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嫌われ王子は働きたくない。 ~なのに、現代知識で戦も政治も無双してしまうので、周囲の期待がとんでもない~  作者: タライ和治


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17.融資

 会社員時代、プレゼン資料を作る機会がそこそこあった。


 いまでは考えられないけれど、右も左もわからない新人時代のプレゼン資料なんか、そりゃあ酷いもので、PowerPointの機能をやたらめったら使った、自分ではかっこいいと思っている、非常に見にくいやつを作ったりしていたわけだ。


 使っている言葉とかも、自分でもよくわかっていないビジネス用語とかばっかりでね。『最もフィジカルで、最もプリミティブで、最もフェティッシュ』みたいな感じのやつ。


 そういうのよくない、ダメ絶対。


 先輩たちにダメ出しをされたおかげもあって、少しずつまともなものが作れるようになってきたんだけど。


 誰に何を伝えたいのかっていうことを理解していなければ、いまだに迷走を続けていたんじゃないかって思えてしまうから怖いものがあるよね。


 そんな経験も異世界に来たら役に立たないだろうなあとか思っていたんだけどさ。


 いやあ、作ることになったよねえ、プレゼン資料。パワポも『いらすとや』の画像もなしで。その上、手書き。紙の質もよくないから、書き直したりなんだりで三日ぐらいかかってしまった。


 で、そんな大作を目の前に対峙する若手商人が熟読していたりする。


 褐色のショートヘア、そして特徴的な糸目。名前をデニスといって、年齢は三十歳らしいけど、外見はもっと若く、二十代前半でも通じるようにみえる。


 商売として取り扱う物はなんでも、だそうだ。それこそ穀物から武器まで幅広く手を出しているとのことで、


「こんな世の中で、私のような弱小商人が生き延びるためには、手広く商いをやっていくしかないのですよ」


 とは本人の弁である。口ぶりや態度は飄々とした様子だが、ごまかされてはいけない。この若手商人は、あのゲラルトの紹介なのだ。


「食えないが、見所がある。将来有望」


 そう論評する団長の言葉通り、デニスは金融業にも手を伸ばそうと目下準備中らしく、その資金力はなかなかのものがある。


「――拝読いたしました。殿下の識見の深さ、そしてお考えの壮大さ、ただただ感服するばかりです」


 ニッコリと笑みをたたえ、デニスは書類をテーブルに戻した。


 “アーベントラント再建計画”、俺がこの三日間作成したプレゼン資料である。


 端的に言えば、「金を貸せ、悪酔いにはしないから」なんだけど、ほら、こういうデリケートな話はちゃんとしたプロセスを踏んだほうがいいでしょう?


 もっとも、貴族の大半は、金を借りる場合、「俺は貴族だぞ、わかってるよな?」的な感じで借用書もなしに借金するそうだけど。ジャイアンかな?


 そういうわけで、プレゼン資料を用意した分、俺のほうがいくぶん紳士的ともいえる。返すあてがどうなるかという不安材料は残るけれど。


「しかしながら」


 デニスの声に意識を現実に引き戻すと、糸目の若手商人はティーカップを口元まで運び、香りを楽しむようにしながら続けるのだった。


「殿下のご提案はいささか開明的に過ぎます。組合に所属していない商人にも自由で開かれた市場を設け、おまけに税は課さない……」


 紅茶を口に含み、喉を潤してから、デニスは改めて口を開いた。


「自由で開かれた商いができる、それは我々商人にとって願ってもないことです。しかし、いささかお考えが飛躍しているようにも思われます。成功する見込みはおありなのですか?」


 そうなのだ。プレゼン資料にまとめた内容、それは日本でいう織田信長が実践した施策である『楽市楽座』の丸パクリなのである。


 誰にでも開かれた市場を設ける。そこで行われる商売に税は課さない。その代わり、商人たちが所有する住宅や土地に固定資産税を設定し、そこから税収を行う。


 自由で開かれた市場は人を呼び込む。やがて人が定着し、経済は循環していく。人が定着すれば、その分、税収は増える。もちろん、住宅や土地を対象にした税なので、持続可能な安定した収入源となり、領内のさらる発展のために投資に使えることができる。


 うーん、今更ながらに思うけど、信長すごいわ。当時、ここまで考えられる人って、相当の切れ者だよ? おかげで日本史を勉強した俺が、異世界にきてその知識を役立てることができたんだもん。


 しかも実地検証済みときてる。これはこちらの世界でもやってみるべき価値はあるでしょう?


