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嫌われ王子は働きたくない。 ~なのに、現代知識で戦も政治も無双してしまうので、周囲の期待がとんでもない~  作者: タライ和治


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11.アルフォンス十二歳

 鳥のさえずりが響き渡っている。


 深い森の中、俺は大地と同化するように茂みへ身を潜ませては、静かに息を吐いた。


 遠くには耳を立てる野ウサギがいて、キョロキョロとあたりを見渡しては様子をうかがっている。


 その動きが止まるのを、じっと待ち続ける。程なくすると、野ウサギの注意はそれたらしい。木の実を食べ始める野ウサギは格好の標的となり、俺は慎重に狙いを定めてから、弓の弦を引き延ばし、矢を放った。


 風を切る音と共に、野ウサギの身体を矢が貫通する。絶命の瞬間に放たれる、ピィッという鳴き声を耳にして、俺は静かに立ち上がった。


 仕留めた野ウサギのもとには、すでにゲラルトが足を運んでいて、俺より先に獲物の品定めをしていた。


「ふむ。なかなかの大きさを仕留めたな、坊や。弓も上達しているとみえる。まあ、まだまだ精進が必要だがな」


 そう言って、ゲラルトは矢を抜き取ってから、野ウサギを俺に預けた。これから皮剥ぎとか、内臓の処理をしなければいけない。


 まったく、ついこの間まで、会社でパソコンに向かってExcelなどを相手にしていればよかったというのに、何の因果か不慣れな狩人生活が始まってしまった。


 異世界に来てから始まった第二の人生。アルフォンスになって三年が経過する。十二歳となってしみじみ思うのは、チートや特筆すべき能力もなく、よく生き延びることができたなと。ただただ、それに尽きる。


 それもこれも、アルフォンスを心優しく見守る老夫婦と、ゲラルト率いる傭兵団『暁の狼』の存在が大きい。


 二年前、酒場の前で出会いを果たして以来というもの、ゲラルトはなんだかんだと俺の面倒を見てくれるようになったのだ。


 知識面は周囲の知り合いたちに説明を任せ、ゲラルト自身は「訓練をつけてやろう」と、剣やら弓の手ほどきをしてくれるようになった。


 で、仕事の合間を縫っては、王都の外れにある森へと狩猟に連れて行ってくれると、そういうわけなのだ。


「狩りは訓練の場としてぴったりだ。自分の腕次第で美味い肉も食える」


 子どもはたっぷり肉を食えというのが、ゲラルトだけでなく傭兵団の大人たちに共通する意見らしい。まあ、実際、街で買う生肉は高いからなあ。容易に子どもが食べられるかっていうと、なかなか難しいものがあるんだよね。


 ちなみに。


 俺を狩りに誘う際、必ず、ゲラルトは老夫婦に許可をもらってから、森に連れて行ってくれる。意外にも紳士的な一面があるんだなとか思っていたんだけど、どうやら、アルフォンス自身に親がいないことが影響しているみたいだ。


 いや、なんかね? 教会に足繁く通っていたじゃないですか。で、しばらくしてから家に帰ると、おばあさんからこんなことを言われたんですよ。


「こんなに真面目に精霊神様へお祈りを捧げにいくなんて……。亡くなったお母さんも喜ぶわよ」


 そこで初めて、アルフォンス君のお母さん亡くなっていたんだと知ったんだよね。親戚の老夫婦に預けて、どこかで働いているのかなあとか思っていたんだけど、どうやら違うらしいぞ、と。


 肝心の父親はと言えば、こちらは不明らしい。これは近所に住む恰幅のいいご婦人たちが噂話をしているところを耳にしてしまった。


 少数民族出身の娘が身ごもったものの、両親はすでに他界。遠縁の親戚を頼ってここにきたとかなんとか……。


 噂話なので信憑性は定かでないが、とにもかくにもアルフォンスには両親がいないのだという事実だけはわかった。中身がオッサンでなければ、なかなか酷な環境と言わざるを得ないね。


 ともあれ、そんな出自もあってか、ゲラルトがいろいろ配慮してくれているのだ。くえないオッサンだと思っていたんだけど、根はいい人らしい。できれば、日本にいた時の姿で酒を酌み交わしたかったなあ。


