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次なる輸入品 ― 教科書

シーン:次なる輸入品 ― 教科書


宝石で金を得た。屋敷を建て直し、人を雇い、名を売った。

だが祐介にとって、それはまだ“土台”にすぎない。


金は使えば減る。

人は去ることもある。

だが、“知識”は裏切らない。


だからこそ、祐介が第二の輸入品として選んだのは――教科書だった。


日本に一時帰還した際、彼がスーツケースに詰めたのは、金や宝石ではなかった。

大型書店の学参コーナーで手に入れた、小・中学校向けの理科と数学の要点まとめ本、計4冊。

どれもカラーページ付きで、イラストと図解が多いものを選んだ。

見た目は地味な学習参考書に過ぎない。価格も安く、1000円台の本ばかりだった。


だが、その内容は――この時代においては、魔術書以上の爆弾だった。

科学の本にはこうある:


重力はなぜ物を地面に引っ張るのか


電流がどのように流れるのか


空気と水の圧力の違い


植物がどう栄養を作るのか


人体がどんな仕組みで動いているか


地球が太陽の周りを回っているという天体の基礎知識


数学の本にはこうある:


加減乗除の基本


分数や小数の扱い


方程式の解き方


関数やグラフの概念


図形の面積と角度の計算方法


「これは……下手すりゃ、この国の王子に渡しても理解できないかもしれない」


そう祐介は呟いた。

だが――商売にはなる。


なぜなら、この時代の学問は、まだ“直感と経験”の域を出ていないからだ。

魔術師たちは、魔法の力の大きさを「感覚」で測り、人体を「聖なる器」として扱い、星の運行を「神の意志」として記述している。

理屈ではなく、伝承と経験が支配する時代。

そこに「証明された知識」を持ち込めば、知識そのものが価値になる。


祐介は、まずは一冊を複製し、試験的に使ってみることにした。

彼が選んだのは孤児たち――屋敷で給仕見習いとして雇った、読み書きのできる十代の少年少女たちだ。


毎晩、祐介は1時間だけ「夜の授業」と称して、彼らに基礎的な科学と数学の内容を教えた。

図を使い、実物を見せ、簡単な実験も交えながら――ただし、徹底して「論理的に」進める。


「この水が熱で沸騰する理由を、ちゃんと説明できるか?」

「これは“魔法の反応”じゃない。物質が持つ性質の話だ」

「ただ暗記するな。自分で考えろ」


生徒たちは戸惑いながらも、少しずつその教えを吸収していった。

やがて、学んだことを記録に残す者が現れ、図を書いて説明しようとする者が現れ、簡単な計算式を使って物の重さや距離を予測するようになった。


その様子を見た祐介は、確信した。


「この教科書は、“頭のいい子供”を作れる」

「そして、“頭のいい子供”は、“雇われる使用人”ではなく、“雇う側”になる」


ここから先、祐介が目指すのは、“知識を持つ労働力”の確保だった。

一代限りの繁栄ではなく、人材を育て、再現性のある力を蓄える仕組みの構築。

それを支える“教材”として、この本たちは完璧だった。


さらに、祐介はこの教科書を使った“外部向けビジネス”も構想していた。


たとえば――


有力貴族の子弟に対する「算術家庭教師」


錬金術師向けの「反応理論」講座(実質、科学の基礎理論)


交易商のための「効率計算講座」(関数と比率を教える)


聖職者への「天体講話」(天動説を否定せず、改良した形で)


それぞれの層に、「役立つ知識」として加工された“中身”だけを小出しに提供する。

決して教科書そのままを売らず、“応用”の形で流通させ、知識の“根本”はリロフ家の内部だけに保つ。


「答えを渡すんじゃない。“答えに近づける方法”だけを、売る」


それが祐介のやり方だった。


本という形で持ち込まれた“知識”は、ただの紙束ではない。

それは、価値を生み出す“仕組み”であり、“武器”であり、“教育装置”でもある。


今はまだ、祐介が夜ごと孤児たちに教えているだけの静かな試み。

だがこの芽は、やがて王都全体を揺るがす力を持つことになる。


そして祐介は、静かに次の準備を始めていた。

知識を持つ者が、無知の時代をどう動かすか。

その実験は、すでに始まっている。



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