30.暗殺計画
「……暗殺計画? 俺の? なんで?」
あまりにも突拍子のない話に、せっかくの口調もなりをひそめてしまった。戸惑いと困惑をない交ぜにした心境の中、俺は団長に問い尋ねる。
「信憑性は?」
「デニスが日頃、取引のある貴族から話を聞いたそうだ。やつも単なる噂話だったら相手にしないだろうからな、十中八九、間違いないだろう」
「だからって、どうして俺が暗殺対象になるんだ? 嫌われている自覚はあるけど、殺されるほど憎まれているとは思えないんだけど……」
「問題はそこだ」
ゲラルトはティーカップを手に取り、口元に近づける。
「国王の死について、宮中では様々な憶測が広がっているらしい。例えば……」
「毒殺とか?」
応じると、ゲラルトは口をつけないままティーカップをテーブルに戻した。
「ご名答。首謀者は誰だかわからんがね。だがしかし、そんな状況で坊やの暗殺計画を企てるとなれば、自然と対象は絞れるだろうさ」
後頭部に両手を回し、団長は両足を組んではこちらを見据える。……考えたくもないけど、もしかして、もしかすると。
「ミヒャエル殿下、エーミール殿下のどちらか」
「いや、この場合、間違いなくバカ王子筆頭のミヒャエルだろうよ」
「どうして言い切れるんだい?」
「おいおい、坊や。さっきまで自分自身が嫌われている自覚があるって言っていたじゃないか、忘れてもらっては困るな」
ひと笑いしてからゲラルトは続ける。
「それに、坊やはずいぶんと国王の寵愛を受けていたみたいじゃないか」
「そんなことはないよ」
「この場合、坊や自身がどう思っているかは問題じゃないのさ。周りがどう思っているのかが重要であってな」
「…………」
「嫉妬ややっかみってやつは、積もり積もっていくもんだ。さらに言わせてもらえば、坊やはあのバカの汚点でもあるからな」
「なんだそりゃ」
「おいおい、帝国軍との戦闘で、あのバカの尻拭いをしたことを忘れたのか?」
尻拭いになるのかなあ? 個人的には敗戦処理感が否めないけれど。
「やつにしてみれば、坊やが生きている限り、汚名をそそぐことができないと思っているのだろうさ。実に屈折した、それでいて極端な結論になるがな」
「そんなものかねえ?」
「葬儀が二つに増えたところで、たいして変わりないだろうしな。邪魔者はまとめて処分したいんじゃないか」
そう言って笑う団長に、エレオノーラが凍てつくような眼差しを向ける。まあ、冗談にしてはスパイスが効き過ぎているかな。
だがしかし。
ミヒャエルが俺のことを目の敵にするのはわかる。でも、国王陛下を害する理由がわからない。少なくとも、表面上は敬っていたように思えるんだけどな。
「エレオノーラ殿」
俺は有能な補佐官へと視線を向けて、さらに語をついだ。
「すまないが、レオンハルトを呼んできてくれないか? どうやら対応を練る必要がありそうだ」
「かしこまりました。……その、どうしても、王都へ赴くおつもりですか?」
「庶子とはいえ、親不孝者のそしりは受けたくないからな」
心配そうなエレオノーラへ微笑みを返す。……やれやれ、とんだ里帰りになりそうだな、まったく。
***
レオンハルトが執務室に現れたところで、俺たちはどうやって暗殺を防ぐか、検討を始めるのだった。
まず俺が提案したのは予防的対策である。
「噂話?」
ゲラルトの怪訝そうな顔に頷いて応じ、俺は続ける。
「とにかく人が集まるところで噂話を広げるんだ。『国王崩御に伴ってアルフォンス王子が参内する。その機会を狙い、ミヒャエル殿下はアルフォンス王子を害するつもりだ』ってね」
「民衆が信じるとは思えないがな」
「信じなくてもいいのさ。この際、噂話が広まることのほうが重要でね」
噂話が広まれば、それはいずれ王侯貴族の耳にも届くだろう。そんな中でも俺を狙うのであれば、ミヒャエルの名誉だって傷つく。手を引かざるを得ない状況を作り出すのである。
それに。
甘いかもしれないけれど、あの長兄殿下にも、多少の思慮分別があると信じたいしね。
「まあ、やらないよりやったほうがいいかもしれん。だがしかし、どこで噂話を広めるつもりだ?」
