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革命の胎動

革命の胎動


貴族たちは宴に明け暮れ、黄金の食卓で果物と肉を貪り、香の煙に酔っていた。

民は干からびたパンの耳を争い、凍えた夜を藁の上で耐えていた。

それ自体は、珍しい光景ではない。この世界では当たり前の構図。

だが――今は違っていた。


誰かが、裏で動いている。

確実に、狙って変えようとしている者たちがいる。


貴族の密通、賄賂、私生児の存在、秘密裏の処刑命令。

そうした「上の者たち」しか知り得ない情報が、なぜか下町の酒場で笑い話になっていた。

しかも、事実として。

印刷された暴露文書が、夜な夜な地下で配られ、人々はそれを読み、怒り、そして――考え始めた。


「王もまた人間ならば、選ばれて然るべきではないのか?」


そんな言葉が、農民の口から出るようになった。

商人が耳打ちし、職人が頷く。

兵士までもが、密かにそれに興味を示している。


奇妙なことだった。

これまで「変わらない」と信じられていたこの世界が、どこか脆く感じられるようになった。

きっかけは一体何だったのか?

ある者は「印刷された言葉だ」と言う。

またある者は、「地下で集まる“語り部”の存在」だと語った。


だが真実は、そのすべての背後にある“影の組織”だった。


この組織には名前がない。

いや、あえて名乗らないのだ。

彼らは知識を持つ者、弾圧された異端者、かつての貴族、錬金術師、脱走兵、読み書きのできる者たち。

立場も階級も思想も異なる者が、ただ一つの目的のもとに集まっていた。


「この腐った体制を終わらせること」

そして、「新たな秩序を築くこと」


彼らの目指すのは“民主”という名の思想だった。

力による支配でもなく、血による継承でもなく、民の声をもって国を形作るという理想。

それはこの時代において、ほとんど神を否定するに等しい考えだった。


当然、それは静かな革命では終わらない。

古き血族は、自分たちが「神に選ばれた存在」であることに価値を置いていた。

王権は神からの委託であり、それに刃向かう者は“神を冒涜する異端者”として処刑される。

神殿もまた、それを許すわけがなかった。

むしろ、組織の中には神殿から逃げ出した僧侶や神学者もいた。


彼らは知っていたのだ。

神の言葉が“人の都合”でねじ曲げられ、教義が支配の道具として利用されている現実を。


組織の動きは、極めて慎重で緻密だった。

一気に革命を起こすことはできない。

だが、ゆっくりと「思考の種」を蒔くことはできる。

言葉をばらまき、疑問を芽吹かせ、怒りに水をやり、やがて不信の森を育てていく。


印刷機はそのための武器だった。

剣よりも強く、銃よりも速い――“言葉”という武器。

それは誰かを斬ることなく、誰かを変えることができる。

真実も嘘も、印刷さえされれば“現実”として広がっていく。


そして今、火種は複数の都市に拡がっていた。

反乱の準備ではない。まずは“思想の侵食”だ。

王を「選ぶ」という発想。

支配者は「監視されるべき存在」であるという前提。

国家の役割とは何か、人が人を裁くということの意味。


そういった問いが、密かに市井に染み出していく。

ある者は興味を持ち、ある者は不安を抱き、ある者は告発する。

だが、もう止まらなかった。


これまで王や神を当然とし、声をあげることすら恐れた民衆の中に、“選ぶ”という発想が根を張り始めていた。


組織の中にも葛藤はあった。

本当に「民衆」が新たな秩序を担えるのか。

混乱を経た先にある未来が、今よりもましだという保証はない。

だが、もう誰にも止められなかった。

誰かが始めた火が、誰にも制御できないほど大きく燃え広がろうとしていた。


“革命”は、剣を振り上げる瞬間ではなく、

誰かが静かに「おかしい」と口にした、その時から始まっている。


そして今、この世界はまさに、その胎動の中にある。

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