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嫌われ王子は働きたくない。 ~なのに、現代知識で戦も政治も無双してしまうので、周囲の期待がとんでもない~  作者: タライ和治


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19/19

19.内政開始

 福祉関係に関わる資金は俺が負担する。その言葉にエレオノーラは眉をひそめた。


「領主自ら施しをされる心構えはご立派かと存じますが……。ご報告しました通り、領内には財源がございません。銅貨一枚すら確保できない状況で、それはあまりにも無謀かと」

「いや、エレオノーラ殿。もとより領内の財源をあてにしている訳ではないんだ。言葉の通り、私自身の身銭を切ればいい。それだけの話だよ」


 もともと、そのつもりで資金を作ってきたわけだしなあ。とはいえ、あまりに長期間に渡る自腹はさすがに避けたいところだけど。


 書類から顔を上げると、意表を突かれたような表情のエレオノーラと視線が合った。すると、エレオノーラは誤魔化すように軽く咳払いをした後、話題を転じてみせる。


「なるほど。では財源の問題はよろしいでしょう。しかし、ほかにも問題はございます」

「うん?」

「施設を建てる際に必要な資材と建築にかかる人員、それに施設を設けたとして管理する人材はいかがされるおつもりですか? もはや領民には賦役(ふえき)に耐えられるほどの気力も体力もありません」


 賦役、つまり領主に対する無償の労働義務ってやつだ。無償なので、当然、原則無給。現代社会じゃ考えられないね。


 とはいえ、そこも考えた。


「最初の救貧院と公衆浴場は、私の兵が中心となって建築を行う」

「兵士に土木作業を行わせるおつもりですか?」

「あくまで最初だけだ。建築作業も維持管理も、いずれは領民を中心に行ってもらう。労働なのだから、それに見合った賃金も支払うことにする」


 つまりだね、賦役じゃなくて、ちゃんとお金が発生する仕事があるよと喧伝して回るわけだ。余力のある領民がいれば、最初から兵士たちに交じり、建築作業に参加してもらえばそれでいい。


 そうならなくても、精神と体力が整う環境になれば、自然と働く場を求めるだろうからね。こっちも元気な人相手に延々と施すつもりはないし。そこはちゃんと労働の義務を担ってもらいたい。


 考えていたことを伝え終わった瞬間、エレオノーラさん、ますます眉間にしわを寄せましたよね。お前はマジで何を言っているんだっていう顔。年下とはいえ、一応、あなたの上司なんですよ、俺?


「殿下。失礼ながら、殿下のお考えは突拍子もなく、あまりに現実離れしすぎております。上手くいく保証はどこにも……」

「そうだな、ないと思う。しかしながら考えてみるとよい。従来の常識に囚われていたからこそ、アーベントラントは復興を果たせなかったのではないかな?」

「……っ」

「いままでの領主が民衆に対して行ってきた施策は誤りだった。無謀な搾取は民を飢えさせる。私はそれに向き合い、真摯に反省し、無能な貴族に代わって詫びなければならない」

「…………」

「もはや発想の転換こそが、アーベントラントを救う唯一の方法なのだ。領民が安心して暮らせる、そんな土地になるよう、私はありとあらゆる手段を講じるつもりなのだよ」


 そうなれば、俺も領主から引退できるようになるしね。隠居生活を送るためにも、なるべく早く復興を果たしたいところなんだけど。


 まさかそんな本心を目の前にいるクールビューティーに漏らすわけにはいかない。せいぜい沈着を取り繕って協力を求めるだけにしたのだった。


「どうかな、エレオノーラ殿。無謀は承知の上だが、領民のためだ。力を貸していただけないだろうか?」


 眉間からしわが取れたまではよかったけれど、エレオノーラさん、何を考えているかわからない表情でこちらを見据えておりまして。五秒ほど間をおいてから、ようやく口を開いたのだった。


