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手を打った内容

シーン:手を打った内容


知識の種は蒔いた。

それに水をやり、芽が出たことも確認した。

しかし――その成長を阻む影が、王都に現れ始めていた。


保守派貴族、サレノ子爵。

主神教会の教典保持院。


どちらも長くこの国の“形”を支えてきた存在であり、同時に、新しい価値観に対して極端に敏感でもあった。


祐介は力で争うつもりはなかった。

だが、ただ指をくわえて見ているほど、甘くもない。

ここで動く。だが、それは正面からではなく、裏から静かに。

① サレノ子爵への手土産


祐介はまず、サレノ家の内情を洗った。

そして、ある男の名に辿り着く――子爵家の筆頭執事、グレイ・ローナス。

貴族街では知らぬ者のいない、いわば「影の窓口」のような存在である。

上には忠義、下には調整力。政治と社交の匂いをかぎ分ける生粋の実務家だ。


祐介は、グレイに直接の接触はせず、リロフ家の屋敷で時折催している小規模な夜会に“偶然”参加していた中級貴族を経由して、贈り物を託した。


内容は、三点セット。


一つ目は、「東の遠国より届いた幻の酒」と銘打った、現代日本の高級ワイン。

深紅の瓶に金箔入りのラベル、貴族の酒棚にも並ぶよう意識された外観。味は極上。説明書には、産地や発酵工程を“神秘的な風土と職人の技”と訳して記載。


二つ目は、「天帝の宝」と称された人工宝石の一対。

現代の工芸技術で加工された、モアッサナイト製の美術宝飾。

光を当てると内部で七色に輝く仕掛けを施し、あえて「魔力を帯びる瞬間がある」と伝説風の解説を添える。宝石としての真贋ではなく、“語りが価値を生む”よう設計された。


三つ目は、最も重要な一品――**子爵の長女に向けた未発表の「算術書」**だった。

これは、既存の「知の断章」を応用・再編した、教育向けの特別編集版。

幾何と数列の基礎に加え、グラフや変化関数の解説を加えたもの。

装丁には家名を刻んでおらず、“どこから来たのかわからないが非常に洗練された学習書”という立ち位置で届けられた。


狙いは単純明快。

金銭や利権ではなく、“文化”と“趣味”で好奇心をくすぐること。


利益にはならないが、「この家を敵に回すと損だ」と思わせる。

もし長女が書に興味を持てば、父の関心も自然と動く。

サレノ子爵が政治の中心にいることは変えられないが、動かす“対象”は変えられる。


数日後、グレイ・ローナスを通じてリロフ家へ非公式の一報が届く。


「書籍、大変興味深く拝見いたしました。娘もご執心の様子です。

主が直接声をかけることはございませんが、“過度な騒動”には加わらぬとのこと――

貴家の繁栄を、遠くより見守る所存にございます」


サレノ子爵による糾弾提言は、棚上げされた。

② 教会への“献金と体面維持”


もう一方、もっと慎重な手が必要だったのが、主神教会の教典保持院である。


彼らは知識を神の言葉と結びつけて保管し、教義の統制を行う存在。

その目に“理論で説明される世界”は、信仰を壊す危険な刃に映る。

だからこそ、祐介は真正面からの交渉を避け、匿名の形で布石を打った。


まず、銀貨300枚の寄進。

これは「熱心な信者からの感謝の献金」として届けられ、名は伏せられたままだった。

渡すのは保持院に近い教会分館の下級神官を経由。派手にせず、だが確実に影響力を及ぼす方法だった。


次に――書籍の“宗教版”再編集。


祐介は、翻訳屋マイルズに追加作業を依頼した。


「内容は変えなくていい。言葉の“角”を削れ」

「“太陽”は“神の光”とせよ。“重力”は“神の引力”と意訳しても構わない。要は、“信仰と対立しない形”に整えればいい」


それは知識の歪曲ではなかった。

あくまで「表現の変換」だった。

伝えるべき内容は同じでも、文化によって受け止め方は異なる。

ならば、あえて角を丸め、“信仰の枠組み”に自然と溶け込む形に整える。


仕上がったのは、神学校向けの「光と秩序の学習書」。

表紙は白と金で装丁され、神の象徴たる文様が彫り込まれていた。

それを祐介は、神学校へ100冊、無償で寄贈した。


保持院の内部で意見は分かれた。


「これは理性の仮面を被った毒だ」という声もあったが、

「これは信仰の解釈を助ける補助書となるのでは?」と肯定的に捉える者も現れた。


最終的に、保持院は表立った糾弾を**“見送り”**、

「一部の信仰的文献として要監視対象にとどめる」との扱いに止まった。


表では沈黙、裏では懐柔。

敵対を防ぎ、矛先を鈍らせ、影で流れを変える。


祐介の打った手は、どれも直接的な勝利ではない。

だが、敵の刃を封じたという一点において、圧倒的な意味を持っていた。


次の舞台は整いつつある。

知識は、まだその全貌を見せていない。

だが、もう誰も、「それを無視できない」と理解し始めていた。

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