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嫌われ王子は働きたくない。 ~なのに、現代知識で戦も政治も無双してしまうので、周囲の期待がとんでもない~  作者: タライ和治


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22.賊とアルフォンス

 山賊団『巨岩の怒り』に思いもよらぬ来訪者たちが訪れたのは、アーベントラントの中央都市デンマーブルクへの出発を間近に控えたある日のことだった。


 襲撃前の大事な時であり、邪魔をされたくないという思いもあって、粗野で知られる頭目のブルーノは、手下たちにその来訪者を追い払うよう指示を出したものの、やがて血相を変えた部下が慌てて戻ってきたことで、考えを改めることになる。


「親分。連中、アーベントラントの領主と兵士たちみたいでさあ」


 であれば、話は別だ。追い払うまでもなく、この場で殺してしまえばいい。あるいは領主を人質にして、身代金を要求するのもいいだろう。


 そんな思いがブルーノの脳裏を巡っている中、部下は意外な言葉を続けてみせる。


「どうにも連中、『豪傑と名高い親分に会いたい』と言っているみたいで……。どうしますか?」

「……どういう意味だ?」

「へえ、それが、新しい領主……、いえ、これがどう見てもガキにしか見えないんですけど、こいつが、親分の武勇伝を耳にしたとかなんとか言ってまして」


 思わぬ部下の発言に、ブルーノの警戒が緩む。見知らぬ相手、しかも略奪の対象とはいえ、下手に出られて悪い気はしない。


「しかも、このガキ、手土産に酒を持ってきたとか言ってるんです。……どうしやしょうか?」


 そこまで耳にすると、ブルーノは席を立った。身長は二メートルほど、ごつごつとした筋肉質の体で大股に歩き出し、部下の案内で拠点の入り口へと向かっていく。


 やがてブルーノが視界に捉えたのは、なるほど、部下が話していたとおり、十代半ばにしか見えない子供の好奇心にあふれた表情だった。


「このブルーノ様に会いたいと言っていたのは、小僧、てめえか」


 大仰な言い回しは半ば演技である。こんな子供がアーベントラントに着任した新しい領主とはどうしても考えにくい。


 あるいはこのブルーノをおびき出すための罠かもしれない。そう考えたブルーノだが、対面する黒髪の少年が屈託のない笑顔で頷く様子に、意表を突かれたのもまた事実だった。


「ええ、そうです。私はアルフォンスと申します。アーベントラントの領主として着任したのですが、高名なブルーノ殿にどうしてもお目にかかりたいと思いまして、本日、手土産を携えてやってきた次第なのです」


 アルフォンスと名乗る少年はそう言うと、引き連れていた灰色の長髪をした若い男に命令し、山ほどの酒樽をブルーノの前に運ばせる。


「お口に合うかはわかりませんが、アーベントラントの地酒です。毒などは入っていませんから、安心してくださいね」


 ニコニコと笑うアルフォンスに、ブルーノは再び警戒を強めた。


「どうにもわからねえな」

「……?」

「てめえは領主、山賊であるおれたちを討伐する立場であるはずだ。なのに、こうして手土産まで持ってくる。その魂胆は何だ?」


 鋭い眼差しが、少年の顔を射貫く。しかし、アルフォンスはその真意がわからないとばかりに応じ返すのだった。


「魂胆も何も、私はただ豪傑であるブルーノ殿にお目にかかりたい一心でして」

「豪傑だと?」

「ええ、私も男です。しかしながらご覧の通り非力の身。であれば力のある者に憧れるのは道理でしょう?」


 それからアルフォンスはブルーノが率いる山賊団『巨岩の怒り』の逸話をいくつか披露してから、とある組織を引き合いに出すと、対照的におとしめてみせるのだった。


「それに引き換え、『緑の斧』のライナーという男はどうにも……。ブルーノ殿に対抗しているようですが、とてもかなわないと見えます。話を聞くに、陰湿な人物のようですし」


 この少年に対し、ブルーノが油断してしまったのはあるいはこの時だったのかもしれない。自らが嫌悪し、対立する組織の頭目を、どうみても世間知らずの子供があしざまに罵っているのである。


 ブルーノは思わず頬を緩め、それから部下に酒樽を中に運ぶよう伝えてから、あらためてアルフォンスを見据えた。


「言い分はよくわかった。そういうことだったら、このおれも、てめえの気持ちを汲んでやらんこともねえ」

「ありがとうございます」

「だがな、小僧。手土産が酒だけというのは、ちょっとばかり気持ちが足りないんじゃねえか?」

「と、仰いますと?」

「金だよ、金。尊敬する相手には、金を献上するのが筋ってもんだろうが」


 ブルーノの怒気に、アルフォンスが恐縮する。


「す、すみません。そういったことには疎く……。気がつきませんで……」

「ちっ、話にならねえな。……おい、それはてめえの馬か?」


 ブルーノの視線の先には、見事な装飾が施された白馬がいて、アルフォンスは振り返ると「そうです」と頷いた。


「ふん、そうか。だったら今日はその馬で勘弁してやる。ここに置いていくんだな」

「こ、この馬をですか?」

「文句があるのか?」

「とんでもない! ブルーノ殿のような豪傑に乗りこなしてもらえるのであれば、この馬も喜ぶことでしょう」


 そう言ってアルフォンスは愛馬である白馬を預けると、配下たちとともに山賊団を後にしたのだった。


 その後ろ姿を見送りながら、ブルーノは冷笑する。


 新たに着任した領主があれではアーベントラントも先が思いやられる。兵士たちは怖じ気づいていたし、なによりあの小僧の様子を察するに、おれの命令にはおとなしく従うだろう。


