24.討伐を終えて
賊討伐を終え、街に戻ってきた俺たちを出迎えたのは、領民たちの喝采だった。
「領主様ばんざい!」
「よくぞ討伐してくださった!」
「これで安心して暮らせます!」
どこで討伐したことを聞きつけたのだろうか、それとも、なんだかんだ言いつつエレオノーラが広めておいてくれたのだろうか。
沿道に集まった領民から次々と上がる賞賛の声に、兵士たちは胸を張り、どことなく誇らしげな面持ちを浮かべた。
まあ、彼らにしてみたら、不本意な土木工事などの仕事から本来の任務に戻ったわけでね、そりゃあ誇らしいことでしょう。名誉を大事にしているんだもん。領民を守れたという誇りも芽生えるだろうし、今後の活躍も期待できるというものだね。
で、そんな兵士たちとは対照的に、俺はといえば、殲滅戦の途中からずっと気持ち悪い。ぶっちゃけてしまうと、いまにも吐きそう。胃からせり上がってくる酸っぱいものを、なんとか喉元で抑えている感じ。
少し真面目な話をさせてもらうと、賊討伐だなんだと体面を取り繕ったところで、人を殺しに行っていることに変わりないわけじゃないですか。やっぱりね、現代社会に生きてきた人間としてはどうしても慣れないんですよ。
しかも、今回はほぼ一方的な鏖殺に近い。
帝国兵との戦いとはやるかやられるかって感じで、一瞬でも気を抜いたらこっちの命が危ないって感じだったけど、頭目を討ち取ったあとの統率の取れない山賊と盗賊を、執拗に追い詰めては殺していくのだ。
賊たちの恐怖にゆがんだ顔、絶望的な瞳、悲鳴と絶叫が支配する中、指揮官として表情一つ変えることなく佇立していなければならない重圧。マジで誰かに代わってもらいたい。……無理なんだけどさ。
そんなこんなで、今日は朝からこれ以上無いほどにナーバスになっていたわけだ。出陣前は何も喉を通らず、なんというか、戦闘を経験していない新兵のような状態。
で、いまは人血に汚れた兵士たちの軽装を視界に捉えつつ、ますます吐き気を強くさせていると。いやはや、こんな柔なメンタルのやつが謀略とか策略とか立案しちゃうんだよ? 笑っちゃうね。
「アルフォンス様」
並べて馬を闊歩させているレオンハルトから声がかけられる。灰色の長髪をした美丈夫は、見惚れるほどに凜々しく、うら若き女性たちから黄色い声が上がるほどだ。
「どうした、レオンハルト?」
「領民たちを安堵させるためにも、ここはアルフォンス様御自ら、賊を討伐した旨を知らせるのがよろしいかと」
……俺が? この場で?
「左様です」
「そんなことしなくても、この様子を見るからに、みんな知っていると思うけどな?」
「いえいえ、領主の声で事実を広めるということに意義があるのです。兵士たちの士気向上にもつながりますゆえ、ここはお声を賜りたく存じます」
正直、そんな気分じゃないんだけどなという心境なんだけど。周りにいる兵士や領民を見るに、期待に満ちた眼差しをこちらへ向けているのがわかってしまうのだ。
……そうだよな、領主だもんな。場を締めないといけない責任があるよな。
せいぜいご期待に応えるとしましょうかと、俺は半ばやけになりつつ、舞台俳優を思わせるように声を張り上げた。
「民たちよ! 諸君を苦しめた賊たちは、もはや存在しない! なぜならここにいる兵たちが奮闘し、力を合わせ、奴らを葬ったからだ!」
領民の熱のこもった瞳が、ますますこちらに集中する。俺は一拍置いてから続けた。
「諸君! 私は悪を許さない! この地に奴らのような悪漢が再び現れようとも、どうか諸君、安心して欲しい! なぜならば、ここにいる諸君らの兵たちが立ち上がり、悪漢どもを根絶やしにするからだ!」
ここで、「いいぞ!」とか「領主様ばんざい!」という合いの手が沸き起こる。それらに手を振って応じながら、俺はさらに語をついだ。
「兵たちよ! その目と耳で感じて欲しい! 諸君らを歓迎する民たちの安堵する姿だ! 諸君らが守った尊い平和! 諸君らが勝ち取った名誉である!」
今度は兵士たちから熱視線が注がれる。
「諸君らは奮戦した! そしてその奮戦する先、必ずや勝利があるだろう! それはすなわち民と土地を守る名誉となるのだ! このアルフォンス、諸君らを率いることを心より誇りに思う! そして諸君らが守護するアーベントラントに栄光があらんことを!」
「領主様ばんざい!」
「アルフォンス様ばんざい!」
「アーベントラントに栄光あれ!」
言い終える間もなく、領民や兵士たちの拳が空高くつき上がる。つんざくような歓声に応じながら、俺はレオンハルトに耳打ちした。
「兵たちをねぎらうため、エレオノーラ殿が酒宴の準備を整えてくれている。悪いが、名代として出席してもらえないだろうか?」
「アルフォンス様はいかがされるのですか?」
俺は最後の気力を振り絞るように、軽く微笑んだ。
「慣れないことばかりで疲れてしまった。悪いが休ませてもらうよ」
「承知いたしました。それでは領主邸までお見送りさせていただきます」