 デニスの懸念はもちろんわかる。異世界の概念として、この考えはありえないものだからだ。新機軸過ぎる。


 でもほら、なんていうの。プレゼンってはったりも大事になるし、俺は胸を張って答えたよね。


「ある」


 それはもう、きっぱりと。……正直、それでも三割ぐらい不安はあるけどさ。とりあえず、眼前の商人を説き伏せられたら、この際、オーケーとしておこうじゃないか。


 俺の返答を受け、デニスは顎に手をやり何やら考え込む仕草をしてみせる。


「私も辛酸を舐める機会が多かったため、既得権益のしがらみがない市場は助かるところではあります。この施策を実施するための先行投資も魅力的に思えます」


 顎から手を離し、デニスは俺をまっすぐに見据えた。


「しかしながら、私個人に対する利としてはいささか弱いものがあるのは事実です。私も商人。儲けがなくては困ります。そこはどのようにお考えですか?」

「貴殿にはアーベントラントの専属商人を任せたい。収穫した穀物の卸しから、軍事物資の搬入まで、すべてを貴殿に一任する」

「なるほど。願ってもない話ではあります。ただし、アーベントラントが無事に再建を果たせば、ではありますが」


 若手商人は、いまでは微笑みすら浮かべていない。観察するように俺の表情を伺っている。


「失礼ながら、殿下はお若い。開明的なお考えをお持ちとは理解しましたが、それでも“貴族の墓場”とも称される僻地を統治するには荷が重いのでは」


 遠慮のない発言に、背後に立つ、護衛役のレオンハルトが殺気立っているのがわかる。面会前に「何があっても口を挟まないように」と釘を刺しておいてよかったな。


「あるいは殿下を快く思わない方々が、妨害してくる恐れもあります。それらを排除して、なおかつアーベントラントを復興させる。その自信がおありなのですか?」

「貴殿の懸念はもっともだ。だが、しかし、私はあの領地をなんとしてでも復興させるつもりなのだよ」


 確かにね、政治的な手腕を振るったこともないし、ゲーム以外で都市運営なんてやったこともないけどさ。王侯貴族の失策で飢えている人たちがいるんでしょう? なんとかしてやりたいっていうのが当然の心理というか。


 異世界版の楽市楽座がどうなるかはやってみないとわからないけど、せめてみんなが幸せに暮らしていけるような環境は整えてやりたいのさ。


 ……まあ、こんな青臭いことをいったところで、利に聡い商人には響かないだろうけど。だから、実際には違うことを言ってごまかすことに決めたわけだ。


「デニス殿。私は近い将来、隠居しようと心に決めているのだよ」

「……は? 隠居、ですか?」

「うん。領主として落ち着いたら、どこか小さな村にでも引っ越して、悠々自適に暮らすつもりなんだ」

「しかしながら、殿下はまだお若い。宮中でもご活躍の場があるはず」

「貴殿も知っているだろうが、残念ながら私は嫌われていてね。宮中に居場所などないのだよ」


 苦笑いを返しながら、俺は語をついだ。

「権謀術数もこりごりだ。遠く離れたアーベントラントで、民衆とともにのんびりとした生活を送るためにも、あの地を復興させなければならないのだ。いわば、将来のための先行投資というやつさ」


 糸目を見開いて、デニスはこちらの言葉を待っている。


「とはいえ、私の力が及ばない可能性も捨てきれない。そうなった場合、貴殿から借りた資金を返すあてもない」

「…………」

「だからこそ、私の首を担保にかける。アーベントラントで謀反を企てたでも何でもいい。私の身柄をミヒャエル殿下やエーミール殿下に引き渡すといい。罪人を引き渡した功績として、貴殿を重く用いてくれるだろう」


 担保の話はプレゼン資料にも書いておいたんだけど、念のためね。表面上、こっちにはそのぐらいの覚悟はありますよっていうところは見せておかないといけない。


「ゲラルト殿から伺っておりましたが……。失礼ながら、殿下は変わったお方とお見受けしました」


 吐息とともに言葉を漏らしたデニスは、再び穏やかな笑みを表情にたたえる。


「褒め言葉と受け取っていいのかな」

「まったく、とんでもないお方を紹介していただきました。かなうことなら、将来は処刑台の上ではなく、畑を耕す殿下のお姿をお見受けしたいものです」

「そうなるよう、努力しよう」


 ――こうして、若手商人デニスとの面会は終わり、俺は融資を取り付けることに成功したのだった。


 それから三週間が経過し。


 俺とレオンハルトは直属の兵五百人を引き連れ、アーベントラントの地を踏むことになる。


 着任期日前日のことだった。

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