現代日本での買い出し
シーン:現代日本での買い出し
東京、曇天。
秋葉原の裏通りを抜けた先に、ひっそりと構える宝石卸の店がある。
看板は出ていない。知っている者しか来ない、完全予約制の業者向け店舗。
だが祐介は迷いなくその扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
店主は訝しげに祐介を一瞥したが、彼が示した口座情報と現金を見て、態度を変えた。
祐介の転生前の遺産――誰にも話さず残しておいた、隠し口座に眠っていた数百万円。
元の世界で使い道を失ったそれが、今や異世界での覇権を握る“初期資金”になる。
「このリストのものを、可能な限り量で。品質は中〜上。宝石としての美しさは二の次。重要なのは“素材としての完成度”です」
祐介が出したリストには、こう記されていた:
キュービックジルコニア(CZダイヤ)
合成ルビー(シンセティックルビー)
ラボグロウンサファイア(人工サファイア)
合成エメラルド、モアッサナイト、スピネル……
どれも科学的に生成された、純度と構造に優れた宝石たち。
市場価値は天然石より安いが、構造は理論的に完璧。
一部は見た目でも天然と区別がつかない。
それをキロ単位で購入する祐介に、店主はつい口を滑らせた。
「いやはや……ジュエリーデザイナーさん?それとも、転売でも?」
祐介は笑ってごまかす。
「ちょっと、趣味の加工品で。詳しくは企業秘密で」
祐介の脳裏には、あの異世界の“魔法理論”が浮かんでいた。
あの世界では、宝石は“魔力の媒体”として重宝される。
魔法を安定させる触媒、魔力の記憶装置、回復のための共鳴体。
そして当然、貴族が飾る“権威”の象徴でもある。
ただし――あちらの宝石は、どれも天然採掘で、品質にムラがある。
加工技術も甘く、選別すら手作業。
結果として、希少性と信仰で価値が跳ね上がっている。
「じゃあ、この“完璧に生成された人工宝石”が、あっちの世界で“魔力を帯びた幻の石”って呼ばれたら?」
答えは一つだ。爆売れする。
人は“希少なもの”に価値を見出す。
ましてそれが美しく、魔力にも相性が良いとされたら……?
市場を牛耳るのも夢じゃない。
祐介の狙いはそこにあった。
異世界の“価値観の穴”に、現代の合理性を突き刺す。
天然信仰と技術信仰の隙間に入り込み、新たな市場を創り出す。
宝石の仕入れが終わると、祐介は別の雑居ビルに向かった。
今度は工具と素材の専門店。研磨用の器具、携帯ルーペ、電子秤、耐火性ポーチなど、すべて魔法の国で“意味を変える”道具たちだ。
「この世界の常識が、あっちでは神話になる」
祐介はそう確信していた。
異世界転生とは、剣と魔法の冒険だけではない。
知識をどう価値に変えるか――それこそが、生き抜く鍵だ。
帰りの電車で、祐介は満員の車内に揺られながら荷物を抱えていた。
周囲はスマホを見つめ、他人に無関心。
だが彼の胸の中では、異世界での未来が激しく脈打っていた。
「売るだけじゃない。知識の元締めになる」
彼が持ち帰る人工宝石は、単なる装飾品ではない。
それは、“文明の種”だ。
火薬よりも強く、魔法よりも洗練された力。
革命が始まる場所は、戦場ではない。
静かな工房と、誰も見ていない取引所の裏で、すでに火は点いている。
そして祐介は――その火種を手に、再び異世界へ戻る準備をしていた。