アンドラ王都での商売
シーン:アンドラ王都での商売
アンドラ王都。
石畳の大通りを馬車が行き交い、噴水のある広場には露天と客がひしめいている。商人の叫び声、吟遊詩人の楽器の音、パンを焼く匂いと香草の風。
混沌と活気が交錯するこの都市の市場に、ある日、ひっそりと“それ”は現れた。
名もなき商人――ラシェル。
地方出の若手商人という顔をしているが、実際は祐介が仕掛けた「販売代理人」だった。
ラシェルの露店は目立たない。豪華な看板もなく、ただ木箱に並べられた美しい宝石たちが光っている。だが、それだけで十分だった。
「魔力増幅効果あり」
「高純度・安定性良好」
「採掘元不明、秘匿の品」
そんな札が添えられた宝石たちは、瞬く間に客の目を奪った。
キュービックジルコニア、シンセティックルビー、ラボグロウンサファイア――
祐介が現代から持ち込んだ人工宝石たちは、異世界の基準で見れば“完璧すぎるほど完璧”だった。
曇りなし、色むらなし、形状も美しすぎる。
それなのに価格は“ありえない安さ”だった。
あくまで「無名の商人が持ち込んだ、出どころ不明の石」として売られているからだ。
第一に飛びついたのは、錬金術師たちだった。
この時代、錬金術は魔法と科学の間にある曖昧な技術であり、その発展には“媒体”としての宝石が必須とされていた。
だが、天然石にはムラがある。魔力を通した際の反応が安定せず、実験の失敗率も高い。
そこに、完璧な構造を持つ“謎の石”が現れたのだ。
「反応が安定している……。これは触媒として理想的だ」
「耐久性も申し分ない。こんな素材、見たことがない」
錬金術師たちはこぞって買い占めた。
次に動いたのは、貴族の妾や愛人たちだった。
装飾品としての価値にも優れていた。
深い赤、鮮やかな青、光を受けて七色に反射する透明石――そのどれもが、宮廷の流行に飢えた女たちの心を奪った。
「この色、まるで高位の魔導石じゃない?」
「え?こんな値段で買えるの?」
やがてそれは「流行」になり、“謎の石”は宮廷の噂話に登場するようになる。
そして三つ目の波は、教会の装飾職人たちによってもたらされた。
聖堂の壁に嵌め込む聖石、祭器に使う装飾素材――従来は高価で供給も不安定だった。
だがこの石は違う。美しく、加工しやすく、供給も安定している。
「これは神が与えし贈り物ではないか?」
そう口にする者すら出始め、祐介の宝石は“聖石”として教会建築にまで採用され始める。
販売開始からわずか一ヶ月。
ラシェルが管理する金庫は溢れかえり、毎週王都の裏路地で行われる祐介との引き渡しでは、荷車二台分の金貨が動くようになっていた。
正体を明かさず、誰にもルートを知られず、ただ「質と価格」で勝負する。
市場は混乱し、真似をしようとした者は材料の質や加工で劣り、全く太刀打ちできなかった。
祐介は商売の原則を知っていた。
「希少性は演出できる」
「価値は、比較の中で作られる」
「供給はコントロールできる限り、力になる」
そして今、彼は完全に市場の“裏側”を支配し始めていた。
だが、これがすべてではなかった。
祐介の最終目的は“金”ではない。
金はあくまで道具だ。
この世界で影響力を持ち、動かし、変えるための燃料にすぎない。
「これで、次のステージに進める」
祐介は、王都の喧騒を背にして静かに笑った。