16.好き
なんでいるんだ
こいつは、俺のヒーローか何かなのか?
目の前のヒーローみたいなやつは、女のナイフを持ってる手を掴み、ナイフを手から離させた。
そうして女の両手を後ろに回して、地面へ倒す。
それでも暴れる女を見兼ねて、つむぎは首の、人が意識を失う箇所に手刀で打ち込んだ。
それからは早かった。
俺がポカンとしてる間に、全部終わってた。
警察に連絡して、女は逮捕された。
事情聴取もつむぎが主なことを話してくれて夕方頃に解放。
帰路を辿ってる間。
その間、つむぎは口を開かなかった。
いつもなら、絶対つむぎの方から会話を振ってくるのに、今日のつむぎは、ずっと下を向いたままだった。
扉を開けて、2人とも入って、扉を閉めて、鍵をかけて、ようやく。
「良かった…」
玄関に入った途端に足の力が抜けたのか、へたり込みそうなつむぎを慌てて支えた。
そのままつむぎは俺に抱きついた。
「本当に…良かった…!」
今まで人に抱きつかれるのが好きじゃなかったはずなのに、つむぎの抱擁は無性に安心する。
「うん、ごめん…」
「謝らないでください。無事でいてくれたら、それでいいんです」
「…ありがとう、つむぎ」
「…!えへへ、どういたしまして、薫さん」
その日は珍しく一緒に寝た。
こうして事の一件は終わりを迎えた…。が…
ますますつむぎのことが分からない。
つむぎは、多分俺のことを1番知ってる。だってのに俺はつむぎの職業すら知らない。
興味を持ってこなかったから当たり前か……
昨日のあの格闘技も凄かったけど…
なんで出来るんだよ…
普通に聞いてもはぐらかされる気がするし、方法はもう後をつけることしかないんだが…
そういうのはあんま気乗りしねぇなー…
聞いて答えてくれたとしても、勘違いされて終わると思うんだ…
お金の心配をしてるんじゃないかって…
いやまあ、そう思わせる行動しかしてこなかった俺が悪いけど、…はぁ。やるせないなぁ…
朝、尾行することに決めた。
やっぱ俺…どこまでも腐ってんなぁ
でも結局、尾行して、途中まで行って、それで、やめた。
これ、俺が付き合ってきた今までの執着強い人と同じことしてんだよなぁ……
で、そいつらと同じになるのが嫌で、帰ってきた。
その日は結局、シフトもなかったので何もせず虚無ってた。
玄関から鍵の開いた音がして、俺の心は還ってきた。
…なんだろ、俺
犬みたいだな…。飼い主の帰りに尻尾振って待ってるみたいな…
あー…やめよ…
アホらしくなってきた…
「おかえり」
「ただいま帰りました!ご飯作りますから、少し待っててくださいね」
なんとなく、料理してるつむぎが見たくて、キッチンとダイニングが繋がってるテーブルに座って、頬杖をついてひたすら見てた。
その間に見える仕草とか表情も、よく分からんけど、(いいな)って思った。
「お待たせしました!」
「…いただきます」
陶器の皿に盛り付けられた焼きそば。一口食べたら、立ち待ち口の中に野菜の程よい柔らかさとソースとちょうどよく絡み合っている麺の味が口いっぱいに広がった。
なんで焼きそばなのにこんなに美味いんだよマジで…
料理の腕前といい、心の広さといい、物理的、精神的な面の強さといい、本当になんでもできるな
スパダリだろもはや…。ダーリンじゃないけど…
「あ、そういえば薫さん、今日私の後ろを着いてきてませんでしたか?」
………勘の良さも追加で…
「なんでだ…?」
「えっと、…扉の閉まる音が少し遅かったのと、薫さんが出掛ける準備を既に済ませていたからですかね…。それから途中まで気配があったんですけど、消えちゃって」
「マジで何者だよお前は…。合ってるよ。前に職業が先生っていうのは教えてもらったけど、詳しいことは何も知らないから…あー…えっと…」
…だから、何なんだよ…
俺が、つむぎに信頼されるためにしてきたことなんて、何一つない
俺は…
「薫さん、私の仕事は大学教授です」
…!
「後ろからつけて来なくても、薫さんが望むなら、なんでも教えますよ」
…あー…、ほんとにカッコいい…俺の彼女…
もう惚れないなんて無理な話だ。
仕事も安定、心も広くて、料理の腕前も超一級、しかもめっちゃ強い…
惚れないわけがなくないか?
日に日に愛が増してくのはほんとにマズイ…が、もう止められないし止めるつもりもなくなった。
だってほら…
つむぎには泣いてほしくないから
「お前は本当に…。一度は裏切って二度目はお前の彼氏である責任を放棄しようとした男にそんなこと言うな」
「…_!!ふふ、なんですか彼氏である責任って。初めて聞きました」
「守る責任とか側にいる責任とか、まあ色々あるだろ。でも俺は、何一つだってお前にしてやれてない…」
俺が守るどころか守られて
幸せにするどころか幸せにされて
歩み寄るはずが、歩み寄られて絆されて……
顔と洞察力だけが唯一の取り柄だった俺はどこへいったのか
あっという間に洞察力も役立たなくなったし、何より顔で靡かないんだよこのつむぎってやつは……
「薫さん、その言葉が、私にどれだけ幸せを感じさせてくれてると思ってるんですか。そんな責任無くても、私は薫さんが大好きですよ」
『私は』か……
なんか、モヤっとするな…
いや、俺が伝えてないのが悪いか…
ん?そうか、俺、伝えてないのか…
……ちゃんと伝えよう…
幸せを貰ったのはお前だけじゃないからな
…むしろなんでお前が幸せ貰ってるんだって疑問に思うけどな…。金使わせて心弄んでたクズに…
俺の方が、幸せってやつを与えられてばっかりだ…
◇