第3話 一日遅れの誕生日プレゼント
月曜日の朝。
教室に入ると、数人の同級生が俺を二度見した。
「あれ、田井中くん雰囲気変わった?」
「美容院行ったの? いいじゃんっ!」
女子からそんな声が聞こえてくる。
今まで話したことのない女子たちが俺の周りに集まってくる。
「髪型似合ってるよ、かっこいい」
「やば、普通にタイプかも」
どう返していいかわからず、「ああ、まあ……」と曖昧に笑ってごまかす。
こんなふうに注目されたのは初めてだった。でも、悪い気はしない。
昼休み。
さすがに騒がれたのに疲れて、俺はひとりで昼食をとっていた。
すると──。
「翔くん、時間空いてたら屋上に来て? 話したいことある、から」
桜子はそれだけ言うと、スタスタと教室を出ていく。
俺は迷ったが、結局屋上へ向かった。
人気のない屋上で、桜子が俺に向き合う。
「話って?」
「あ、うん。昨日のことだけど……」
桜子が申し訳なさそうに切り出した。
「あの人とは気の迷いだった。本当にごめんなさい!」
「は?」
「翔くんが一番大切だったのに、調子に乗っちゃってた……」
桜子が泣きそうな表情で謝罪する。
「ちゃんとやり直させてほしい。彼とはもう会わないから!」
そして桜子が包みを取り出した。
「これ、誕生日プレゼント。一日遅れになっちゃったけど……」
俺は内心ドン引きしていた。
「お前、どんな神経してんだよ……昨日、別の男と腕組んでデートしてて、しかも俺のことダサいだなんだって愚痴ってたんだろ」
「そ、それは健太郎さんが勝手に言ってるだけ! あたし、そんなこと言ってない!」
桜子の言い分に、俺は冷めた気持ちになる。
「まあ、なんでもいいよ。俺はお前とやり直す気はない」
「そんな寂しいこと言わないでよ! あたし、翔くんと別れたくない!」
「は? 何言ってんだお前」
「お願い、一回だけあたしにチャンスちょうだい」
「ふざけんな。大体、他の男と付き合いたいなら、まず俺とちゃんと別れてからにしろよ」
「しょ、翔くん……」
俺が吐き捨てるように言うと、屋上の扉が不意に開いた。
赤みがかかったショートヘアが目に入る。莉乃だった。
「お兄、こんなところにいたんだ」
莉乃は一瞬で状況を理解したらしく、桜子を睨みつける。
「あ、お取り込み中だった?」
莉乃の声が冷たくなる。
桜子はたらりと頬に冷や汗を伝わせ、肩に力を入れた。
「莉乃ちゃん……なんでここに?」
「お兄を探してたの。で、そっちは何してるの? 復縁迫ってるの?」
桜子の顔が青ざめ、言葉に詰まった。
「まさかと思うけど、お兄の印象がちょっと変わったから急に勿体なくなったとかじゃないよね? 桜子ちゃんがお兄を捨てたんだよ」
「あたしは捨てたわけじゃない、よ。別にまだ、翔くんと別れたつもりはないし」
「は? 浮気しといてそれはないでしょ。てか、彼氏の誕生日に別の男とデートしといてまだカノジョ面?」
莉乃が一歩ずつ桜子に近づく。
「さすがに都合よすぎない?」
「ちがう! あたし、本当に翔くんのことを……」
「本当に好きなら、最初から裏切らないよね」
莉乃の言葉が、屋上に響く。
「り、莉乃ちゃんには関係ない話、だよね……」
「大ありだよ」
莉乃がきっぱりと言い切った。
「お兄は私が守る。桜子ちゃんに、もう二度と傷つけさせたりしないい」
莉乃の宣言に、俺は胸が熱くなった。
「莉乃……」
「行こ、お兄」
莉乃が俺の手を取る。その手は小さくて、でも温かかった。
「待って! 翔くん!」
桜子が必死に呼び止めるが、俺はもう振り返らなかった。
屋上の扉を出ながら、俺は莉乃に言った。
「ありがとう、莉乃」
「んーん、ただ言いたいこと言っただけだから」
「でも嬉しかったよ、ブラコンの妹を持って幸せだよ俺は」
「は、はい? 私、ブラコンじゃないんですけど」
「照れんなよ」
「照れてないから!」
莉乃は頬を赤らめ、プイッとそっぽを向く。
階段を下りながら、莉乃が続ける。
「でも、私がお兄をもっとかっこよくしてあげるね。桜子ちゃんなんかより、ずっとずっと素敵な人に出会えるように。それが一番の復讐なんだから」
莉乃の瞳には、強い決意が宿っていた。