 であれば、こちらからわざわざ襲撃に向かわずとも、しばらくの間、好きなだけ金をむしり取ってやればいい。


 どこの貴族のボンボンだかはしらないが、見事な愛馬を連れているところを見るに、たんまりと金を蓄えているようだし――。


***


 山賊団『巨岩の怒り』にアーベントラントの領主が出向いたという話は、盗賊団『緑の斧』の頭目であるライナーの耳に入っていた。


 ブルーノに劣らず隆々とした体躯を誇るライナーだが、肉体よりも、自らの頭脳を頼る傾向にある彼は、対立する組織と領主が顔を合わせたという事実に頭を悩ませていた。


 しかも、領主は手土産を持参してブルーノに会いに行ったという。乱暴かつ粗野で知られる男に、どうしてそこまでするのか、ライナーには理解できない。


 あるいは、襲撃を恐れた領主が和睦を目的として訪問したのか。であれば、なぜ自分には挨拶に来ないのか?


 ライナーは判断に迷った。本来であれば、意見を聞く副官を置くところなのだが、疑い深い彼は決して部下の声を聞こうとはせず、自分だけで考えをまとめようとした。


 やがてライナーはある結論に達する。


「おそらく、ブルーノと領主は密約を交わしたのだ。そして『緑の斧』を討伐しようとしている……」


 そうでなければ理屈が通らないのである。領主にとって自分たちは目の敵、ブルーノとは対立関係にあるのだ。領主とブルーノが利害の一致をみたとしても不思議はない。


 ただ、それでも疑問は残る。


 仮に『緑の斧』がなくなったとして、その後、領主とブルーノはどのような関係を構築するというのか? 悪名高き『巨岩の怒り』が領主の私兵に収まるとは思えない。


 それとも、自分の考えもつかない計画が練られているのか……?


 ようやく導き出した結論に自ら疑問符をつけている最中、部下から一通の手紙がライナーの元に届けられた。


 差出人は、アーベントラント領主、アルフォンスによるもので、内容は次のとおりである。


***


 先日、訳あって、ブルーノと顔を合わせなければならなかったが、ブルーノいわく近日中に『緑の斧』を打ち倒し、アーベントラントにおける真の豪傑は誰かを証明してみせると息巻いていた。


 ライナー殿におかれては注意されたし。


***


 この手紙に、ライナーはますます頭を悩ませた。


 ブルーノが事あるごとに自分たちを滅ぼそうとしていることは知っている。だが、それをどうしてこの機会に領主が知らせてくるのか?


 あるいは、ブルーノと自分を離反させるため、このアルフォンスとやらがわざと手紙をよこしたのではないのだろうか?


 ライナーはますます疑心暗鬼を生じさせ、結果、数名の部下に『巨岩の怒り』を監視するよう命じることにした。


 アルフォンスなる人物が何者なのかはわからないが、ブルーノと関係を持ったことは確かである。であれば、今後も接触する機会があるはずだ。


 その際の動向次第では、自分も覚悟を決めなければならない。


***


 『巨岩の怒り』の拠点にアルフォンスが再び足を運んだのは、ライナーに手紙を届けてから数日後である。


 初対面で下手に出てきた世間知らずの小僧が、のこのことまたやってきたことを知ったブルーノは、必要以上に胸を反らせ、そして下男に接するがごとく不遜な態度で領主を出迎えたのだった。


「おう、よくやってきたな小僧」


 おそらくは恐縮した面持ちと、金銭の手土産を期待したであろうブルーノだったが、その期待は瞬く間に打ち破られる。


 先日とは打って変わり、冷静な表情と落ち着いた口調の少年は、山賊団の頭目に堂々と応じ、声を上げるのだった。


「やあやあ、ブルーノ殿! 先日のお約束の件、お忘れなきよう」


 ブルーノが表情いっぱいに疑問符を漂わせるのもお構いなしに、アルフォンスはきびすを返すと、颯爽と馬を乗りこなし、お供の騎士たちとともにその場を立ち去ってしまう。


 何が起きたのか理解できないといった様子のブルーノだったが、これを見逃さなかったのが監視に訪れていたライナーの部下たちだった。


 やがて報告が届けられ、ライナーは苦渋の決断を迫られることになる――。

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