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嫌われ王子は働きたくない。 ~なのに、現代知識で戦も政治も無双してしまうので、周囲の期待がとんでもない~  作者: タライ和治


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18.十六歳の領主

 アーベントラント領の中央に位置するデンマーブルク。領内でも最大規模の都市であり、かつては国内でも有数の繁栄を誇っていた土地だが、いまとなっては見る影もない。


 ――統一歴三一五年五月。デンマーブルクに足を踏み入れた俺が目にしたのは、退廃の一途をたどる民衆の悲惨な状況だ。


 路上のいたるところに無産者層と物乞いが座り込み、その上、汚物やゴミが放置されているから異臭も酷い。実際に足を運んだことはないけれど、王都のスラムも似たようなものなのだろうか?


 得てしてこういった場所には野犬とか野良猫が住み着くはずなんだけど。姿が見えないどころか、鳴き声すら聞こえないってことは……。まあ、その、食べられてしまったと考えていいんだろうなあ。


 やれやれ、オッサンだったからまだ耐えられるけど、俺の中身が純真なアルフォンスのままだったら吐き気を催しているに違いないぞ、きっと。十六歳の少年には酷な環境だよ。


 ……あ、そうそう。ワタクシというよりアルフォンス君、十六歳になりました。ここまでの道中で誕生日を迎えましてね。


 ええ、もちろんパーティなんてございませんとも。そもそも宮中にいたって誕生日なんか祝われた試しがないんだから。


 その代わりと言ってはなんだけど、毎年、国王陛下からいろいろと下賜されるんだよね。宝石類とか、宝剣とか。あとは馬。


 宮中に迎え入れられた年にいただいた白馬は、そのまま愛馬になっています。乗馬の手ほどきはゲラルトから受けていたので、一応は乗れるんだな。


 で、陛下には大変申し訳ないけれど、白馬以外、下賜された品々は全部売り払ってしまった。先日知り合った、若手商人のデニスにね。


 もうね、不忠とか言われても素直に受け入れる覚悟はできてますよ。でも、仕方ない。マジで資金が足りないの。


 宮中で暮らしていた際の生活費をこつこつ貯蓄していたとはいえ、これを領地運営の資本金に回そうとなるとあっという間に底をつく。


 もちろん、デニスから借用できるとはいえ、借金なんぞしないほうがいいんだから。できるだけ自前で調達したかったんだよね。


 そんなこんなである程度の金を作り、一部は食料や武具の調達などに回してアーベントラントまでやってきたわけだ。準備に一週間、中央都市デンマーブルクに到着するまで二週間という強行軍。


