31.説得と参内
「アルフォンスはそう言うけどねえ……?」
事情を一通り説明した後、祖母は小首をかしげては祖父のほうをうかがった。
***
王都の外れにある下町の一角。俺とゲラルトが実家を訪ねたのは、統一歴三一五年十月下旬のことである。
本来であれば真っ先に参内しなければならないのだけど、祖父母を説得し、一足先に王都から引っ越してもらうため……。いや、この場合、脱出と言うべきか?
とにもかくにも、祖父母の安全を確保するため、足を運んだわけなんだけど……。
宮中に招かれて以来となる再会は、堂々たるものではなく、身元を隠すようにローブで全身を包んだ不審者といった出で立ちで、不本意と不満を押し殺しながらの実家訪問となってしまった。
ほら、王都に入ったら、どこにミヒャエル殿下のスパイが潜んでいるかわからないしね。少しでも不審な動きをしたら、その情報が相手に筒抜けになってしまうわけで。
そういった事情もあって、俺とばれないように細心の注意を払う必要があったんだな。
……まあ、冷静に考えると、全身ローブ姿の二人組なんぞ、かえって目立ってしまい、むしろ怪しまれる要素しかないんだけどさ。
とはいえ、立場上、どのみち変装は必要だったんだよなあ。結局は怪しまれることに変わりなかったのだろうか?
いずれにせよ、この行動が殿下の不興を買うことには間違いないだろうな。果たしてどんなケチをつけられることやら。
とにもかくにも。
怪しさMAXの俺たちを驚きながらも温かく出迎えてくれた祖父母に対し、再会の挨拶もそこそこに切り上げると、俺は早速とばかりに本題を切り出したのである。
***
俺に対する暗殺計画、それに伴い、祖父母たちの身にも危険が生じる可能性があること……。
こちらの話に耳を傾けていた祖母はといえば、困惑と戸惑いがない交ぜになった表情で感想を口にするのだった。
「それは私もね、王子様に対するいい話は聞かないけれど……。そこまでやるようなお人なのかねえ……?」
素朴かつもっともなご意見である。そりゃあね、俺だって、宮中に入る前はそう思ったよ。でもねえ……。いざ本人を前にすると、どうしても真実味が出てきてしまうというか。
遠く離れた地で、育ての親が処刑されましたとか聞きたくもないでしょう? 考えたくもないしね。
それに、育ててもらった恩返しもまだ済んでいないのだ。思えば宮中にいた頃は、会いに来ることも許されなかったし、アーベントラントで親孝行をさせてもらえないだろうか。
「アルフォンスの気持ちは嬉しいけれど……」
祖母はそう前置きした上で、語をついだ。
「私たちはここが故郷。住み慣れた場所を離れるわけでしょう? 今更、遠く離れた場所に引っ越すのは気が重いわ」
「おばあさんの気持ちはわかるよ。俺だって、自分勝手なお願いだって言うのはわかってる。それを踏まえた上で、考えてもらえないかな?」
頭を下げる俺に、ゲラルトがフォローする。
「祖父母殿。坊やの気持ちも汲んでいただけませんか。ここに来るまで、あなたがたの身を案じ、悩んでいたのです。ここはどうかご決断を」
ともに頭を下げるゲラルト。すると恐縮したような祖父の声が耳に届いた。
「二人とも、頭を上げてくれないか。こんな老いぼれの身を案じてくれる、その気持ちだけで十分だよ」
「おじいさん、気持ちだけで十分じゃなくて、俺は二人に引っ越してきてほしいんだって」
「それはできない」
キッパリと応じる祖父。こうまで頑なだと、正直、こちらとしても若干のいらつきを覚えてしまう。
「はあ? なんでさ?」
棘を含ませた口調をゲラルトが制する。
「……祖父殿。そこまで言い切られることには何か事情がおありなのですか? 坊やの思い以上の何かが」
「ゲラルト殿、あなたには恩がある。アルフォンスが宮中に招かれて以来、あなたには常日頃から面倒を見ていただいております。あなたの頼みであれば、いつもで喜んで聞き入れるつもりでおりました」
「であれば……」
「ですが、だめなのです」
祖父はゆっくりとかぶりを振り、老いと悩みをにじませた表情を浮かべてみせる。
「私どもには、身を案じてもらう資格がない」
「資格がない……?」
反復する俺たちに、祖父ははっと我に返り、祖母は思い詰めた面持ちで口を真一文字に結んだ。
それは一体、どういう意味だろうか? 尋ねようとしたその矢先、祖父は取り繕うような笑顔を作り、強引に話題を転じてみせた。
「とはいえ、可愛い孫の頼み。なによりゲラルト殿のお願いでもありますからな。こんな老いぼれの面倒を見てもらうのは心苦しいですが、アーベントラントに居を移しましょう。なあ、婆さん」
「……え? ええ、もちろん! 久しぶりにアルフォンスと暮らせるのです。いっぱいアルフォンスの好物を作ってあげないと」
「婆さん、アルフォンスはいまや領主だ。婆さんが腕を振るわなくても、専属の料理人がついているさ」
「あらやだ、私ったら。ともあれ、向こうでも困らないよう、身支度を調えましょう」
そう言って、奥の部屋へと進み、二人は荷物をまとめ始めた。
……怪しすぎる。どうして急に考えを変えたんだ?
