは用意した罠を片付けに行こう」


 そして俺は引き続き、うだつの上がらない第七王子としての日々を送る。いつもと変わらない日常が戻ってくるだけの話だな。


「それにいつも言っているだろう? 俺の最終的な目標は悠々自適な生活だって。手柄なんて立てたら最後、やれ褒美をくれてやるとか、やれ責任ある立場になれとか、いろいろ面倒なことになるに決まってる」

「そいつはちょっとばかし違うだろ。すでに現時点で面倒なことになっているからな」


 苦笑しながら団長は応じ、俺の肩を軽く叩いた。


「まあ、あの様子じゃクソ殿下が勝てる可能性は限りなくゼロだろう。残念ながら坊やの出番は回ってくるぜ」


***


 かくして、国境付近における王国対帝国の紛争、『グリュンヴァルト平野の戦い』は始まった。


 肥大した自尊心を友にして、颯爽と出陣したミヒャエル長兄殿下は、帝国兵の倍近い兵力を従えながらも、数時間も経たずに本陣へとご帰還あそばれたのである。……多数の兵を犠牲にして。


 完膚なきまでに叩きのめされ、ほうほうの体で退却してきたミヒャエルには、出陣前の余裕は一切見られず、怒りと屈辱に青ざめた表情で俺を呼びつけ、しまいにはこんなことを仰せになられた。


「なぜ助けに来なかった!?」


 興奮を収めるためには大量のアルコールが必要だったみたいだ。従者が持ってきたワインの瓶をひったくるように奪い取った長兄殿下は、自らの手でグラスに赤紫色の液体を注ぎ、一気に喉へと流し込んだ。


「助けとは?」


 その意味は重々承知しているのだが、あえて問いかけてみる。


「救援するための兵に決まっているであろう! 貴様には五〇〇の兵を預けているのだぞ!?」


 そんなこともわからないのかと言いたげに、荒々しい呼吸を繰り返す長兄殿下。いや、あなた、何があっても本陣から出るなって言ってましたよねと問い詰めてやりたくなる。


「しかしながら、殿下。何があっても本陣を動くなとご命令を受けては、不肖、このアルフォンス。それに従うよりほかありません」


 うん、だから言ってやった。まあこのぐらいの皮肉は許されるだろう。ミヒャエルの頬がプルプルと震えているのが見えるけど、気にはならないね。


 ……どうして、ごくわずかな時間で、長兄殿下が敗走に追い込まれることになったのか。帰還した負傷兵の話によれば、つまりこういうことらしい。


 三五〇〇の兵を引き連れたミヒャエルは、最初から兵を分散させて別行動を起こしたわけではなく、帝国兵との距離が至近になったところで、二手に兵を分け始めた。


 それを見た帝国兵は、猛然と突撃を開始する。いままさに兵を分けようとしていた王国側は大混乱に陥り、再度、兵を集結させようと試みるも連携がはかれない。


 結果、率いた軍勢の一割近くが捕虜となり、一〇〇〇人以上の死傷者を生み出すと、ミヒャエルとコンラートは慌てて逃げ帰ることになったのだった。


 このまま本陣まで追撃されると思われたものの、幸いにも、どうやら帝国兵は断念してくれたようだ。


 捕虜を抱えていること、そして、あまりに真に迫った敗走っぷりが功を奏したようで、「もしや兵を潜ませているのではないか?」という疑念が生まれたのかもしれない。


 まったく、頭が痛いとはこのことだな。各個撃破は予想していたけれど、現実は想像の斜め上を行く。誰がこんな敗走劇を予想していただろうか。


「もうよい!!」


 空になったワイングラスを天幕に投げつけたミヒャエルは、荒々しく表に向かって歩き出す。


「どちらへ?」

「私とコンラートはこれから城に戻り、陛下に援軍をお願いに参る」

「しかしながら帝国軍は至近におります。本陣は誰が指揮を執るのでしょうか?」


 問いかけに対し、苛ただしく視線を向けながら、長兄殿下はさらに声を荒らげた。


「貴様が指揮を執ればよいであろうっ! どうせ五〇〇の兵では何もできぬ! せいぜい時間稼ぎでもするがよいわ!」


 吐き捨てるミヒャエルに、俺はうやうやしく頭を下げながら控えめに提案を持ちかける。


「であれば、殿下。城へ帰還する途中まで、五〇〇の兵をお供させてくださいませ」

「どういう意味か」

「はっ。これより先は王国領。とはいえ、道中、敵兵が伏せているとも限りません。であれば、御身をお守りするためにも、お供をお許しいただければ」


 そこまで言うと、ようやく冷静さを取り戻したらしく、ミヒャエルは声のトーンを抑えた。


「貴様はどうする。五〇〇の兵を私に預けては、本陣を守る兵がおらぬ」

「僭越ながら、私個人で雇いました傭兵団がおります故、殿下がお戻りになるまでは、この者たちと本陣の守りを固めるつもりです」


 天幕の外にはゲラルトが控えていて、不遜な眼差しで長兄殿下を見つめている。団長、頼むから余計なことを言わないでくれよと、心で願いながらも、すでに長兄殿下の不興は十分すぎるほどに買っていたらしい。


「ふん。犬は犬同士で戯れるのを好むか。せいぜい、我らの足を引っ張ることがないようにな」


 そんな言葉とともに立ち去っていくのだった。なんだろう、あの性格の悪さ。毒を吐かないと生きていけないのかな?


 おっと、そんなことを考えている場合じゃない。


「レオンハルト!」


 程なくして駆け寄る灰色の長髪をした美丈夫に、俺は耳打ちする。


「わかっているな。殿下を送り届けるのは見せかけだ。このタイミングで兵を迂回させるぞ」

「御意。このレオンハルトにお任せください」


 忠実な騎士は足早に立ち去りるのを見届けると、俺は誰に言うまでもなく呟いた。


「……やれやれ、敗戦処理といきますか」

***

連続更新2日目です!

続きは12時に!

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