第6話 義妹にコスプレを頼まれたので、仕方なく付き合ってあげた①
家に帰ると、莉乃が居間でスマホをいじっていた。
「お帰り、お兄。どうだった?」
「どうって……まあ、普通に話しただけだよ」
「いやいや芸能人のカノジョが出来たんだから、もっと調子乗っていいんだよ?」
「いや付き合うって決まったわけじゃないから。全然、遥香のこと知らないし」
「うわぁ、お兄ってそういうとこあるよね。さっさと付き合っちゃえばいいのに」
莉乃の表情が微妙に曇ったような気がしたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「遥香ちゃん、すごく積極的だったでしょ?」
「まあ、そうだな」
「わかってると思うけど、本気だよアレ。揶揄われているわけじゃないから、ちゃんと向き合ってあげないとダメだよ」
「お、おお……」
「ま、お兄が気が引ける気持ちもわかるけどね。遥香ちゃんに釣り合う男になるまで、私がちゃんとプロデュースしてあげる」
そう言って、莉乃は立ち上がる。
「じゃ、スキンケアしよっか」
「スキンケア?」
「うん。肌が綺麗だと印象全然違うからね。ちょっとこっちきて」
莉乃が俺を洗面所に引っ張っていく。
鏡の前に立たせられた。
「はい、これ使って」
「……洗顔フォーム?」
「そう。それと化粧水と乳液。あと、眉毛もまだ完璧じゃないから少し整えるね」
「お、おう」
「まず洗顔から。泡立てて、優しく洗うの」
「優しくって、こうか……?」
「全然違うよ! ほら、こうやって泡を立てて」
莉乃が手際よく洗顔フォームを泡立てる。その泡を俺の顔に載せ、指でくるくると回すように洗っていく。
「自分でやれるって……」
「だめ。力加減が大事なの」
莉乃の手が俺の頬を優しく撫でる。なんだかくすぐったくて、少し心拍が上がっているのがわかる。
「はい、洗い流してー」
顔を洗い流すと、確かにいつもより肌がすべすべした感じがする。
「次は化粧水ね」
莉乃が化粧水を手に取り、俺の顔に軽くパッティングしていく。
「なんか恥ずかしいな……」
「恥ずかしくないよ。男もちゃんと肌を気にする時代なんだから」
「さいですか」
「さいです」
最後に乳液を塗ってもらい、眉毛も少し整えてもらう。
「はい、完成! 鏡見て」
鏡を覗くと、確かに肌にツヤが出て、眉毛もより形が整っている。
「結構違うもんだな」
「でしょ? これを毎日続ければ、もっと肌が綺麗になるよ」
莉乃が満足そうに頷く。
「ね、ねえお兄?」
莉乃がもじもじし始めた。
「ん?」
「綺麗になったところで一つ、お願いがあるんだけど……」
「お願い?」
「お兄に……コスプレ、手伝ってもらいたいんだっ」
「はあ?」
俺は間の抜けた声を出した。
「兄妹キャラのコスプレがしたくてさ。でも一人じゃできないから……」
「そんなの他のコスプレ仲間とかに頼めよ」
「無理無理! 私が連絡取れる子、そんな多くないし。男の人脈はからっきしなんだから」
「いや、でも俺がコスプレって……」
「お願い! 一回だけでいいから!」
莉乃が両手を合わせて拝むように頼んでくる。
「一応聞くけど、どんなキャラ?」
「これ! 『魔法学園アストレア』って作品なんだけど、その主人公と妹! お兄の雰囲気にぴったりだと思うの!」
莉乃がスマホを取り出して、キャラクターの画像を見せてくる。
「似てるか? そもそもアニメキャラに似てるも何もないだろ」
「んー、じゃこっちのがわかりやすいかな」
次に見せてきたのはこのキャラにコスプレした男の写真。
確かに、若干、俺と似ているような気もする。
「でも、コスプレなんてしたことないし……」
「大丈夫! 私が全部準備するから!」
「てか、莉乃はいつも一人で写真取ってネットにあげてるだろ。なんで急に」
「だって……」
莉乃が少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
「お兄と一緒にコスプレするの、ちょっと憧れてたから」
その言葉を聞いて、俺の心が少し揺れた。
「……今回だけだからな」
「本当!? やった!」
莉乃が嬉しそうに跳び上がった。