 ともあれ。


 今日も今日とて狩りを終えた俺とゲラルト一行は、大量の獲物を抱えて王都に戻ってきたのだった。


 ウサギ・鹿・猪などなど。これらの獲物のほとんどは孤児院やら貧民層へ分け与えることになっている。最初の頃はてっきり傭兵たちの間でだけ分配するのかと考えていたのだけれど、彼ら曰く「自分たちは狩りを楽しめれば、それでいい」と。


「おれたちは肉なんて食い飽きているからな。食べ慣れない連中に分けたほうが、肉も喜ぶだろ」


 いつものように不敵に笑い、ゲラルトは慣れた手つきで獲物をさばいていく。どう考えても照れ隠しでしかないのだが、突っ込むと後が怖いので黙っておこう。


 住民たちの感謝の声をさらりと受け流しつつ、最後に残った野ウサギの肉を抱えた俺とゲラルトは、老夫婦が待つ自宅へと足を運ぶのだった。


「わざわざ家まで送ってくれなくてもいいのに」


 一人で帰れるというアピールをしたつもりなのだが、断固としてゲラルトは受け付けない。


「最近はこの一帯も治安が悪くなってきた。坊やに何かあって、あの老夫婦を悲しませるわけにはいかないからな」


 こういうことを照れもなく言えるところに、会社員時代の俺にはなかった大人の余裕を感じるな。ダンディズムってやつ? 同年代のはずなんだけど、おっかしいなあ……。


 そんなことを考えていると、ふと、団長が足を止め、前方に不審な眼差しを向けていることがわかった。


「……なんだ、あれは?」


 つられて視線を向けた先には、下町にそぐわない豪奢な馬車が自宅の前に止まっているのが見て取れる。


 野次馬だろうか、住民たちが遠巻きに好奇の瞳を向けていて、俺とゲラルトはそれらを割って入るように自宅へと急いだ。


 その時である。自宅の扉が開かれ、困惑の表情を浮かべる老夫婦と共に、見事な服装に身を包んだ、身分卑しからぬ男性が姿を現した。


 何があったのかと慌てて駆け寄る俺を見て、男性が老夫婦に尋ねる。


「もしや、このお方が……」


 老夫婦が黙ったまま何も答えず、静かに頷くのを確認し、男性はこちらに向き直った。


「貴方様を探して、実に三年。ようやくお目にかかることができました」

「……あの、どちら様でしょうか」

「国王ベルンハルト十三世の遣いの者でございます。貴方様をお迎えにあがりました」


 ベルンハルト十三世、文字通り、ベルンハルト王国を統治する国王なのだが……。その王様が、どうして俺を迎えに来たというのか? 悪いことは何もやっていないはずなんだけど。


 これがゲーム的展開ならば、俺に何かしらの力が秘められていて、魔王と倒す勇者として迎え入れられるとかさ。はたまたラノベ的展開であれば、王様の庶子であることが判明して、王子として宮中に迎え入れられるとかなんだけどね?


 脳天気にそんなことを考えながら、男性の言葉を待つ。いやはや、現実ってヤツは悲しいね。それはないだろうって予想だけは的中させてくるんだもん。


「貴方様は、不可侵にして神聖なる王、ベルンハルト十三世の正統な血を引く第七王子であらせられるのです」


 うーん、ラノベ的展開だったかー。……はい?


「人違いでは?」

「いえ、間違いありません。その特徴的な黒髪、噂に聞く明敏さ。どれをとっても貴方様こそが、第七王子である証拠を示しているのです。アルフォンス様」


 助けを求めるように老夫婦へと視線を向ける。すると、二人揃って静かに頷いてみせて……って、マジで?


