第8話 コスプレ姿で元カノと遭遇した結果、修羅場すぎる
──ピンポーン
インターホンが鳴った。
「こんな時間に誰だろ?」
莉乃が首をかしげる。
俺はコスプレ姿のままモニターに向かった。
「……っ」
画面越しに映っていたのは桜子だった。
「お兄、どうしたの?」
「……桜子だ」
「えっ?」
莉乃がモニターの前に回り込んで画面を覗き込む。
「……は? 何しに来たわけ……」
応対せずにいると、桜子がインターホンを何度も押し始める。
ぴんぽん、ぴんぽん、ぴんぽん……無機質な電子音が、リビングに響き続けた。
「無視しよ」
「そうだな」
莉乃が苛立ったように言う。
どのみちこの格好のままじゃ出れない。このまま居留守を決め込もう──そう思った、その時だった。
──ガチャリ。
「え?」
鈍い音が玄関から聞こえてきた。俺と莉乃が顔を見合わせる。
「え、今、鍵……?」
しまった。そういえば鍵を閉め忘れていたかもしれない。
足音が近づいてくる。
桜子がリビングに現れ、俺を見た瞬間、完全に固まった。
コスプレ姿の俺と、同じく衣装に身を包んだ莉乃。その光景を前に、桜子の目が丸くなる。
「……翔、くん?」
「なに勝手に入ってきてんだよ」
「あ、えっと、ごめん。開いてたから……」
「開いてたら勝手に入んのか」
「で、でも、翔くんが出てくれないから……」
「それが勝手に入っていい理由にはならないだろ」
俺も軽蔑するように桜子を見つめる。
莉乃も呆れたように肩を落とした。
「て、てか翔くんでいいんだよ、ね?」
桜子が震え声で俺を見つめる。
そうだ。今の俺は、銀髪のウィッグにアニメキャラの制服、そして化粧まで施されている。
「帰ってくれないかな」
質問には答えず投げやりに言うと、桜子は頬を微かに赤く染めた。
「翔くん、すごく……似合ってる」
「は?」
「かっこいい……」
そう言って、桜子は俺をまじまじと見つめた。
莉乃が俺の前に出た。
「桜子ちゃん、何しに来たの?」
低く抑えた声に、桜子が一瞬たじろいだ。
「……その、話したいことがあって」
「そうなんだ。でもお兄は浮気女と話すことないって」
「……莉乃ちゃんには関係ないじゃん。あたしと翔くんの問題に口出さないで」
「関係ないわけないでしょ。お兄が酷いことされたんだよ。身内がどうして黙ってなきゃいけないの」
「身内って、莉乃ちゃんは本当の妹じゃないでしょ」
「はあ? 血繋がってないとダメだって言いたいわけ? 普通にムカつくんだけど」
「でも、血が繋がってないの引け目感じてるから、翔くんのこと過剰にお兄ちゃん扱いしてるんでしょ。その歳で『お兄』なんて呼んでる子みたことないし」
「そんなの関係ないじゃん……」
「そっちが先に仕掛けてきたんでしょ。言われたくないなら口出さないで」
「どうしよ、本当にムカつくんだけど」
莉乃の顔が真っ青になる。
「莉乃、耳貸すなよ」
俺が間に入ろうとするが、莉乃は桜子を睨み続けた。
俺は重たく息をこぼし、桜子に視線を向ける。
「お前、いい加減にしろよ」
俺の冷たい声に、桜子がビクッと肩を震わせる。
「なんで莉乃にそんなこと言うんだよ。俺を傷つけるだけじゃ足りないのか?」
「そんなつもりじゃ……っ」
「じゃあなんだよ。俺の大切な妹を傷つけて、お前は何がしたいんだ」
桜子の顔が真っ青になる。
「あたしはただ、翔くんと元に戻りたいだけ……」
「だったら関係壊すようなことしなきゃよかっただろ」
桜子が言葉に詰まる。
「あたしは翔くんに変わって欲しかった!」
「は?」
「もっとかっこよくなってほしかった。オシャレして、みんなに自慢できる彼氏になってほしかった!」
莉乃が信じられないという顔をする。
「でも翔くんは全然変わってくれなくて……同じ服ばっかり着て、髪も寝癖整えるくらいだし。幼馴染の頃から変わってくれなかった」
「それならそう言えばよかっただろ。言ってくれりゃ──」
「言わなくても察してよ! 何も言わなくてもあたしのこと分かってよ! 付き合ってるんだからカノジョの思っていることくらい全部理解して当然でしょ!?」
何を言っているんだ、こいつは……。
「健太郎さんは、あたしの理想通りの人だった。かっこよくて、オシャレで、一緒にいて恥ずかしくない人だった」
「……最低」
莉乃が小さく呟く。
「でも今の翔くん、健太郎さんなんかどうでもいいくらいカッコいい。てかやだ。あたしと別れた途端、カッコよくなって女子の人気上がって、他の子と付き合ったりするとか耐えられない! そんなの、私が惨めすぎる!」
「ふざけんな」
俺の声が低くなる。
「ふざけてるのは翔くんだよ。あたしと付き合ってるときに、今みたいになってよ。そしたら浮気なんてしなかった!」
「お前は俺という人間を見てなかったんだな。そんなに見た目が大事かよ」
頭が、ズキズキする。
この期に及んで、自分の都合だけを並べ立てて──傷つけたことを正当化して、それでも「戻りたい」と言い出す。
そんなの、ただの自己保身だろ。
俺は桜子を見つめたまま、ゆっくりと息を吐いた。
「……なんとか言えよ」
問いかける声は、自分でも驚くほど低かった。
桜子は何も答えなかった。ただ、俺の顔を見て、口元を震わせていた。