表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/16

第5話 元カノの嫉妬が手遅れすぎる件について

「よかったら、わたしと恋人になってくれませんか!」


 頭の中が追いつかないまま、俺はただその場に立ち尽くしていた。


「よ、よかったじゃんお兄!」


 動揺を隠せない俺の背中を、莉乃が思いきり叩いてくる。声が軽く裏返ってるのは気のせいか? 


「あ、そだ。別件あるの思い出したから先に帰るね!」


「は? ちょっと、莉乃?」


「じゃあお二人でゆっくりどうぞ〜!」


 慌ただしく手を振り、莉乃は逃げるように去っていった。


 ──完全に置いていかれた。


「……翔太さん。この後、時間ありますか?」


 遥香が、少しだけ不安そうな顔で俺を見上げてきた。


「えっと……まあ、あるけど」


「じゃあ、近くのファミレスに行きませんか? わたし、もっとお話したいです」


 ぐいぐい来るな……。

 断る理由も見当たらず、俺はうなずいた。



 ファミレスのボックス席。対面に座った遥香が、水を一口飲んで息をつく。


「わたし、こういうの初めてで……すごく緊張してます」


「こういうの?」


「デート、みたいなもの……です」


 遥香が指先でストローの包装をくるくると巻きながら、恥ずかしそうに言った。


「……さっきは変なこと言ってごめんなさい」


「いや、謝らなくていいよ。驚いたけど」


「そうですよね。初対面でいきなり“恋人になって”なんて、変ですよね」


「なかなか聞かないセリフではあるな」


 遥香が「ですよね〜」と苦笑いする。


 思ってたより、ずっと普通の子だった。元子役だとか芸能人だとか、さっきまでの華やかな肩書きは、今はただの背景みたいに思える。


「てか、本気で言ってるって思っていいの?」


「は、はい! 本気です!」


 堂々と返されて、俺は言葉に詰まった。


 その後も遥香は積極的だった。


 好きな食べ物、好きな映画、得意科目、苦手な虫──とにかく、俺のことをもっと知りたいとばかりに質問を浴びせてくる。


 そして、聞いた分だけ、自分のことも包み隠さず話してくれる。


「……翔太さんの好きなタイプは?」


 そんな質問も当然のように飛んできた。


「えっと……ふつうに話せて、一緒にいて落ち着ける人とか……?」


「なるほど……」


 遥香は頷いたあと、真顔で言った。


「じゃあ、頑張らなきゃですね」


 視線が真っ直ぐすぎて、少しだけたじろいだ。


 と、そのときだった。


 ファミレスの入り口から、見覚えのある人影が入ってきた。


 桜子だった。


 待ち合わせでもしているのか、一人でキョロキョロと店内を見回している。


 そして、俺と目が合った。


 桜子の表情が明らかに変わる。

 驚きと、戸惑いと、何か複雑な感情が混じったような顔。


 俺は桜子から視線を逸らした。


「翔太さん? えっと、お知り合いですか?」


「……元カノ」


 俺は端的に答えた。


「そう、なんですね」


 遥香はそれ以上は聞かず、理解を示すように頷いた。


「あの、そろそろ出ませんか?」


 遥香が気を遣って提案してくれる。


「ああ、そうしよう」


 俺は立ち上がった。桜子のことを意識しないように、でも自然に。


 会計を済ませて店を出る時、桜子の方は見なかった。



 ファミレスを出て、夕暮れの商店街を歩く。


「今日は楽しかったです」


 遥香が俺の隣で、少し照れたような笑顔を見せる。


「俺も……まあ、楽しかった」


「その……」


 遥香が立ち止まって、俺の方を向いた。頬が薄っすらと赤い。


「連絡先、交換してもらえませんか!?」


 思い切ったように言われて、俺は少し戸惑う。


「あ、ああ……いいけど」


「ほんとですか!? やったぁ!」


 遥香が嬉しそうに手を叩く。互いにスマホを取り出し、SNSアプリを開く。

 遥香が慣れた手つきでQRコードを読み取り、すぐにメッセージを送ってくる。


『遥香です♪ 今日はありがとうございました!』


「届きました?」


「ああ、届いた」


 俺が返事をすると、遥香がにっこりと笑った。


「また、お時間がある時にお話しませんか? 今度は……もっとゆっくりと」


 その言葉に少しドキッとする。


「まあ、時間があれば」


「はい! じゃあ、また連絡しますね」


 遥香は軽く手を振って、駅の方向へ歩いていく。その後ろ姿を見送りながら、俺は複雑な気持ちだった。


 そんな時、背後から声をかけられた。


「翔くん」


 振り返ると、桜子が立っていた。さっきファミレスで見かけた時とは違い、なんだか落ち着かない様子で俺を見つめている。


「……なんだよ」


「さっきの子、誰?」


 桜子の声には、明らかに動揺が含まれていた。


「関係ないだろ」


「関係あるよ。……翔くん、もう他の子と付き合ってるの?」


「は? お前に言われる筋合いはないだろ」


 俺は冷たく返した。桜子は一瞬怯んだような表情を見せる。


「だ、だって……まだあたしたち、ちゃんと別れたわけじゃ……」


「勝手に浮気しといて何言ってんだ」


「あれは……あれは違うの! あたし、翔くんのことが一番大切で……」


「何言ってんだ。お前と一緒にいた男に、俺は『元カレ』扱いされたの忘れてないからな。お前の中じゃ、とっくに別れた認識だったんだろ」


「ち、違うよ。それは言葉の綾っていうか」


「意味わかんねえ」


 俺はそう吐き捨てて踵を返す。と、桜子が慌てて俺の腕を掴む。


「待って! 翔くん、変わったよね。髪型も服装も……すごくかっこよくなってる」


「だからなんだよ」


「あたし、こんな翔くんを見たかったの。ずっと前から、もっとオシャレしてほしいって思ってたのに……なんで今更……」


 桜子の声が震えている。


「お前が俺を捨てたからだよ」


 俺の言葉に、桜子の顔が青ざめた。


「お願い、もう一度だけチャンスをちょうだい。あたし、もう絶対に浮気なんてしないから!」


 桜子が必死に訴える。でも、俺の心はもう動かない。


「無理だ。もうお前のことは信用できない」


「そんな……あたし、翔くんのこと大切に思ってるんだよっ」


 俺は桜子の手を振り払った。


「大切に思ってる人間の誕生日に、他の男とデートするわけないだろ」


 俺の言葉に、桜子は何も言えなくなった。


 俺は桜子を置いて、足早に立ち去っていく。

 後ろで桜子の泣き声が聞こえたが、振り返らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