「酒場はそんな話を広げるのにもってこいだろう? 団長たちなら怪しまれることもないだろうし」
「エール代ぐらいはおごってくれるんだろうな?」
「つまみのチーズ代も出すよ。『暁の狼』の活躍を願いたいね」
了解と不敵に笑う団長とは対照的に、レオンハルトの面持ちは暗い。
「それで計画が頓挫するならよいですが、実行された場合に備えたほうがよろしいでしょう。実務面についてはいかがされますか? 私が護衛につきますが」
「いや、宮中でつきっきりは難しいだろう。むしろ、王城の外に注意を巡らせて欲しい」
「それでは、アルバート殿をはじめとする魔術士を宮中に潜ませますか? 彼らの思慮魔術があれば、連絡を取り合うことでアルフォンス様の危険を排除できるかと考えたのですが」
「俺もそれは考えたんだけど、難しいだろうなあ」
通信兵の役割を持つ、思慮魔術士のアルバートたちを宮中で働く人たちに混じらせる。悪くない考えだけど、おそらく顔が割れているだろう。となれば、俺よりもアルバートたちが危うくなるわけで。
「宮中についてはデニスを頼ろう。どこまで効果があるかはわからないけれど、宮中の人々に賄賂を贈る」
「なるほど。効果的かもしれんな。変に兵を付き従わせるよりか、怪しまれんだろう」
納得するゲラルトだが、一方でレオンハルトは眉をひそめる。うん、不安なのはわかるよ。俺自身、どうなるかわかったもんじゃないし。
「レオンハルトは王城外の安全を確保して欲しい。アルバート殿たちを同行させれば、連絡も取りやすいだろう」
「承知いたしました。必ずやアルフォンス様をお守りいたします」
渋々従うといったていのレオンハルトへ視線を向けていた矢先、俺の名を呼ぶ声が耳に届いた。
「アルフォンス様」
「エレオノーラ殿。どうかされたかな?」
美貌の補佐官は瞳に決意の色をにじませ、前のめりになりながら呟いた。
「私もアルフォンス様に同行いたします」
「ともに王都へ赴くと、そういう意味だろうか?」
こくりと頷くエレオノーラ。その気持ちは嬉しいし、非常にありがたいんだけど。
「申し出は嬉しいが、今回ばかりは留守を任せたい」
「私ではお役に立てませんか?」
「そうではないよ。エレオノーラ殿を危険が潜む王都へ同行させ、万が一のことがあれば、病床の父君に申し訳が立たない」
「ですがっ」
「それに、私に何かあったとき、アーベントラントを任せられる人物が不在では困る。私としては一番信頼できる人にここを任せたいのだ」
論法としては強引すぎるきらいがないとはいえないけど、こうまで言わないと引き下がらないだろうからなあ。
信頼しているのは嘘ではないし、内政に通じた彼女であれば、執務も滞りなくこなしてくれるはずだ。
やがて、エレオノーラは何度か口を開閉させた後、「わかりました」と引き下がる。そんなクールビューティーと俺を交互に見ながら、ゲラルトはニヤニヤと思わせぶりな表情を浮かべてみせた。
「……団長?」
「いやいや、なんでもないさ」
「なんでもないって顔ではないけど」
こちらの追求を交わすように、ゲラルトはさらりと話題を転じてみせる。
「いや、ふと考えたのさ。無事に王都から脱出できることが大前提になるがね、坊やの爺様と婆様に危険が迫らないかとそう思ったのさ」
「おじいさんとおばあさんに?」
「あのバカが憂さ晴らしになにをしでかすか、容易に想像できるだろう? あらかじめ保護しておいたほうがいいだろうな」
いくらなんでもそこまではしないだろうと思いつつも、俺は嫌な予感を拭いきる事ができず、団長に向き直った。
「……わかった。おじいさんとおばあさんにはアーベントラントに引っ越してもらおう。慣れ親しんだ土地を離れるのは嫌がるだろうけど」
「なに、坊やのためなら承諾するだろうよ。手は回しておくさ」
「頼む。俺も説得に向かうからさ」
声に出しつつも、俺はどこかしら暗殺計画を人ごとのように考えていた。降ってわいたような話なのだ。いきなり当事者として実感しろというほうが難しい。
とはいえ、宮中はどんな魔窟よりも恐ろしい場所だという認識もあるわけで……。
俺たちは念には念を入れて話し合いを進めると、王都へ向かう準備を進めるのだった。




