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嫌われ王子は働きたくない。 ~なのに、現代知識で戦も政治も無双してしまうので、周囲の期待がとんでもない~  作者: タライ和治


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10.ゲラルトとアルフォンス

 ゲラルトは迷っていた。


 不敵と不遜を自認するゲラルトだ。迷いは忌避すべきであり、不愉快な経験でもあった。


 傭兵団『暁の狼』を率いる団長でもあるゲラルトは、また、名の知れた歴戦の猛者でもある。そのいかめしい外見は、大抵の人物が威圧感を覚えるほどなのだが、その実、彼の素顔といえば知的で冷静沈着だった。


 論理に裏打ちされた、常に理性を優先させる行動。そうでなければ、傭兵団の団長は務まらないとゲラルトは考えている。二〇〇人以上の傭兵の生命を預かるために、団長たるもの明敏でなければならないのだ。


 その彼が、この三ヶ月ほど、断を下せずにいる。


(拠点を変えるべきか、否か……)


 現状、傭兵団『暁の狼』の拠点は、生まれ故郷でもあるベルンハルト王国なのだが、それを隣国のラインフェルト双鷲(そうしゅう)帝国に移すべきか、思案に明け暮れているのだった。


 そもそも、どうしてそのような考えに至ったのか。


 理由はいくつか挙げられるのだが、その中で、もっとも大きい割合を占めるのは政治体制への不信である。


 英雄ヘルムートの建国から、治世三〇〇年。現状、ベルンハルト十三世が統治するこの国は、残念なことに荒廃の一途を辿っている。


 元よりベルンハルト八世の時代から、平民たちの不平不満が高まっていたものの、特にこの二十年は凋落が激しい。一部の貴族や上流階級を養うために、様々な名目の税が民衆に課せられ、結果、貧民層が激増した。


 スラムは拡大し、いたるところに、ごろつきや犯罪者がたむろするようになっている。わずかな物資を巡って殺傷事件や強盗が多発しているが、憲兵は見て見ぬ振りを決め込み、富裕層の暮らす治安の良い環境から出ようとしない。


 傭兵団として請け負う仕事も、そのほとんどが、国内外を移動する大商人の護衛が主となっていた。金銭の匂いをわずかでもまとっていると、身代金目的の誘拐の危険があるのだ。


 この国は、もはや安心して出歩ける場所がないのではないか。そんな思いすらゲラルトにはある。


 護衛という仕事に対する不満もあった。豊かな人生を送ることを信念とする彼は、美酒と美女、そして生命の駆け引きを何よりの楽しみとしてきたのだ。


 戦場で感じることができる、生きるか死ぬかという興奮に比べれば、護衛など退屈な仕事にすぎない。なにより『暁の狼』は勇名でも知られていたから、そこらにいる盗賊などが襲いかかってくるはずもなく、依頼人を送り迎えするだけで済んでいたのである。


 もっとも、依頼人側とすれば、安全が担保されている以上、これほどまでに心強い存在はなかったのだが。


 喜んで報酬を支払い、次回以降もよろしく頼むという大商人の言葉に、ゲラルトはただただ渋面で応じるのだった。


 このような事情から、彼は拠点を移そうかと思い立ったのである。しかし、それを実行するまでには至っていない。


 まず、多くの傭兵たちが、王国内に家庭を持っていることが影響している。ゲラルト自身は独身だが、妻子を抱えた部下にとって、住み慣れた場所を離れるというのはなかなかに酷なものがある。


 そして何より、傭兵たちが、誇り高き『森の民』の末裔だということが、行動に踏み出せない大きな(かせ)となっていた。


 大陸に厄災をもたらした、邪龍を打ち倒し九人の英雄。昔話では、特にこの九人ばかりが注目されるが、実際のところ、これらの人物以外にも活躍した人々が存在するのだ。


 中でもリーダー格であるヘルムートの下には、多くの『森の民』が付き従っており、その覇業に貢献した事実が残されている。よって、彼ら『森の民』にとっては、宮中にいる貴族連中ではなく、自分たちこそがベルンハルト王国を興したという自負と誇りがあるのだった。


 柔軟性に富んだ思考の持ち主であるゲラルトにしてみれば、そのような、ある種の呪縛にとらわれる必要はなかったが、従う部下たちにしてみれば、面白く思わないだろうということは容易に想像できる。どうして自分たちの国を捨て、隣国、そして敵国でもある帝国へ拠点を移動させなければならないのか。


 様々な理由から判断を先延ばしにし続け、気付けば、三ヶ月が経過した。没落してゆく王国に留まること、勢いに勝る帝国へ移ること、どちらかに決定的な後押しがあれば、おのずと天秤も傾くのだが……。


 そんなある日のこと。


 護衛の仕事を終え、馴染みの酒場である『風見鶏の丘』へ足を運んだゲラルトは、見慣れない人影が隠れるようにして店の横に潜んでいるのを見つけたのである。


 見たところ、十歳ぐらいの子どもに見える。黒髪の幼い顔ながら、眉間にしわを寄せていて、何やら考え込んでいる様子だ。


(飲んだくれている親でも待っているのか?)