 いやはや、時間がない中でよくやってくれたよ、デニス。ずっと飄々としてるから、相変わらず食えないなって感じは拭いきれないけれど、やり手には違いないんだろうな。


 ともあれ。


 レオンハルト率いる兵士五百人が荷台の列を護衛してくれたおかげで、野党や盗賊に会うこともなかった。ひとまずはよかったと安堵するべきだろうね。


 ……住民の姿を見ると、安堵どころか胸が張り裂ける思いに駆られるけれど。


 これは難儀しそうだなと思いつつも、ひとまず、俺たちは住居である領主邸まで足を伸ばしたのだった。


***


 街の凄惨さとは打って変わり、領主邸は違和感を覚えるほどの清潔さが保たれていた。


 美しい外観を誇る三階建ての建物で、窓にはガラスが施されている。庭園も広く、色とりどりの花が咲き乱れ、芳香が花をくすぐった。


 レンガ作りの塀を隔てて分かれた異なる空間に、なんともいえない居心地の悪さを感じていると、俺たちを出迎えるためだろうか玄関前で数名の男女が待ち構えていた。


「お待ちしておりました、殿下。私はエレオノーラ・フォン・ヘッセンと申します。ヘッセン家を代表し、殿下の領主着任を心からお喜び申し上げます」


 中央に位置する若い女性が一礼する。年齢は二十歳前後だろうか。肩までかかった美しい金髪、特徴的な碧眼は鋭く、知的とも冷徹とも受け取れる、硬質的な美貌の持ち主だ。


 着用しているのもドレスではなくシックなパンツルックで、どちらかといえば男装の麗人という印象が強い。


 宮中では見ないタイプだなとか、そんなことを考えていると、エレオノーラはよく通る美しいソプラノの声で続ける。


「こちらに控えるのは、殿下の身の回りのお世話を担当する者たちです。私も殿下のお役に立てるよう、僭越ながら執務を補佐させていただきます。以後、よろしくお願いいたします」


 そこまで言われて、俺は我に返った。馬から下り、挨拶を済ませると、早速とばかりに問い尋ねる。


「アーベントラントでの実務面で手腕を振るわれているのはヘッセン家というのは聞いている。しかし、領主を補佐してきたのは壮年の男性だったと記憶しているが……」


 そうなのだ。地方行政区でもあるアーベントラントには領主を補佐する現地の貴族がいるんだけど。


 それがヘッセンさんという子爵のおじさんだと聞いていたんだよね。アーベントラントが荒廃する前から実務面をもり立ててくれた陰の功労者。経験豊富なので俺も頼りにしようと思っていたんだよ。


「はい。確かに、私の父がこれまで様々な領主様にお仕えして参りました。しかしながら、数ヶ月前、病に倒れまして」

「病に?」

「医者が言うところによれば、心労ではないかと」


 エレオノーラの表情は硬い。領主が無責任に次々と変わる中、悲惨な状況を何とかしようと一人気を吐いていたのかもしれない。お気の毒なことだ。


 挨拶がてら見舞いにいこうかと考えたんだけど……。エレオノーラは断固としてそれを拒否した。


「そのお気遣いだけで結構です」

「しかし……」

「殿下のお顔を拝見した途端、父の病状が悪化するとも限りませんので」


 明確な拒絶。


 というか、エレオノーラさん、丁寧な言葉使いとは裏腹に、態度が冷たく感じるよなあとか思っていたけど、明らかに俺を嫌っているよね?


 ……まあ、いまのいままで歴代の領主に散々苦しめられてきたんだろうなと考えれば、無理もないか。


 とはいえ、これから先のことを思いやると気が重くなる。


 荒廃した領地、限りある資金、初めての内政、俺を嫌う実務補佐官。マイナス面しか見当たらなくて嫌になるね。


 肩をすくめたい気持ちをぐっとこらえ、俺はエレオノーラの案内の元、領主邸の中へ足を踏み入れた。


***


 スッカスカである。


 何がスッカスカなのか? 領主邸の中が見事なほどにスッカスカなのだ。装飾品なんぞほとんど見あたらない。


 なんかね、これまでは領主が着任する前に、そういったものをきちんと用意していたんだって。でも、離任する歴代領主たちはそういったものを一切合切持ち去ってしまった、と。


 ヘッセン家は下級貴族。もはや予算もない。そういうわけで、俺の着任にあたっては見栄えのいいものは用意できなかったらしい。


 まったくもって、悪びれもなくつぶやいて、エレオノーラは語をついだ。


「私どもでは、外観を整えるのがやっと。申し訳ございません」


 とは言いつつも、エレオノーラ、少しも申し訳なさそうなんだよな。彼女なりに、お金のない状況で、精一杯やってくれたということなんだろう。


 俺は別になんとも思わないけれど、宮中にいる貴族連中なんかは、庭先ひとつも手入れできないのかとか文句を言うだろうしね。というより、彼女の対応を考えると、歴代の領主連中は確実に文句を言ってきたんだろうな。


