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警戒を始めた宗教と貴族への根回し

シーン:警戒を始めた宗教と貴族への根回し


知識が市場に出回り、話題となれば、それを欲する者だけでなく、それを恐れる者も必ず現れる。


王都で“知の断章”が密かに流通し始めてから二ヶ月が経った頃――

ついに、二つの勢力が明確に動き出した。


一つは、王都の保守派貴族連合。

その中でもとりわけ声の大きいのが、サレノ子爵である。

代々、王都評議会に強い影響力を持つ名門であり、「伝統の維持こそが王国の安定である」という持論を掲げる典型的な“古き貴族”だった。


彼が問題視していたのは、リロフ家の急速な立ち上がりと、“異文化的知識”の拡散だった。


「宝石商としての成功までは許せる。しかし、知識の拡散となると話は別だ。

王国の知とは、選ばれた者が管理すべきもの。誰もが手に取れるような本で、魔法や人体や星の理まで書き綴るなど――反秩序的だ」


サレノ子爵は密かに評議会の支持者を集め、「リロフ家に対する監査提言」を出す準備を進めていた。


一方、宗教側でも動きがあった。

主神教会の知識と文献を管理する部門、教典保持院が動きを見せたのだ。


神聖庁の中でも特に保守的で権限の強いこの部門は、既に「知の断章」の写本を入手・分析し、問題点を明確に指摘していた。


「星の運行を“規則”で語ることは、神の御業を“機械の如く”見なすものであり、教義に反する」

「人体の内部構造を図解する行為は、神の器を冒涜する異端思想である」

「この書を広めた者が誰であれ、“意図”が問題だ。無知ゆえではなく、意図的に広めている」


結果として、教典保持院は「異端文書の流布」として正式な糾弾の準備を進めていた。


だが――その情報は、祐介の耳にもすでに入っていた。


情報源は屋敷に雇った複数の識字孤児たち。

彼らは今やリロフ家の耳目となり、貴族街の小間使いや神殿の掃除係を装って、日々こっそりと情報を集めていた。


祐介は、書斎でそれらの報告を整理しながら、静かに呟いた。


「やはり来たか。だが、ここで正面から衝突するのは悪手だ。こちらが戦う気を見せれば、奴らも“正義の名”で動ける。……ならば、先に根を折っておく」


祐介は、表向きには沈黙を保った。

公式な声明も出さず、書の発行者についても一切明かさないまま、販売も控えめに続けるだけ。


だが、裏では動いた。


まず狙いを定めたのは、サレノ子爵。


彼の屋敷には、ある“贈り物”が密かに届けられた。

小さな箱に入った、きらびやかな香水瓶。そして、その隣には、異国風の女性がひとり、静かに頭を垂れていた。


その女は、かつて地球で中東方面に存在した違法市場――アフガンの黒市で密かに売られていた人身取引ルートで売られていた奴隷の一人だった。

祐介は転生前、その存在を知っていた。

異世界に渡る際、偶然にも“持ち出された存在”として彼女を救い出し、保護していたのだ。


彼女には教養があり、複数言語を話し、詩や歌にも長けていた。

リロフ家での生活にも慣れており、祐介の意図を理解して動ける“情報工作員”だった。


サレノ子爵の息子が彼女に興味を示すだろうことも、祐介は読んでいた。


数日後、子爵からの返礼が屋敷に届く。


「あの女性、大変に気に入った。異文化交流も時には悪くないものだな。

ところで、あの書についてだが――我が家では購入の意思はないが、過剰な反応を避けるのも王都のためかもしれん」


提言は、提出される前に消えた。


次に、教会への根回し。


正面から教義に逆らうのではなく、“教義を冒涜する意思はない”というポーズを取る。

リロフ家の屋敷では、教会への寄進として定期的な供物と寄付金を送り始めた。

それはあくまで匿名の形で、だが確実に教典保持院の懐へ流れていた。


さらに祐介は、教会の下層司祭の一人に接触。

「断章に記された知識は、あくまで“神の摂理を解釈する補助”である」と説明し、

“教義と矛盾する意図”がないことを証明するため、人体の構造図を医学的観点から再編し、教会の治療院に無償提供した。


この動きが、教典保持院内の意見を分裂させた。


「これは冒涜だ」

「だが、実際に治療に役立っている。神の慈悲と一致する部分もある」


糾弾の準備は、内部対立の中で一旦停止される。


表では沈黙、裏では懐柔――

それは外交の鉄則であり、祐介が現代で学び、異世界でも迷いなく活用した戦術だった。


すべてを力でねじ伏せる必要はない。

ただ、敵が刃を抜けない状況に置いてやる。

そうすれば、最悪でもこちらが“最初の一手”を取れる。


そして、祐介のもとには、新たな依頼が届く。


「次の知識があるなら、ぜひ我が学舎へ」

「治療術に関する更なる記述があれば、治療院が正式に協力を申し出たい」

「次は、何を読めばいいのか」


火は消えていない。

むしろ、静かに、深く、王都の中に燃え広がっていた。


祐介は、次なる一手を考えながら、静かにページを閉じた

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