「……領民のためであるのなら、やむを得ません。上手くいくとは限りませんし、非常識の感が拭いきれませんが、殿下のお考えに従います」


 存外に、「失敗するのは明らかですけど」ってことを言いたいわけだな、この人は。やれやれ、こうなってくると友好な関係を築き上げるのは相当しんどいことになりそうだぞ。


 とはいえ。


 なんていうのかな。嫌われているなら嫌われているうちに、反対されるであろう物事を推し進めてしまおうかなとも思えるわけで。


 俺は努めて微笑みを浮かべ、氷のような眼差しを向けるエレオノーラにつぶやいた。


「そうそう。救貧院についてだが、建築を終えるまでの間、代わりの場所を受け皿にしたい」

「ある程度の人数を収容できる、設備の整った建物や家屋はございませんが」

「あるじゃないか」

「…………?」


 ――それから俺が発した言葉に、エレオノーラはますます表情をこわばらせ、ただ一言、


「ご命令とあらば対応いたします」


 とだけ言い残し、執務室を出て行った。


***


 入れ替わるようにして執務室に現れたのは、灰色の長髪をした若き将軍で、俺は見慣れた顔に安堵すると、執務椅子の背もたれに寄りかかった。


「アルフォンス様。兵舎の視察と兵の配属を終えました。……いかがされましたか? お疲れのようですが」

「いやいや、何でもない。慣れていたつもりだけど、嫌われるのはしんどいなって思ってね」


 飾らない口調で話せるの、助かるね。ほんと、心が楽になるわ。


 苦笑いで応じる俺に、はあ、と、曖昧な返事をしつつ、それでも姿勢を正したレオンハルトは問い尋ねる。


「しかし、よろしいのですか?」

「なにがだい?」

「当面の間、兵士を土木作業にあててしまうとは。もちろん、アルフォンス様のこと、なにか深いお考えがおありと存じますが」

「深い考えなんてないよ。人手がなかっただけさ」


 乾いた笑いを返し、俺はソファに腰掛けるようレオンハルトに勧めたものの、美丈夫はそれを謝絶し、佇立したままで続ける。


「五百人とはいえ、レオンハルト様をお守りする兵です。それをすべて民衆のために割いてしまうとは……」

「レオンハルト、それは違う。兵は俺を守るために存在するんじゃない。あくまで民を守るために存在するのさ。権力や権威を守るためのものじゃないんだよ」


 上半身を起こして、俺は語をついだ。


「王侯貴族だなんだともてはやされているけれど、本質的に民がいなければ成立しないんだ。であれば、どちらを守るべきか、優先すべきは明白だろう」

「しかしながら、アルフォンス様の御身も大切です。ましてやここは難治と言われる不毛の地。いずこに危険が潜んでいるとも限りません」

「大丈夫だよ。兵がいなくても、自分の身ぐらい守れるさ」

「ですが……」

「それに、俺にはレオンハルトがいるからね」


 忠実な若き将軍に視線を送りながら、俺は微笑みを浮かべた。


「兵士がいなくても、レオンハルトがいれば安心だ。これまでもそうしてきたじゃないか」


 不安にさせないため、軽口を叩いたつもりなんだけど。レオンハルトはますます姿勢を正し、それから深く頭を下げたのだった。


「はい、その通りです。このレオンハルト、身命に誓いまして、生涯アルフォンス様をお守りいたします」


 ……うーん、重く受け止まられちゃったなあ。レオンハルトもなあ、もう少し冗談というか、そういうのを理解してくれればいいんだけど。


 とはいえ、俺の言葉もまずかったか? 真面目な若者に対して、束縛するような伝え方はよろしくないなと反省を覚えつつ、俺は誤魔化すように話題を変えてみせた。


「そういえば、レオンハルト。あれからエレオノーラ殿と顔を合わせたか?」

「廊下ですれ違っただけですが。何やらお忙しそうなご様子だったので、挨拶はできませんでした」


 そうか、早速、動いてくれているみたいだな。俺のことは嫌いでも、仕事は別と考えてくれるのは助かる。仕事の速さも有能な実務官の証と見ていいだろうな。


「なにかご指示を出されたのですか?」


 レオンハルトの疑問に、俺は執務机に片肘をつきながら、いささか行儀悪く答えた。


「いやなに、これまでの貴族の考えにはない、これをやったら嫌がられるかなあというような仕事を与えてしまってね」

「と、仰いますと?」

「救貧院ができるまでの間、孤児や身寄りのない老人を環境の整った施設で保護してくれって伝えたのさ」

「結構なことだと思いますが……」

「まあ、そうなんだけどね」


 髪をかき回しながら、俺はエレオノーラの顔を思い出した。呆然とも怒りともつかないような表情。孤児や老人を受け入れるのにどうかと言った場所に、彼女は明らかな拒絶反応を示したのだ。


「受け入れる場所はほかでもない。――この領主邸なんだよ」


***


 翌日から、領主邸を中心に民衆への施しが始まった。


 中庭を開放し、大規模な炊き出しと配給を実施する。前日から、兵士たちを使って街中に喧伝して回っていたこともあり、朝早くから相当の人たちが集まった。


 誰も彼もが痩せ細った体の上からボロボロの衣類をまとっている。衛生的にも大変よろしくない状況だ。


 一刻も早く、この現状を打破しなければならない。とりあえず初日は麦粥と豆のスープ、それに雑穀のパンを山のように用意した。朝から民衆が押し寄せてくるところを見ると、炊き出しは一日中続けないといけないだろう。


 こういうのは足りなくなるのが一番まずい。たった一人分だけが足りないとか、そんなことでも不信が起こるのだ。


 同時に、着替え用の衣類も用意した。残念ながら、こちらの世界では、衛生の概念がまだそれほど発達していないらしく、物を介して病気が移るとか、そういった考えには至っていないらしい。


 荷台にこれまた山のように積んだ衣類を、とりあえず一人に一着ずつ配布する。古い衣類は後ほど回収して、焼却処分する予定だ。


 ともあれ、炊き出しや配給の光景を見る限り、初日の試みとしてはとりあえず成功しているようには思える。


 久しぶりにおなかを満たすことができた安堵感からか、笑顔を浮かべる人や、涙を流して喜ぶ人もいて、やってよかったと実感を覚えるのだ。


「殿下」


 背後から声をかけられ振り返ると、エレオノーラが書類を片手に佇んでいる。


「ご指示いただきましたとおり、荷台にあった食料を使っての炊き出しを実施しましたが、いつまで続けられるお考えでしょうか?」

「しばらくの間は続けるつもりだ。そのつもりで食料を運び込んだからな」

「領主邸の食料も心許ないです。私は在庫として運び込むおつもりなのかと思っておりましたが」

「不満かい?」

「いえ、そのような……」


 とはいえ、領主をサポートしてきたヘッセン家のご令嬢だ。快く思っていないとはいえ、領主の生活も気になって当然だろう。


「私は平民出身だからな、粗食だろうと問題ない。それよりも民衆を優先してくれ。私としても、皆が喜んでくれた方が嬉しい」

「……承知いたしました。ご命令の通りに」


 やや間を置いてから、エレオノーラは返答する。若干、口調が柔らかくなっていたのは気のせいだろうか?


 確かめるように再度振り返るも、すでにエレオノーラはくるりときびすを返したあとで、俺は肩をすくめてはその背中を見送り、それから軽く息を漏らした。


 なんにせよ、長い付き合いになるだろうから仲良くやっていきたいものだよ、本当に。

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