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結果と動き

シーン:結果と動き


王都の空は、何事もなかったように穏やかだった。


貴族街の噴水は静かに水を撒き、神殿の鐘は定時に鳴り、人々はいつも通りの生活を送っている。

だがその裏で、幾つもの決定が下されていた。祐介が放った贈り物と再編集された書物が、確かに王都の重石を動かしていた。


まずは、サレノ子爵。


彼は王都でも屈指の保守派として知られ、王国評議会に対して「リロフ家に対する監査と規制の検討」を正式提言する準備を進めていた。

“成り上がりの家”が、宝石商売から教育分野にまで影響力を拡げていることを快く思っていなかったのだ。


しかし、あの日届いた“贈り物”――


東方から届いたという体裁の赤い酒。

工芸品と見紛うばかりの美しい宝石。

そして、娘の学びにぴったりと合った内容の算術書。


直接的な取引ではない。

賄賂でもなく、政治的な誘導でもない。

だがそれらの品は、サレノ子爵に**“静かなる圧”**を感じさせるには十分だった。


「この家を、今この場で敵と定めるのは、早計かもしれんな」


そう呟いた彼は、用意していた議会提出用の文書を引き出しに戻し、提言を“様子見”に切り替えるよう、側近に命じた。


理由は曖昧だった。「情勢の見極め」「周辺との調整が必要」など、体面を損なわぬ理由をつけて。


だが実際のところ――子爵は感じ取っていた。

リロフ家という新興の家名が、今や文化や教育、そして知識の流通という**“目に見えにくい影響力”**を持ち始めていることを。


直接的な敵対は、損失になりかねない。

そう思わせるだけで、祐介の一手は成功だった。


そしてもう一つの勢力――主神教会の教典保持院もまた、動きを見せていた。


保持院は、王国における“神の言葉の解釈権”を独占する組織だ。

教義と相反する思想や知識に対しては、異端と断じてきた。

祐介が出した「知の断章」も、当初はその対象に当たると判断されていた。


特に問題視されたのは、天体の運行に関する章と、人体の構造と機能を理論的に説明した記述。


「星は神の意志で巡る」「肉体は神が与えし神殿」――それが従来の教義。

それを“法則”や“重力”といった数式で説明するのは、まさに信仰の外からの攻撃に見えた。


だが、祐介は先手を打っていた。

再編集された“宗教版”の書。

太陽を「神の光」、重力を「神の引力」と言い換えた文脈の中で、知識と信仰が共存できる形を示したのだ。


そして届いた、匿名の寄進――銀貨300枚と、書籍100冊の無償提供。


教典保持院内では議論が巻き起こった。


「内容は異端的だが、表現は慎重で、悪意は感じられない」

「この本が導くのは反逆ではなく、“神の摂理を理解する補助”かもしれない」

「教義に反しないなら、知識を持つ者を囲い込む方が、長い目で見て得だ」


こうして、正式な糾弾は見送られることとなった。

保持院の判断は「監視対象とするが、学術的価値を考慮し、現時点では警告に留める」という穏便なものとなる。


表面上、祐介の名が挙がることはなかった。

だが、教会関係者の間では密かに「知識を扱う者」としてリロフ家の名が認識され始めていた。


表向きには、何も起きていない。


議会ではリロフ家への提言は上がらず、教会からの異端認定も出ていない。

市場では相変わらず、冊子が慎ましく売られ、屋敷では孤児たちが静かに読み書きを学んでいる。


だが、祐介の周囲では――目が動いていた。


それは味方にもなりうる目であり、同時に敵にもなりうる目だった。


ある若手貴族は、仲間内の書簡でこう語っていた。


「リロフ家の動きは、もはや商売ではない。あれは“制度そのもの”に触れようとしている」


一方、教会のとある神官は、密かに保持院の報告を読みながら言った。


「知識は道具だ。使い方次第で、救いにも、災いにもなる。あの家を完全に潰すよりも、“手の内に置く”道を探るべきかもしれない」


そしてまた、魔術学院の一部教授は、祐介の冊子を前に小声で呟いた。


「これがどこまで続くのかは分からないが――もし、次があるなら、我々もついていく覚悟を決めねばなるまい」


表では静かに、裏では熱く。

リロフ家は今、王都の重力の中心を、わずかずつだが確実に引き寄せつつあった。


そして祐介は、知っていた。


この一手一手は、まだ“布石”にすぎない。

戦いは、これからだ。

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