12.さよなら
◇
あ"〜〜〜〜〜……
離れないとなのになぁ
まーた月日経ってるの…
1ヶ月くらいかなー。多分
で、今日が何の日かって言ったら…
「行きましょう!薫さん!」
「…おう」
水族館なんだよなぁ
…つまり、デート…
このデートまでの期間すらも、俺は何でもかんでも与えられて、甘やかされた…
多分こいつにとっては楽しみな日なんだろうけど、俺にとってはこの家を出ていく日だ。
もう帰ってくることもないだろうな
これは俺の独断だし、こいつにも言ってない。
ただこのままだと、俺は間違いなくこいつに執着する
執着なんて、俺が1番したらダメなことだ
だから、今日はこいつの好きにさせて、最後は別れる
……それでいい…
…にしても、今日のこいつはいつもと違う
まじまじと見れば、いつもより綺麗めなメイクに、防寒対策のマフラーとコートで華奢な体が隠されてる。
ハーフアップにされてる髪はツヤがあって、光に当たると漫画によくあるような、ゆるやかな弧を帯びてキラキラしてるように見えた。
「?、薫さん、私の顔に何かついてますか?」
「…っ、何も。早く電車乗るぞ」
……決して見惚れてたとかじゃない
電車に乗って街並みを見ているこいつを見てたら、時折り振り返っては、はにかんだ笑顔を見せてきた。
いつもとは違った笑顔な気がするのはなんでだ…?
…こっちの方がいいな
そこまで眩しくなくて、目に優しい
例えるんだったら、いつもが太陽とか、向日葵みたいな笑顔で、今現在進行形のこいつの笑顔は、なんだろうな…
朝顔…?…いや、違う…
なら、紫陽花は…?…違う。もう少し前に咲く…
あっ
桜だ
「薫さん、どうかしましたか?」
「…いや、早く入ろう。ここだと寒いだろ」
チケットを店員に渡して、水族館の中に入った。
水族館なんか小学校の遠足ぶりだな…
「っ〜…!!薫さん薫さん!見てください…!サメですよ、サメ!かっこいいー!」
明らかにはしゃいでるけど、コソッと静かに俺に言ってる。
マナーを守りながらはしゃいでるこいつは、どの魚よりも優美だと思った。
「見たら分かるわ、ていうか意外だな。もっと小さいもん見たいのかと思ってた。それかイルカとか」
「っ…、意外、ですか…?」
…ん?
なんだ…?この違和感…。また……
「ああ、意外だけど、別に良いんじゃないか?俺も小っさいの見るよりサメの方が好きだしな」
「…!…薫さんは、女の子らしくないとは思わないんですね」
何言ってんだ、こいつ
「好きに男らしいも女らしいも関係ねーだろ」
「…っ、そっか…。ふふっ、そうですね」
「何だお前…」
急にテンション上がったり下がったり、やっぱどれだけ経ってもこいつの考えは読めねぇもんだな
「何でもありません。ただ、薫さんは優しい人だって、再認識してただけですから」
「…はぁ、何度言っても納得しないんだろうが、俺は優しくない」
あと少ししたら、実際に優しくないことするわけだしな
まあ普通に見て回った後は、イルカショーだったりペンギンショーだったり。
後はツーショも撮ったっけか?
…ペンギンとあいつと3人か…?いや、2人か?
よく分からん…
それから帰る前、誰にあげるわけでもないお土産を見に行った。
お土産コーナーに多分一緒に写真撮ったペンギンのぬいぐるみとキーホルダーがあって、あいつが目を輝かせてたのには笑った。
「薫さん、このペンギンのキーホルダー、お揃いにしませんか!?」
余程ペンギンを見つけて嬉しかったんだろうな。
…後少しで消える男に『お揃いしよう』なんて聞くこいつもダメだが、「…好きにしてくれ」って言う俺が、多分1番ダメなんだろうな。
…隣にいる女はルンルン気分だ。
キーホルダーはさっそくかばんにつけてるし、途中で見つけた厳ついサメと、なぞチョイスの小判鮫のぬいぐるみを両手に抱えてる。
…ああ、まだ見てたいな
…だって俺は、まだこいつの笑顔を直視出来てない…。でも、俺が出ていかないと、こいつはきっと、本気で俺をこれからも養うと思う
俺も、こいつに執着しちまう
人の気持ちには期限があるのに、その期限が、こいつなら来ないんじゃないか、ずっと変わらないんじゃねーかって、頭のどっかで考えてる
最低なことしかしてない俺が、強欲にもそんなこと考えるなんて、流石に度を越してる
だから、尚のこと俺は…
「あっ、忘れ物したわ。どこ置いたか覚えてないから多分時間かかるし、先帰っててくれ」
「えっ?いくらでも待ちますよ?なんなら一緒に探した方が早く見つかるんじゃ…」
「まあ…、それはそうだが、今日はもう疲れてるだろ。早く帰ってお前は休め」
「…分かりました。鍵、渡しておきますね!」
「……おう」
曖昧な返事で鍵だけ受け取って、どこにも忘れていない忘れ物を探すふりを、あいつを視界に映してる間だけした。