こうして大声援が注がれる中、俺はレオンハルトと兵士たちに率いられつつ、領主邸への帰路につくこととなった。
そして、悠然と館の中へと入り、それからは周囲の目も気にすることなく、お手洗いへと直行したのである。
***
吐いた。もう、これでもかってぐらいに吐いた。
何も食べてないから胃液しか戻すものがないんだけど、それでも、まあ、気持ちいいぐらいに吐いたよね。天国に上るような心持ちで地獄行き。酸味と苦みがこれ以上混じり合った液体が、胃からせり上がっては喉が焼ける。
で、そんな感じなので、当然、執事やメイドの皆さんが心配するわけだ。「領主様はどうされたのか?」って。
まさか「慣れない戦場で気分が悪くなりました」とか言えないじゃない。そんなわけなので、せいぜい、
「長時間、馬に揺られていたせいか酔ってしまった。いやはや、情けない話だ」
とかいって誤魔化すしかできないのさ。執事の不安そうな表情が少しだけ和らいだところを確認しつつ、口をゆすいでから、俺はなんとか笑顔を取り繕った。
「戦で少し疲れてしまったな。できれば自室で休みたい。ああ、食事の用意はしなくていいぞ。そのまま眠っているかもしれないからな」
着替えの手伝いを申し出る執事の声を謝辞し、俺は足早に階段を駆け上がると、そのまま執務室に閉じこもった。
もういい、もういいだろう。周りにも一応気を遣ったつもりだし、このまま休ませてもらいたい。精神的にくたくたなのだ。
椅子に深くもたれかかり、俺はまぶたを閉じた。――おやすみ、せいぜい夢の中では人殺しなんてしていませんように。
***
夢の世界から現実へと意識を引き戻したのは、ドアをノックする音だった。
窓から見える景色はすっかりと暗くなり、相当の時間が過ぎていたことがうかがえる。俺は軽く背伸びをしてから、重い身体をなんとか起こすと、やっとの思いで口を開いた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
よく通る声とともに、ガチャリと扉が開く音が響き渡り、廊下の明かりが室内にもたらされる。
執務室へ歩を進めた人物は、その暗さに驚くこともなく、「灯りをつけてもよろしいでしょうか?」と声に出すと、俺の返事を待たずに照明をともすのだった。
やがてオレンジ色の光に照らされた美貌の持ち主が、執務机の前で佇立する。
「殿下、お疲れのところ申し訳ございません。食事をお召し上がりにならないこと、執事が心配しておりまして」
「ああ、エレオノーラ殿。気を遣わせてしまってすまない。ご覧の通り、長時間、馬に揺られて疲れてしまった。情けない話だが、執事たちには何もないと伝えて欲しい」
「それにしては顔色が悪いですが」
「酔いが酷かったのだろう。なにせ到着早々、吐いてしまったからな。まったく我が身の柔さには嫌になってしまう」
軽い冗談に済ませてしまおうと、笑いながら応じる俺を、エレオノーラがまっすぐに見据える。
「殿下」
「なにかな、エレオノーラ殿」
「何か、お悩みなのですか?」
今度は俺が美しい補佐官を見据える番だった。「何か、お悩みなのですか?」――その問いかけは、満身疲労でロクに働かない俺の脳裏に響き渡った。
止めて欲しい。俺を嫌いなら、俺を心配するような声をかけないで欲しい。それとも、その問いは補佐官の義務からくるものなのだろうか。
どちらとも判別がつかず、俺はついと視線を外し、壁面に掲げられた名前も知らない画家の風景画を眺めると、独白に近い口調で声を漏らした。
「賊を一人残らず殺したよ、エレオノーラ殿」
「…………」
「本来であれば、法の下、裁きを受けさせるべき相手だったのだ。それを私の政治的な都合で皆殺しにしてしまった」
まったく、こんなことを呟いたところで何になるというんだ。愚痴を聞いてもらう? 覚悟の不徹底だな。
あれだけ偉そうな口を叩いていた割に、まさか慰めて欲しいのか? まったく自分が嫌になるね。
エレオノーラは何も言わず、その場で姿勢を正したまま微動だにしない。そりゃそうだ、嫌いなやつの愚痴なんて、聞いたところでどうしようもないもんな。
俺は肩をすくめ、ため息を漏らし、それから視線を水平移動させると、美しい補佐官を見ながら続けるのだった。
「……いや、詮無きことを言ってしまった。忘れてもらえるとありがたい」
「…………」
「執事やメイドたちも心配いらないよう伝えて欲しい。ただ疲れて休んでいただけだから……」
「殿下」
こちらの声を遮って、エレオノーラが口を開く。
「殿下がどうお考えでも、結果がどうであろうと、民たちは喜んでおります」
俺は思わず目を丸くして、エレオノーラを見つめた。慰められているのだろうか? そうとも受け取れる発言に何も言えずにいると、エレオノーラはうやうやしく頭を下げた。
「それだけでございます。失礼いたしました」
そして、身を翻らし、執務室から立ち去っていく。静かに閉まる扉の音を聞きながら、俺は再び、椅子の背もたれに深くもたれかかった。




