21.賊討伐と謀略
エレオノーラによる賊の情報は次の通りである。
まず、盗賊について。
こちらは森林に拠点を構える『緑の斧』という組織で、頭目の名前はライナーというらしい。
非常に疑い深い性格をしており、一度でも猜疑心の標的になったら身内でも容赦ない粛正が待っているという噂があるそうだ。
それでも、少なくとも二百人ほどの盗賊を束ねており、軽視はできない。
次に山賊について。
こちらは山岳地帯に拠点を構える『巨岩の怒り』という組織で、頭目の名前はブルーノというらしい。
粗野で乱暴、猪突猛進という人物で、いい意味でも悪い意味でも単純な性格だが、暴力に身を任せるきらいがあるそうだ。
『緑の斧』の規模を超える、三百人の山賊を束ねている大頭目であり、こちらも油断はできない。
興味深いのはここからだ。
この『緑の斧』と『巨岩の怒り』、お互いを嫌悪している傾向があるとのこと。
略奪に走る二つの組織が、獲物を奪うため、それぞれ争う姿が何度も目撃されている。
あるいは、片方に所属していた団員が、心変わりしてもう片方に乗り変わろうとした際、密偵を疑われて処刑されたりとか、そんな話もあるらしい。
おそらくだけど、頭目の性格が極端に違うため、相性が悪いんじゃないだろうか?
となれば、そこにつけいる隙がある。
そのために、『巨岩の怒り』の頭目であるブルーノと会う必要があるんだけど。
まったくもって理解できないとばかりに、エレオノーラは氷点下を思わせる眼差しで俺の顔を射貫きつつ、侮蔑の意図を隠そうともせずに追求した。
「……討伐はせず、賊に媚びへつらうことで、襲撃を避けようというお考えなのですか?」
見損ないましたと言いたげな口調に、俺は軽く頭髪をかき回しつつ、応じ返した。
「そうではないんだ、エレオノーラ殿。会うのは『巨岩の怒り』の頭目だけ、それも、お互いの組織に相互不信の種をまくためなんだよ」
「才無き私には、殿下が何をおっしゃっているのか理解できません。凡俗にもわかるよう、詳しくお聞かせ願えれば幸いです」
おおう、エレオノーラさん、これ以上なく声色が冷たいね! 超怖い!
……まあね、茶化していると本気で怒らせそうなので、ここはきちんと説明しておく。
「『巨岩の怒り』の頭目をもてなすため、酒を持参して会いに行く。それも着任したての領主がだ。ブルーノはどう考えるかな?」
「とてもかなわないと感じたため、和睦に来たのだと思われますが」
「うん、とりあえず、ブルーノのほうはそれでいい。だが、もう一方の賊である、『緑の斧』の頭目ライナーはどう思うだろう」
「どういう意味ですか?」
「ブルーノに会いに行った事実を広めてしまうんだ。すると、ライナーは『どうして自分のほうには会いに来ないのか』という不信を抱くだろうな」
「そのように上手く事が運ぶでしょうか?」
「お父上の話では、ライナーは疑い深い性格だということだが」
「…………」
口をつぐむエレオノーラに、俺は続けた。
「ここからが肝心だ。不信の芽が芽生えつつあるライナーに、ブルーノが『緑の斧』を壊滅させようとしている噂を流す。私が酒を持っていった際に、そのような話をしていたという体でね」
噂を流す一方で、ブルーノのほうにも別の噂を流す。いわくライナーがブルーノの命を狙っているというもので、これにより相互不信を深めていくのだ。
「わかるかな? つまるところ、私としては『緑の斧』と『巨岩の怒り』、双方相打ってもらおうと考えているんだ。お互いに潰し合ってもらえば、残党討伐に割く労力も少なくて済むだろう?」
「机上の空論です、殿下。そのようなお考え、上手くいくとは思えません」
「そうだな。上手くいく保証はないだろうな。だが、賊の組織が巨大である以上、謀略をもってあたるのが最上だと私は考える」
なおも納得はしていないという表情のエレオノーラだけど、「こいつには何を言っても無駄だ」と悟ったんだろうね。それはもう、怒りをにじませながら呟くのだった。
