29.国王崩御
「陛下がお亡くなりになった……?」
王都から早馬でやってきた使者に尋ねた俺は、宮中からの手紙を受け取ると内容を確認した。
国王が亡くなったのは統一歴三一五年十月十日のことだそうだ。宮中医によれば、老衰によるものとのことで、俺は小首をかしげつつ、半ば独り言のように呟いた。
「信じられないな。病床とはいえ、ついこの間まではなにもなかったように思えるが」
「アルフォンス殿下が出立されてより、お体の具合が急激に悪くなられ……。王子殿下の皆様に看取られながらの最期となりました。誠に無念です」
そう言う使者の表情は暗い。俺は視線を手紙に戻し、続きを読んだ。
国内の王族たちは参内し、国王の葬儀に参列すること。崩御に伴い、ベルンハルト王国は年末まで喪に服すこと。新年が明けるとともに、次期国王の戴冠式を執り行うこと――。
そのほか、諸々記載された文面に目を通しつつ、俺は再び使者に問い訪ねた。
「王族たちは参内とあるが、これは私も含まれるのだろうか?」
「アルフォンス様は陛下のご子息であらせられます。唐突になにを仰るのですか」
「殿下よりアルフォンス・アーベントラントと名乗るよう命じられた身だ。いわば、ベルンハルト家から縁を切られたようなもの。自分にはその資格がないのではと思ってな」
「アルフォンス様の参内は、ミヒャエル殿下、エーミール殿下そろっての願いです。どうかお聞き入れくださいますよう」
使者の言葉に耳を傾けつつ、俺は内心で肩をすくめ、それから首を縦に振った。
「わかった。陛下の葬儀に参列しなければ、親不孝者とのそしりもうけよう。急ぎ出発の準備を整える」
「それを聞いて安心いたしました。ミヒャエル殿下、エーミール殿下もお喜びになりましょう」
一礼し、使者が執務室から立ち去るのを見届けてから、俺は大きくため息を漏らした。陛下が亡くなったことが、未だに信じられないのだ。
だってそうだろう? 最期に顔を合わせた時には明晰な話しぶりだったんだぞ? たった半年で老衰死するようなことがあるだろうか?
手紙の端々から、うっすらと感じ取れるきな臭さを振り払うようにかぶりを振る。もしかすると裏があるのかもしれないと疑うのは気にしすぎなのだろう。
「アルフォンス様」
そばで控えるエレオノーラが恐る恐る口を開いた。
「ああ、エレオノーラ殿。聞いての通りだ。急ぎ王都に赴かなければならなくなってしまった」
「はい。仕度を調えるよう指示を出しておきます。……ところでアルフォンス様」
「……?」
「その、ご気分を害されるかもしれないのですが、アルフォンス様はどうしてフォンを名乗られないのでしょうか?」
予期せぬ問いかけに疑問符を漂わせていると、エレオノーラは不意の質問を補うように言葉を続けた。
「いえ、先ほどのご使者とのやりとりを聞いて不思議に思ったのです。アルフォンス様は第七王子。王侯貴族の証であるフォンを名乗られるのが当然ではないかと考えまして」
なるほど。やっぱり周りの人はそう思うのか。思い返してみれば、レオンハルトに出会って間もなくの時にも同じ事を聞かれたんだよな。
「簡単なことだよ、エレオノーラ殿。私は国王陛下の庶子、いわば平民と代わらない身の上だ。であればフォンを名乗るなどおこがましいだろう」
「そのようなこと……」
「なにより私は兄上殿下たちより嫌われている。卑しい平民が貴族を名乗っては、ますます目の敵にされてしまうだろうからね」
半ば冗談めかして言ったつもりなんだけど、エレオノーラにとっては深刻なものだったようで、印象的な碧眼に憂いの色をにじませては、悲しそうな表情を浮かべるのだった。……参ったな。
「それよりエレオノーラ殿。王都にはレオンハルトも同行させたい。呼び寄せてくれないか?」