そう考えた俺は、祖父母の後を追い、声をかけようとしたのだが。次の瞬間、ゲラルトの手が肩に掛かったのだった。
「止めとけ。せっかく引っ越してくれる気になったんだ。深く追求して考えを変えられても面倒なだけだぞ」
「でも……」
「当初の目的は果たせる。坊やも参内が控えている以上、厄介ごとは抱え込むべきじゃない」
「…………」
「とりあえずは当初の計画通りに進めよう。祖父母殿をアーベントラントに送り届けるのはおれたちに任せて、坊やは自分の心配をするんだな」
背中を叩き、ゲラルトは不敵な笑みをたたえてみせる。俺は引っかかるものを感じながらも、首を縦に振り、祖父母をゲラルトに託すのだった。
***
それから小一時間後。
宮中に赴いた俺はかつての自室に足を運び、礼服に袖を通していた。
アルフォンス・ベルンハルトではなく、アルフォンス・アーベントラントとしての参内である。なかば縁を切られるような形で宮中を去ったわけなので、少しは周囲の反応も変わるのかなと思っていたんだけど、どうにも甘かったようだ。
廊下ですれ違う貴族たちの眼差しったら、まあ酷い。前よりも悪化しているんじゃないかってぐらいに酷薄なもので、明らかな侮蔑のこもったものとか、お前それ、十六歳の少年相手に大人げないんじゃないのと問い詰めたくなるぐらいだ。
アレか? これもミヒャエル殿下あたりが悪評をばらまいていたりするのかね? 相手が憎いとなにをやってもいいって気になるのかなあ?
その上、今回は宮中のどこに危険が潜んでいるかわからない。いつ、誰が襲いかかってくるとも限らないのだ。
正直に言ってしまおう、超怖い。
こちらの世界に来る前は普通の会社員だったんだよ? なにが悲しくて陰謀渦巻く異世界に巻き込まれなきゃならないのだと、愚痴の一つや二つこぼしたくなってくるわけだよ。
まあね、こぼす相手もいないので、ぐっと堪える以外の選択肢はないんだけど。
さらに言ってしまえば、祖父母の態度も気にかかるし……。はあ、考えることが山積みだよ、もう。
ため息交じりに着替えを済ませ、俺は廊下へと歩を進める。そして、もっとも会いたくない相手と顔を合わせるのだった。
「これはこれは、ミヒャエル殿下。お久しぶりでございます」
微笑みを浮かべて一礼する俺に、とがり気味の顎をなでながら、長兄殿下は鼻を鳴らした。
「貴様の顔など見たくもなかったのだがな。父上の葬儀となれば仕方あるまい」
それはこちらも同じなんだけど、言葉にすると話がこじれそうなので止めておく。
「それはそうと、貴様。父上亡き後、国中が悲しみに暮れているというのに、久しぶりの王都で浮かれているようではないか」
「どのような意味でしょう?」
「たわけが、王都に足を運んだのであれば、真っ先に参内すべきであろう! こともあろうに薄汚い老いぼれの機嫌を伺うなどもってのほか!」
……ああ、やはりばれていたのか。しかし、相変わらずの口の悪さには閉口してしまうな。この様子だと、陛下も悲しむぞ?
ともあれ、祖父母宅へ行ったのは事実なので黙っていると、反論に窮したと勘違いしたのか、ミヒャエルは続けた。
「ふん、やはり庶子は庶子。平民の暮らしが懐かしいとみえる。葬儀が終わり次第、とっとと宮中から立ち去ることだな」
捨て台詞とも受け取れる言葉とともにきびすを返すミヒャエル。こちらとしても、あなたが無事に帰してくれるのであればそうしたいんですけどねえ……。
長兄殿下の背中を見送りながら、俺は再びため息をもらした。
こうして、宮中での長い一日は幕を上げたのである。




