17.ルーティン
◇
次の日、朝からバイトに出掛けて、店長に正規雇用してもらいに行った。
店長には有難いことに快諾してもらった。
つむぎの収入に比べたら、俺の収入なんてアリンコみたいなモノだ。
それでも、自分で働いたお金で、つむぎに何かプレゼントして、気持ちを伝えたかった。
(…あいつらにも、言っとかないとな…)
俺が高校を中退してから、ずっと仲良くしてた奴らの元に行った。
もちろんそこは行きつけのバー。
今日は定休日のはず。
ドアに着いてるベルが鳴るや否や、律と翔、他の奴らも出てきてくれた。
まあ報告をするんだから、他の女がいる前で言う訳にもいかない。
お客さんの8割方がここに出会いを求めて来てんのに、そんなところにもう相手がいる男が来てもって感じだろうからな
「おー薫ぅ。どうした?つむぎちゃん、そろそろ渡しに来たか?」
「ちげぇよ。その逆だ」
「おーそうかそうか。じゃあつむぎちゃんはもらっ……、はっ?まじ?」
律を含めたこのバーの全員が目を丸くした。
恥ずかしくなるじゃねぇか…
「マジも大マジだ。だから誰もつむぎを狙うなよ」
「…」
数秒に渡る沈黙の後、バー内は男の歓声に包まれた。
「うおー!!!マジか薫!お前やっといい人見つかったんだな!」
「確かに目が生き生きしてるよお前!大事にしろよな!」
「薫が俺たちに女の子を渡さない日が来るなんて思わなかったよ」
「泣かせたらダメだぞ!そしたら俺たちが貰うからな!」
思った以上に、というか、罵倒でもされるかと思ってたのに、まさかの歓喜の声なんて、予想外だな…
でも、…そうか
俺は、…いい仲間に囲まれてたんだな
「分かってる、ありがとう。お前らのおかげで、ここまで生きてこれた。感謝してる」
あー…、こいつらにこんなこと言うだけでも恥ずいのに、つむぎに告白って…。どうなるんだ俺の心臓…
持つのか…本当に持つのか…?
人に好きって言うのがこれほどまでに心臓がうるさくなるなんて知らなかった。
俺の戸惑いを他所に、仲間は俺を囲む。
「おいおいお前らー!薫がデレたぞ!祝いだ祝いー!」
「ちょっ、なんでだ!いらねぇよ!」
俺がちょっと感謝しただけでそこまでなるか、?
いや、…でも俺がそれだけ何も言ってこなかったってことだろうな
女の子…つむぎ以外の女になら、スラスラ言えてたのに、1番近くにいたこいつらには何も言えてなかったのか…
どれもこれも、つむぎのおかげで気付かされることばっかりだな。
結局、早く家に帰りたかった俺は、祝いを断った。
血が繋がってなくても、あのバーにいるやつらはみんな俺にとっての家族だ。
家に帰って来たら、まだつむぎはいなかった。
パチンコとか他の女の家にいたときとかは帰る時間をつむぎの帰る時間に合わせられたけど、今となってはそうもいかない。
仕事は17時までだし、寄り道してつむぎから今も尚貰ってるお金を使いたくないからな
…、あ。
そういえば、風呂掃除も皿洗いも洗濯も、全部つむぎがしてくれてたんだよなぁ…
…風呂掃除くらいなら、俺にも出来るか……
まだ親と暮らしてた時は皿に盛り付ける料理なんか無かったし、そもそも食材が無かった。身の回りを片付けようとしたら怒られるし殴られるし、俺の服は何日かに一回しか洗濯させてくれなかったし、風呂もバスタブにお湯は入ってなかった。シャワーからは水しか出なかった。
それがこの家ではどうだ…
俺の好物も出てくるし、嫌いなものはいつのまにか減ってた…というより、食わず嫌いがつむぎの料理のおかげで無くなった。
俺の洗濯された服からは、嫌にならない優しい洗剤の匂いがする。
それも毎日。
部屋は常に整理整頓されていて、毎日掃除機もかけてくれていた。
風呂掃除は初めてなんだが…。
難しいし寒いな…
裸でやるわけにはいかないから袖を捲ってバスタブを擦ってたけど、時間はかかるし服は濡れるしで最悪だ。
…つむぎは毎日これをやってくれてたんだよな
そう思うと、他の掃除もしてみたくなった。
そんなこんなで数時間…
「ただいまかえりましたー!」
「おかえり」
「…!私より早くお帰りだったんですね、嬉しいです!」
少し…いや、かなり嬉しそうだな。
…でもまあ、確かに…。つむぎはいつも先に帰ってたから出迎えてくれてたけど、俺が先に帰って出迎えるのは、初めてなのか…
荷物を置きに自室へ行って、またリビングに戻って来た。
つむぎのいつものルーティンなんだよなぁ
この次のつむぎの行動は知ってる。
「あれ…!?薫さん、お皿洗ってくれたんですか?」
キッチンに向かって、洗い物をする。
「…気分だっただけだ」
「それでも嬉しいです…!ありがとうございます!」
満面の笑みで『ありがとう』を言われた…
一緒に暮らしてるなら、これくらい本当は当たり前にしないといけねぇことだったのに、これくらいで感謝されるのか…
子供の時に何をしてもありがとう1つ言ってくれなかった両親とは大違いだな
あまりの両親とつむぎのリアクションの差に面喰らってたら、いつの間にか視界から外れて、つむぎの声が明るくなった。
「かおるさん…!お風呂掃除まで…」
「…たまたまだ……」
もう少しまともな事言えねーのかな…俺…
「ありがとうございます…。これで、安心して…」
「ん?なんか言ったか?」
「…!いえ、何も…!夕食の準備しますね!」
なんか…泣きそうな笑みだったような……
いやまあ、つむぎに限ってそんなはずないか…
それから俺は仕事と家事に励むようになった。
なんとなく、つむぎの笑顔を見ることが、俺の今までの疲れを癒すような気がしたから。
そんな日が1ヶ月続いた。そして…
仕事も慣れたし、初給料だな…。
働くことが楽しいと思える日が来るなんて、正直予想外すぎだな…
俺の人生はこれからもこの先も働かずだらだらと誰かの元に縋りながら生きてくんだと思ってた。
店長に頼んで封筒で渡してもらった給料が、軽いのに重たく感じるのは、不思議だ
何を買えば喜ぶのか考えるなんて、俺も変わったな……
今までの生活は、何を買えば機嫌が良くなるか、だったからな。
雑貨店によって、色々品定めをしていった結果、お揃いのマグカップを買った。
つむぎがお揃い好きだったのを思い出した。あのとき、すっごく嬉しそうにしてたから
次はどんな笑顔で喜んでくれるのかと想像してるとき、まさかの帰り道でつむぎを見かけた。
声をかけようとした…だが、いつもと様子が違った。