 最初はそう考えたゲラルトだったが、翌日も、翌々日も同じように潜んでいる子どもの姿に、何かをやっているなという思いを抱くようになる。


 そして、最初に子どもを見かけてから五日が経過し、ゲラルトは行動を起こした。実際に何をやっているのか確かめるべく、話しかけようと思い立ったのだ。


 もっとも、自分自身、強面の自覚があるので、直前で逃げられてしまうかもしれない。内心で苦笑しながら話しかけたゲラルトは、だがしかし、怯えも逃げもしない、堂々とした立ち振る舞いをする子どもの姿に驚きを覚えた。


 そしてその姿は、自分の幼少期に通じるものがある。やけにませた生意気なガキだと、近所の大人には嫌われていたなと振り返りつつ、もしも自分に子どもがいたらこんな感じだったのだろうかと、ゲラルトは一瞬、疑似父親めいた思いを抱くのだった。もちろん、そんな思いは一瞬で消え去ったが。


 話を聞くところ、この子どもはこの国の実情を知りたいと、大人たちの集まる酒場までやってきたのだという。


 ゲラルトは尋ねた。


「それで? それを知ってどうする。まさか知識欲だけでここに来たわけではないだろう?」


 子どもは答える。


「この国で、どう生きていくべきか。それを見極めるためにも知識を蓄えたいんだ」


 ゲラルトは呆気にとられた。三十年生きているが、こんな子どもに会ったことがない。その口調も真面目そのもので、背伸びや好奇心からくるものではなさそうだ。


 子どもの真剣な瞳を見つめながら、ゲラルトは笑い声を上げた。こいつは、なかなかに面白い。どう生きていくべきかなど、大人ですら、わからない連中が多いというのに。


 子どもの名前はアルフォンスというそうだ。ゲラルトはアルフォンスを引き連れて酒場の中に入ると、アルフォンスの要望通り、この国の内情に通じた人物たちをテーブルに呼び寄せた。


 大人たちの話に、アルフォンスがどういう反応を示すか、一種の興味があった。聡い子どもの姿に、鬱々とした気が多少は紛れるだろうという思いもある。最悪、酒の肴になれば、それでも十分だった。


 しかしながら、大人たちの話に耳を傾けるアルフォンスの姿は、子どものそれではなかった。


 最初は渋々といった面持ちの大人たちが、だんだんと熱を帯び、真剣な表情に変わっていくのがわかる。一を説明すると、アルフォンスから十の問いかけが返ってくるのだ。それも説明された内容をしっかりと把握した上で。


 ゲラルトは口に運びかけたジョッキをテーブルに戻すと、やがて、その様子を食い入って眺めるようになった。アルフォンスの姿が、同年代、いや、自分より年上の成熟した大人に見える錯覚すら抱いてしまう。


 程なくすると、アルフォンスの質問はいよいよ核心を突くようになり、今度は大人たちが思案を巡らせる時間が長くなっていく。


 土に水が染みこんでいくように、目の間にいる子どもが、瞬く間に知識を蓄えていくのである。その光景は、ゲラルトにとって驚きと清新に満ちたものであり、なおかつ、恐怖を抱かせるのにも十分すぎるものであった。


(こいつは神童なんて呼べるものじゃない。言い表すのであれば、怪物だな)


 大人たちを知で凌駕するアルフォンスを見ながら、同時に、ゲラルトは自分の中に、とある思いが芽生えつつあることを自覚した。


 堕落しきったこの国に、こんな子どもがいるのであれば、その成長を見届けるのも悪くはない、と。


 それはこの三ヶ月、均衡を保っていた天秤を傾けさせる決定打になりそうである。


 いまや顔中にかいた汗を拭うのに必死な大人たちの中で、まだまだ聞き足りないことがあると言いたげなアルフォンスに対し、ゲラルトは出会った時には思ってもいなかった言葉を口にするのだった。


「坊や。明日も時間はあるかい?」

「うん。あるけど」

「それなら、明日も来るといい。坊やが満足するまで、いろいろ教えてやろうじゃないか」


 破顔するアルフォンスに、心の中で乾杯を上げつつ、ゲラルトはエールで満たされたジョッキをあおった。彼らしく、不敵な笑みをたたえて。

***

連続更新4日目です!

これからは毎週土曜日に更新予定となります!

よろしくお願いいたします!

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