「……わかりました。ご命令とあらば従うまでです」
***
お酒を買い集めるため後にしたエレオノーラと入れ替わり、執務室にやってきたのはレオンハルトである。
賊討伐の内容を協議するため呼び寄せたわけなんだけど。灰色の長髪をした若き将軍は、相打ちをさせるという俺の考えを聞いて、思案顔を浮かべてみせた。
「――なるほど。きわめて有効かと思います」
さすがは付き合いが長いだけある、理解力が高くて助かるな。そんなことを思っていたんだけど、レオンハルトは意を決したように語をついだ。
「ですが、そこまでやらなくてもいいのではという思いも捨てきれません。そのような手段に頼らずとも、このレオンハルト、賊討伐の任を果たせますが」
「わかっているよ、レオンハルト。お前の能力を軽視しているわけじゃない」
肩をすくめて俺は続ける。
「俺が言いたいのはね、同時に二つの組織を相手にしてしまうと、こちらの被害が大きくなるってことなのさ」
例えば、五百の兵を分散してそれぞれ討伐にあたる。レオンハルトが率いた兵は統率され、それは見事に任務を果たしてくれるだろう。
では、もう一方は誰が率いるのか? 立場上、俺になるんだろうけど、指揮経験がない以上統率は厳しい。任務が果たせるのかは疑問符がついてしまう。
別の案もある。五百の兵をすべて動員し、一方の組織を殲滅させてしまうのはどうか? この場合、背後からもう一方の組織が襲ってくる可能性も捨てきれない。
挟撃された場合の被害の大きさは、『グリュンヴァルト平野の戦い』における帝国軍で実証済みだ。味方があんな目に遭うのはごめん被りたい。
「そういったわけで、今回は謀略を持ってあたる。……だけど、その前に」
「……?」
「エレオノーラ殿には別件を依頼しているんだけど、レオンハルトにもお願いしたいことがあってね」
「何なりと仰せくださいませ」
そして俺はこの信頼する若き将軍に、話の文脈とはまったくもって関係のない要望を伝えたんだけど。レオンハルトといえば、表情に疑問の微粒子を漂わすこともなく、「承知いたしました」と応じるのだった。
「それと、兵士たちにはしばらくの間、賊討伐のことを伏せておいてもらいたい。情報が漏れるのは避けておきたいからね」
「はっ」
「もっとも、謀略を巡らせれば巡らせるほど、兵士たちに嫌われるだろう。彼らは名誉や誇りを大事にするからな」
「そのような心配はご無用かと。賊討伐という任務をしばらくは伏せているとはいえ、彼らも策を用いる重要性は認識するはずです」
「だといいけどね。まあ、兵士たちにとっては歯がゆいかもしれないけれど、こちらの被害を最小限に抑えるためにも必要なことなんだ」
それにだ、五百の兵は数を減らすことなく、できるだけ手元に残しておきたい。今後のことを考えれば、治安維持だけでなく兵が必要になる場面がでてくる恐れがあるからだ。
考えたくないけど、ミヒャエル殿下やエーミール殿下の妨害工作とかね。他の王子たちにしてみれば、俺の失敗を望むだろうし、今後、嫌がらせの類が増える可能性がある。
最悪、ちょっとした争いが起きることも否定できない。そういった場合に備えて、信頼の置ける兵はできるだけ増やしておきたい。
一通り考えを伝えると、レオンハルトはうやうやしく頭を下げ、「アルフォンス様のお考えに従います」と前置きしてから続けるのだった。
「早速、細部をつめようと思いますが……。戦闘にあたり、捕虜などの扱いはいかがなさいますか?」
賊の中には戦意を喪失する者もいるだろうってことを示してくれたわけなんだけど。俺は肺が空になるほど大きなため息をはき、自己嫌悪に陥りながらも覚悟を決めて応じるのだった。
「降伏や捕虜は認めない」
「と、仰いますと?」
「賊には悪いが、一人残らず死んでもらう」




