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リロフ家の立ち位置の変化

シーン:リロフ家の立ち位置の変化


王都アンドラの風向きが変わったのは、「知の断章」が密かに出回ってから、二ヶ月ほど経った頃だった。


もともと、リロフ家は没落しかけた中級貴族の名跡にすぎず、その名に反応を示す者は少なかった。

だが、屋敷の再建、宝石取引での財の蓄積、孤児たちへの教育投資、そして何より――“謎の知識”の流通。

それらが積み重なるうちに、人々の意識に変化が現れ始めた。


最初に動いたのは、知識層だった。


錬金術師ギルドの若手たちは、「知の断章」に記された理論に強く惹かれ、実験の効率化や素材管理に応用し始めていた。

これまで感覚や経験でしか扱えなかった現象に、理屈と数値の“手綱”がついたのだ。

彼らは書の末尾に記された「発行地:リロフ屋敷(匿名)」の一文を辿り、直接の資料提供を求めて使者を送ってくるようになった。


「この“力線”という概念について、より詳しい文献はないのか」

「人体の構造に関する図解の続きがあれば、薬理研究に使える」

「この記述、魔術との関連性を研究する必要がある。可能であれば座談の場を」


祐介はこの要望に対し、すぐには門戸を開かなかった。

だが、丁寧に整えた返答を送り、必要に応じて補足資料を個別に配布するなど、距離を保ちつつ知識を流通させる方法を選んだ。


魔術学院からの反応も早かった。


ある教授が私的に入手した冊子を授業に持ち込み、試験的に課題として使用したところ、学生の理解力に明確な差が出た。

それが評判を呼び、ついには学院幹部から正式な文書がリロフ家に届いた。


「もし可能であれば、学院図書室にて冊子の一部を蔵書として登録させてほしい。加えて、内容を解説できる者がいれば、非常勤講義の開催も検討したい」


祐介はそれに対し、匿名での資料提供を承諾しつつ、「講義については要検討」とした。

表に出るべき時ではないと判断していた。


だが、こうした動きは、王都の一部若手貴族たちにも波及していた。


勉学や知識に関心を持つ貴族子弟の間では、「リロフ家の屋敷に集まる書物は、未来の種」という噂が流れ始めた。

一部の進歩派は、祐介に宛てて書簡を送り、非公式な知識交流会の開催を打診してきた。


「父には言えませんが、ぜひ一度、書を拝見したい」

「王都には、変化を望む者も確かにおります。共に語れれば」


一方で――その動きは当然、反発と警戒も呼び込んだ。


最初に警戒心をあらわにしたのは、神聖庁だった。

教会内部で「知の断章」が拡がっているという報告が入り、聖職者の間に「異端的内容ではないか」との疑念が広まる。


特に問題視されたのが、人体構造の図解と天体運行に関する記述だった。

それらは、これまで“神の領域”として説明されていたものを、数式や理論で語る内容だった。


ある高位司祭は、説教の中で名指しこそ避けつつ、こう語った。


「近年、理性を装った書物が王都に流れておる。神の摂理を否定し、人の浅知恵で世界を解釈しようとする、傲慢なる書だ」

「その出処に注意せよ。知識には“境界”があるのだ」


また、王都の古参貴族たちの中にも、祐介の存在を不快に思う者が現れ始めていた。


「急に再建されたリロフ家が、宝石で儲け、今度は知識で民を集めている」

「成り上がりのくせに、学院に口を出し、錬金術師に影響を持ち始めた」

「一体、どこの後ろ盾がある?」


旧来の貴族たちにとって、知識はあくまで“家系の資産”であり、それを広く公開するという発想そのものが“危険”だった。

彼らの目には、リロフ家はまるで――秩序を壊しかねない“装置”のように映っていた。


祐介はその動きを予想していた。


名を広めれば、味方も増えるが敵も生まれる。

特にこの国のように、貴族、教会、魔術師といった多層の権力が入り乱れる都市では、“どこに属していない存在”が最も警戒される。


だが、それでも彼は動きを止めなかった。


むしろ、ここからが本番だった。


リロフ家は今、知識の結節点として再構築されつつある。

表では屋敷を再建し、書を編集し、孤児に教育を施す“地道な貴族”。

裏では異世界の知を仕入れ、時代を揺さぶる“革命の種”。


一部からは尊敬を受け、一部からは異端視される。

その矛盾こそが、祐介の狙いだった。


「均衡を保っている限り、誰にも潰されない。だが、誰にも止められない」


リロフ家は今、王都の“境界線”に立っていた。


古い秩序と、新しい価値の狭間に――。

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