「殿下」


 呼び止める声に足を止めて振り返ると、エレオノーラが無感動に口を開く。


「恐れながら、荷馬車の数を拝見する限り、殿下は大荷物で着任されたとお見受けします。ご命令があれば調度品などを運ばせますが」


 確かに荷馬車の列を伴ってここまでやってきたけれど。これについては誤解があるので、はっきりさせておく。


「いや、その必要はない。調度品や装飾品などの類は持ってきていないからな」

「と、おっしゃいますと?」

「積んであるのは、当面必要になるだろう物資だけ。……とにかく領内の状況を知りたい。話を聞かせてもらえないだろうか」


 一瞬だけ意外そうな表情を浮かべ、しかし、すぐさま表情を消したエレオノーラはうやうやしく一礼を施し、執務室に向かって歩き出した。


***


 予想通り、真っ赤な財務報告書、クラクラするね。


 いやあ、酷い酷いとは聞いていたけど、予想以上に酷い。“貴族の墓場”って呼ばれるだけあるよ、ここ。収入は限りなくゼロに近いけど、税収で大金を持って行かれる。そんな状態。


 おまけに福祉を担う教会まで撤退してる。寄付もない中で運営は困難と、そういう結論に達したらしい。すがる神もいなければ、民衆も絶望するしかないよな。


 執務机の前ではエレオノーラが佇立し、財務状況についての報告を続けている。あらかじめまとめられていた書類もわかりやすく、彼女の有能さの一端を示していることがわかるのだが。


 なんというか、言葉の端々から試されている感がにじみ出ているというか。「本当に理解できているの?」みたいな感じ?


 多分だけど、この人、俺のことを補佐する気がないんじゃないかな。「どうせあんたもすぐにここから消えるでしょ?」みたいに思われている。これは大変よろしくない。


 とはいえ、誤解を解くために親睦を深めようとすると、セクハラ案件になっちゃうから。うかつに食事にも誘えないよね。困ったもんですよ。


 やはりここは時間をかけて、そして結果を出して認めてもらうしかないか……。そんなことを思っていると、報告を終えたエレオノーラは顔を上げた。


「――以上です。殿下、いかがされますか?」

「いかがされますか、とは?」

「殿下はアーベントラントの領主となられました。であれば、統治の方針をお聞かせ願いたく」


 氷点下を思わせる眼差しでこちらを見据えるエレオノーラ。俺は逆に問い返した。


「エレオノーラ殿はどう思う?」

「私ですか?」

「長年、アーベントラントを支えてきたのはヘッセン家だ。であれば、内情には誰よりも通じているだろう。どのような方針で臨めばよいと思われるかな?」

「さあ? 不才な私には何も思い浮かびません」


 絶対、ウソ。返事が白々しいもん。ここまで拒絶されるとかえって清々しくも……ならないよ! ちゃんと傷ついてるよ! 中身はオッサンでも心はナイーブなんだよ!?


 軽くため息を漏らし、俺は執務机の上で両手を組み合わせる。仕方ない。とりあえず、考えていたことをやってみるとしますか。


「では、エレオノーラ殿。私の考えを伝えるが、当面、民心の安定に努めたい」

「よろしいかと」

「とりあえず、領内の各所に救貧院を設ける。併せて公衆浴場も設置したい」


 まずは貧困層の救済、それと衛生面を回復させる。取り急ぎ、飢えている民衆の衣食住環境を整えることを優先させなければいけない。


 すると、やれやれといった具合で、エレオノーラはため息交じりに口を開いた。


「殿下。ご説明しましたが、すでに教会は撤退しております。施しを行うにしても、その受け皿がありません」


 「お前、ちゃんと話聞いてた? やっぱりお子様には理解できないか」とばかりに、エレオノーラはかぶりを振った。まあ、そうなるよね。従来であれば、教会がそういった役割を担っているから、エレオノーラが嫌味を言うのは無理もないよ。


 でも、違うんだ。


「エレオノーラ殿は勘違いをされている。何も教会ばかりが施しを行わなくともよいだろう」

「どういう意味でしょう?」

「領主である私が、直接、施しを行う。救貧院も公衆浴場も、領主の金で建てればいい」

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