話題を転じるように、努めて明るく口を開いた、その時だった。扉をノックする音が響き渡り、やがて執事が慌てた様子で執務室にその姿を現した。
「失礼いたします。アルフォンス様にお目にかかりたいという者が王都より訪ねて参りまして」
執事が言い終える間もなく俺の耳を捉えたのは、廊下から響くメイドの困惑した声だった。
困りますとか、お待ちくださいという声が近づいてくると同時に、執事は視線を移動させ、ほとほと困り果てた面持ちで来訪者を見つめている。
「火急の知らせがあるのは承知いたしました。しかし、アルフォンス様の許可無くしては、ここをお通しするわけに参りませぬ」
「堅いこと言うなよ、オッサン。長年の付き合いがあるんだ。おれと会うのに、坊やが嫌がるわけないさ」
懐かしい声が耳に届く。やがて視界に捉えた人物に俺は思わず席を立つと、赤褐色の短い頭髪が特徴的な壮年の男性に対し、驚きと喜びをない交ぜた声を上げた。
「団長! 久しぶり!」
その言葉に、いつも通りの不敵な笑みをたたえつつ、片手を挙げて応えてみせる。
約半年ぶりとなるゲラルトとの再会だった。
***
不審者の疑いが晴れたゲラルトは、執事とメイドからようやく解放されたこともあってか、その反動から、ソファに深くもたれかかっては大きく伸びをした。
「いやはや、まったく参った。来るなりおれのことを疑ってかかるんだからな。ただ単に『坊やと会いたい』と伝えただけなんだが、なにが悪かったのやら……」
「それだよ、それ。一応、俺も領主なんだから、坊や呼びはよくないって」
突っ込んだものの、ゲラルトといえば悪びれもせず、行儀悪く音を立てて紅茶をすすってみせる。
少しも変わらない様子に微笑ましくなりながらも、俺は隣から放たれる、凍てつくような眼差しに気付き、おっかなびっくり緯線を動かした。
……うーん、エレオノーラから殺気が放たれている。笑顔なんだけど、目が笑ってない。おそらく団長も気付いているんだろうけど、まったく意に介していないんだもんな。
「……アルフォンス様?」
美しいソプラノの声が発せられる。
「こちらの方は?」
「あ、ああ。こちらは傭兵団『暁の狼』団長のゲラルト。小さい頃から何かと面倒を見てもらっていてね」
「その通り。お嬢さんとは比較にならないぐらいの長い付き合いなんだ。多少の非礼は許してもらいたいな」
別に許さなくてもいいけどねというニュアンスを含ませつつ、団長はひらひらと手を動かした。そんなこと言うと、エレオノーラさんの殺気が増していくから止めてくれって。
というか。
あれだな、付き合いが長いだけあって、俺もついついタメ口になっちゃうんだよな。これもよくない。あとでまたエレオノーラにクレームを入れられてしまうぞ。
コホンコホン、と、小さく咳払いをした後で、俺は表情を改めると、真剣な眼差しを団長に向けた。
「それでゲラルト殿。突然の訪問には何か理由があるのかな?」
突如として放たれるよそよそしい言葉使いに、団長は愉快そうに声も立てず笑い、ややあってから表情を改めた。
「デニスから言付けを預かってきた。事が事なんで、おれ自ら足を運んだと、そういうわけだ」
「言付け?」
「国王が死んだことは耳にしているな? 葬儀に参列するよう早馬がきているはずだ」
敬う言葉を使わずに団長は切り出した。首肯する俺を見て、さらに続ける。
「王都に足を運ばないほうがいい」
「そういうわけにはいかない。庶子とはいえ王族だ、葬儀に参列する義務がある」
「生きて帰れなくなっても、か?」
いつもの不敵な笑みもなりを潜め、ゲラルトは真顔で語をついだ。
「宮中で暗殺計画が企てられている。坊やの、な」