「とにかく、所在がわかり安心いたしました。衛兵にご自宅を守らせます故、本日のところはゆっくりとお休みくださいませ」


 明日、改めて迎えに上がりますと言い残し、男性は馬車に乗って去って行く。同時に、自宅の周りは衛兵に囲まれ、その様子からは「守る」というよりも「逃げるな」という姿勢が垣間見える。


「……事情を伺わせていただけるとありがたいのだが」


 ゲラルトが切り出すと、静かに老夫婦は自宅の中へと俺たちを招き入れた。そして、隠されていたアルフォンスの出自について語り出すのだった。


***


 そもそもアルフォンスの母親は、少数民族である『黒の民』の出身だそうだ。治世三〇〇年の間、この民族は迫害され、いまや数えるほどしか存在していないらしい。


 そんな中、仕事を求めていた母親は、召使いとして宮中に仕えるようになる。そして、猟食で知られる国王ベルンハルト十三世のお手つきとなると、やがて国王の子を身ごもってしまうのだった。


 そのことを知った貴族たちは大慌て。忌み嫌われた少数民族の血筋を跡目争いに加えてなるものかと、宮中から母親を追放する。


 そして、親戚の老夫婦を頼った母親はアルフォンスを出産後に他界、現在に至る。


 ……あまりにもよくある話に閉口していると、恐らく同じ感想を抱いていたのだろう。ゲラルトが口を開いた。


「どうにもわからない。それなら、なぜ、いまこのタイミングで坊やを宮中に迎え入れようという流れになったんだ?」


 まったくもって当然の疑問は、先ほどの男性が老夫婦に説明してくれたそうだ。


 話によると、ベルンハルト十三世は大病を患い、精神的にも衰弱の一途を辿っている。そんな病床の中、かつて自分が手をつけた召使いの存在を思い出したらしい。


「死ぬ前に、あの娘と子どもに会いたい。何もしてやれなかった罪滅ぼしとして、せめて宮中に迎え入れたい」


 で、文官たちは大慌て。王都のあちらこちらへ兵士を派遣し、それらしい特徴の母親と子どもを探索させ続けた。


 結果、母親は見つからなかったものの、外見的特徴の一致する俺を探し出すことができた。ほかにも似たような子どもがいたことはいたのだが、毎日のように教会に通う信心深さや、大人たちから知識を学ぶ姿も、王子たるにふさわしいという後押しになってしまったみたいだ。ずいぶんと根拠薄弱だことで。


 個人的には信心なんてものはなく、ただ単に勉強したいから教会に通っていただけなんだけど……。どうにもすべての行動が裏目に出てしまったようだ。まさかこんな展開を迎えることになるとはなあ。


 ……待てよ? あの人、俺を三年間探していたとか言ってなかったか? アルフォンスとして生まれ変わった俺が、教会に足を運んでいなかったら、別の展開もあり得たってことなんじゃないか? うわあ、そう考えると怖いものがあるな。


「それでどうする?」


 思考の海から意識を引き上げた先には、ゲラルトの顔があって、俺は肩をすくめそうになるのを堪えると、逆に問い返した。


「どうするって?」

「王子になるんだろう? あの様子から察するに連中は逃がしてくれる気もなさそうだが……」


 そこまで言うとゲラルトは口をつぐんだ。あるいは、堅苦しいしがらみから逃れるために、団長は力を尽くし、俺を逃がしてくれる手はずを整えてくれるのかもしれない。


 俺は王子であるという外見的証拠となった、黒い頭髪を軽くかき回し、ゲラルトに向き直った。


「……妙な抵抗は止めておくよ。周りに迷惑をかけるわけにもいかないからね」


 王子という立場から逃げたところで、残された人々、特に老夫婦や近所の人たち、それに団長率いる『暁の狼』が被害を被ることは容易に想像できる。


「取って食われるわけでもないし、ひとまずは大人しく、宮中へ向かうことにするさ」


 苦笑しながら応じる俺に、ゲラルトは「そうか」と頷き、それから数拍の時を置いて続けるのだった。


「まあ、坊やなら王子でもやっていけるだろう。なにせ、おれが直々に指導したんだからな。国王に会ったら、せいぜい、ほったらかされていた分の小遣いでもせびってやればいい」


 ゲラルトはいつも通りの不敵な笑みをたたえ、そして俺の背中を数回叩いた。いつもより力がこもっていたように感じたけれど、それは俺の気のせいかも知れない。


 老婆は静かに涙をこぼし、それをいたわるように老人が肩を抱きしめている。アルフォンスとの別離を惜しむように。悲しくも美しいこの光景を、俺はきっと忘れないだろう。

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